お子さま特約

 ハイレゾリウムの冒険者ギルドには、他の街で無理難題されるクエストが吹き溜まりのように集まる。ゆえに、街に集まる冒険者は粒ぞろいとなり、頂点を目指しながらも常に安全を優先する傾向にあった。

 だからだろう。

 ハイレゾリウムの冒険者ギルドには、他の街にない特色があった。

 ギルドの受付と待合所、歓談室を兼ねる広間の片隅に、ギルドと業務提携しているハイレゾリウムの商人が常駐している。

 名をアルク・タム・リンという。

 ギルドに常駐する商人と聞くと冒険に役立つ物品の数々を想像するだろう。たしかに、役に立つ物を売っているのに違いはない。

 しかし、アルクの商品に実体はない。

 

「アルクさーん」


 ギルドの受付嬢が右手を振った。

 読んでいた本を閉じ、アルクは顔をあげる。


「こちらの――キーリンさんが、お話を聞きたいそうですー」


 言って、受付嬢が手のひらでカウンターを示した。冒険者がアルクに振り向く。年は二十の半ばから三十手前。人の良さそうな男だ。外套の下に覗く胸甲むねよろいと篭手、腰に下げた剣の柄の拵えからして稼ぎも悪くはなさそうである。

 アルクは晴れやかな笑顔で席を立ち、深々と一礼した。

 

「タムリン商会のアルクと申します。よろしくどうぞ」


 椅子を引きキーリンを座らせると、アルクは鞄を開いて鉄ペンと羊皮紙、インク壺を並べていく。


「さっそくですがキーリンさま。当商会の冒険者保険にご興味がお有りで?」

「ああ。さっきクエストを受注するとき説明してもらって――クエストで怪我したりしたとき治療費を払ってもらえるとか」

「はい。左様です」


 冒険者が受注する仕事は多岐にわたるが、ハイレゾリウムに回される仕事は常に危険と隣合わせで、成功したとしても無傷で終わることは稀である。


「小さな怪我や病気なら報酬で賄えますが、悪ければ障害が残ったり、死んでしまうこともございましょう。そんなとき――」

「それは聞いたんだ。気になってるのは、その――お子さま特約の話で」


 キーリンが小さく喉を鳴らし、アルクはニコリと微笑んだ。


「こちら、キーリンさまがお亡くなりになられた場合の保証となりますが」

「少し、興味があって」

「左様ですか」


 アルクは鞄を開き、新たな羊皮紙を取り出した。


「お子さま特約は二種類ございます。ひとつは、背格好の似た人物をキーリンさまとしてご家族のところに送致する形。もうひとつは、キーリンさまの嫡子として子どもをお届けする形になります――」


 いま人気の商品だ。

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砂まんだら箱 λμ @ramdomyu

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