タイムフロー
溶けた飴のように時間が引き伸ばされていく。
もう一月も前のことだ。
黒いセダンが突っ込んできた。
やばい。
そう思ったときには、時間が飴のように引き伸ばされていった。
ゆっくり、ゆっくり、近づいてくる車。
ゆっくり、ゆっくり、持ちあがっていく瞼。
そうなのだ。
台内寺は――より正確にいえば台内寺の脳は、車の接近に気づくと時間を引き伸ばしにかかった。
人間はアドレナリンが過剰に分泌されると神経系が――などと、もっともらしく説明されたのを見たことがある。人生の走馬灯を見るとも。
七連勤なんかしたばかりに俺は死ぬのか。
だから、休日出勤は第二、四週にすべきだったのだ。
台内寺の会社では第一、三週の土曜日は午前中の勤務で、平日は定時で帰れていたし半日の休みがあればいけるだろう、と油断していた。
脳は疲労の極地に達し、お休みモードだ。仕事は完全にグダグダ。
しかし、普段の休みどおりに午後六時ころから「あーよく休んだ。明日は仕事だなー」モードに切り替わっていた。
台内寺の脳が時間を引き伸ばしにかかったところで意識が覚醒したのだ。
仕事が始まれば時間が異様に遅くなる。誰もが知るところだろう。
そう。
重なったのだ。
飴のように引き伸ばしていくさなかに時間が間延びし、
「あー……ぶつかりたくねー……ぜったい大怪我するやつー……」
と思うと、もっと引き延ばせないかと考えてしまった。どうすればいいだろう。なにか、なにか切っ掛けは。いや、いま車に跳ねられそうになってんじゃん。
「え、怖っ!?」
伸びた。またちょっと車の接近が遅れた。
「え、怖ー……!」
繰り返すうちに、一月が経っていた。
もちろん台内寺の感覚の話であり、実際には……車が二センチほど近づいたくらいだろうか。
またこれややこしいことに、体は動かせないのだ。
厳密には動いているが、めっちゃくちゃ遅い。いや早い。どちらなのだろう。回避しようと足を動かしはじめて一月が経つが、まだ一歩を踏み出すに至っていない。にも関わらず、筋肉の軋みを感じつつある。
「電気って、早ぇー」
そう脳内でつぶやくも唇は動かない。目も無理。
映像が変わらないから時間がまた間延びしていく。
なんだか、とっても大変なことに巻き込まれている気がする。
まぁ、ただの交通事故なのだが。
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