番外編 王妃殿下と暖炉の火
「これで大団円かしら」
わたくしはそう言って、東の港町からの報告書をテーブルに置いた。
あの浅はかな娘は港町で出会った漁師と結婚したらしい。
最後の最後で自身のおこないを認め反省したあの娘は、身の丈にあった人生を歩み始めたようだ。
わたくしは侍女達を下がらせ本棚に手を伸ばす。
我が子アランも新しい伴侶を得て、失った信頼を少しでも取り戻そうと日々精進している。
子が残せれば誰でもいいとすら思っていたけど、娶った妃は思いがけずしっかり現実を見据え、前に進む力を持っていた。
何より、アランの悪評に耳を傾けるよりも、アラン自身を見て評価をしてくれた。
「捨てる神あれば拾う神ありね」
ローゼリアに捨てられあの妃に拾われたアランは、前向きな妃に引っ張られるように、少しづつ先に進むようになった。
本棚の一角。
比較的簡素な装飾の背表紙を押すと、下からカタンと音がして、本棚の下部にある隠し棚の扉が微かに開いた。
中にはくたびれたノートが一冊。
アランとローゼリアが婚約した頃から、思い出しては書き、見返してきた。
この国を舞台にした乙女ゲームについて書かれたノート。
そう。
わたくしは転生者だ。
隣国で王女として生まれ育ち、この国に輿入れして、無事アランを出産し、愛しい我が子と政略結婚ながら優しい夫に囲まれて順風満帆だった。
アランの教育には力を入れた。
次期国王になる者として良き為政者にする為、細心の注意を払い教育を施した。
おかげでアランは、真摯に物事に取り組む勤勉で賢い子になってくれた。
アランの婚約者には、将来国王となった時後ろ盾としてアランを支えてもらう為、国内随一の権力と最大派閥を要するバレット公爵家の娘を迎える事になった。
そして…
「ローゼリア・バレットでございます」
まだ幼い少女を見てわたくしは思い出した。
鮮やかな赤い髪と紫の瞳。
悪役令嬢、ローゼリア・バレット!
ここは、わたくしが前世で唯一やった事がある乙女ゲームの世界だったのだ。
そのゲームをやり終えたわたくしの感想は、悪役令嬢可哀想、だった。
幼い頃からの婚約者を奪われた上、断罪されて処刑された悪役令嬢ローゼリア。
ゲームはヒロインの為にある。
だから仕方ない事なんだろうけど、何となく納得いかなかった。
そんな、可哀想に思った悪役令嬢のローゼリアが、まだ幼い姿でわたくしに挨拶して来たのだ。
ローゼリアは、公爵家の令嬢らしく、お行儀のいい美しい少女だった。
少し我儘な所もあるけど、素直で人の話しを良く聞く事の出来る子だった。
変化が現れたのは我が子アランと婚約してしばらくした頃。
ローゼリアがアランに執着し始めたのだ。
調べると仲の良かった兄が留学し、親しんでいた辺境伯の弟も領地へ帰り、元々忙しい公爵夫妻とは王妃教育のせいですれ違っていた。
寂しさから婚約者であるアランに入れ込んでしまっているのだろう。
わたくしは考えた。
この世界が乙女ゲームの世界だとしても、ここで生きる者達にとっては紛れも無い現実だ。
ローゼリアはこのままだとゲーム通りの悪役令嬢になるだろう。
どんなに苛烈な悪女であっても彼女がバレット公爵家の娘である事に変わりはない。
王太子であるアランが自身の不貞を棚に上げ、ローゼリアを断罪し処刑するという事は、バレット公爵家を敵に回すという事だ。
わたくしは戦慄した。
生まれた時から大切に大切に育ててきた愛しいアラン。
国内随一の権力を誇るバレット公爵家を敵に回して、国を治めて行くのは並大抵の事ではないだろう。
ヒロインがどんなに素晴らしい女性だとしても、わたくしの可愛いアランが苦境に立たされるのは我慢ならない。
乙女ゲームのシナリオ通りに事を進めさせてはいけない!
わたくしは愛しいアランを守る為、忘れかけていた前世の記憶を振り絞り、たった一度遊んだゲームの内容を思い出してはノートに書いていった。
同時にローゼリアの教育を大幅に改変させた。
ローゼリアを悪役令嬢にしないように、アランに相応しい聡明な女性になるように教育を施した。
教師達には勉強を教えるだけではなく、ローゼリアとの関係性を築く事を重視してもらい、家族と会えない時間も穏やかに楽しく過ごせるよう配慮した。
公爵夫妻にもなるべくローゼリアとの時間を作ってもらうよう頼み、わたくし自身もローゼリアの教育に携わり共に過ごす時間を作った。
元々素直で人の話しを聞く事の出来たローゼリアは、落ち着きを取り戻し、勉強に励み、学園入学前には、賢く聡明で王妃となるに相応しい完璧な淑女になっていた。
アランとの関係も順調で、真摯なアランと聡明なローゼリアが治める我が国の未来は、明るいものになるだろうと誰もが期待を持っていた。
「乙女ゲーム通りにはならなかったけれど、わたくしが思い描いていたようにもならなかったわ」
愛しい我が子と手塩にかけて育てたローゼリア。
何事もなく二人が結婚し、強力な後ろ盾の元安定した治世を行なえるようにしたかったのに。
「まあ、ローゼリアのおかげでバレット公爵も譲歩して後ろ盾に立ってくれる事になったし、あとはアランと妃で頑張って貰うしかないわね」
バレット公爵は譲歩の条件として自らの引退を引き合いに出して来た。
孫と遊ぶ時間が欲しいのだそうだ。
有能な宰相を失う事になる夫が抵抗していたけど、可愛い息子の将来の為に泣いて貰った。
「ローゼリアもターナー辺境伯と楽しく過ごしているようだし、なんだかんだ全て丸く収まってくれたわね」
わたくしは手に持ったくたびれたノートを開き、一枚づつ切り取って暖炉の火にくべる。
燃え上がる炎はあの子の髪色を思い起こさせる。
乙女ゲームはもうお終い。
可哀想な悪役令嬢はどこにもいない。
みんなそれぞれ苦難はあっても乗り越えながら幸せを掴もうとしている。
最後の一ページを火の中に落とし、燃え尽きるのを見守りながら、わたくしはあの子達の、この国の、この世界の人々の幸せを願う。
わたくしの願いに応えるように、暖炉の火がチラチラと瞬いた。
【完結】公爵令嬢は王太子殿下との婚約解消を望む むとうみつき @poromu
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