エピローグ 

 その日、キャプテン・シーンがシベール・ミルフィーユを連れて、院長先生のところを訪れた。院長先生は話を聞くと、信じられないという顔をしたが、やがて、用意を整えて、歌劇の練習中だったサチホを呼びだした。

「長生きはするものね。こんな日が来るなんて。サチホさん、素敵なお客様が来るんですって。急いで葡萄園に行ってください」

 もう、公演も近づき、今日はみんな本番の舞台衣装をつけての通し練習だった。

 サチホはお気に入りの精霊魔法師のミリオマリスの衣装のまま、ブドウ園にかけつけた。

 そしてなぜか舞台に出ていた異星人たちもついていくように言われてサチホとともに葡萄園へとやってきた。

 すると異星人館のすぐ前、葡萄棚が良く見えるところに、しばらく見ることのなかった折りたたみ式の大きなテーブルが出ていた。キャプテンが出してくれたのだ。お礼を言うと、キャプテンは異星人たちに話があると言って、みんなを連れてテーブルのすぐ後ろに在る異星人館へと入って行った。あのシベールが、一人でお茶とお菓子の用意を始めた。

「あ、私も手伝います」

 お茶とお菓子が並べられ、さらに目の前で収穫されたばかりのたわわな神の葡萄が運ばれてくる。最高の御馳走だ。

 でも、用意をしながら気がついたのだが、シベールとサチホしかいないのに、用意されたのは5人分。あと3人、あとからお客さんが来るのだろうか。サチホが早速聞いて見る。

「ええ、その通り、例の輝く人、あのフォルスさんがもうちょっとするとこの葡萄園に現れるわ、お友達を2人連れてね…」

「ええ、お友達も来るんですか、楽しみだわ」

 シベールはそれまでの間、輝く人たちの話を始めた。

「彼らはね、心と体を進化させるうちに、精神と肉体の壁を超える科学を発展させたの。

遺跡では、あなた方が異次元獣って呼んでいる不思議なものが出るけど、あれは警備システムの侵入者を撃退したいという心が、機会の意識が物質化して現れた物なの」

「機械にも心とか意識があるんですか?」

「高度な機械は詩も書けるし心もあるわ。彼らの科学はさらにその壁を越えて進んで行ったのよ」

 サチホは科学の行きつく先について思いをめぐらせた。

「人間は生きるためには食べなくちゃいけない、飲まなきゃいけない、家族だってお金だって生きていくには必要だけど…だからこそ苦しみも悲しみも、幸せもある。でも彼らは壁を乗り越え、精神世界に行くこともできるようになった。そこには私たちの想像もできない、大自然があり、いくつもの精神生命体が形を持って存在している。ちょっと意味は違うけど、永遠の命を持っているようなものね」

 サチホはまだよくわからなかった。その時、森の劇場から、再び歌声が聞こえてきた。練習が再開したのだ。アンナ・フィッシャーやアデル・ロンドの美声が、クラウディア・ロレンスの堂々とした歌声が聞こえてくる。さらにそこにセシルたち合唱団の透き通ったハーモニーが重なっていく。

「ええっと、じゃあフォルスさんたちはどこからここに来るんですか?」

「彼らがもう一つの宇宙と呼んでいる、精神世界の方の宇宙にいるわ。内側の宇宙とも言われていて、我々の宇宙より、もっと広いかもしれない。そこで彼らは宇宙の神秘を解き明かすために、毎日生き生きと輝いて、冒険と研究を続けている。でも彼らは時々こっちに帰ってくるの。もちろんその時は帰る体を用意してね。あの金色に輝く体は、精神エネルギーを物質化させて、短い時間こっちにいるための体なのよ。だから、すぐに消えちゃうけど、お茶も飲めればお菓子も食べられるわけね。あ、フォルスさんが、お客さんを連れてきたみたいよ」

 シベールがポットからお客さんの席に紅茶を注いだ。すると3つの空席に光が渦巻き始めた。

「フォルスさん、こんにちは。この間はいろいろありがとうございました」

 まずフォルスがその輝く姿をあらわした。

「サチホさん、シベールさん、この間はどうもありがとう。さて今日は特別なお客様を連れてきましたよ」

 すると光の渦とともに、あり得ないお客がそこに現れた。

「やあ、サチホ、この間、大活躍だったんだってな」

「さっちゃん元気そうじゃない。よかったわ。大きくなったわね」

 なんとフォルスさんの隣にはモシャモシャ頭の陽気な男の人が、その隣にはあのやさしい髪の長い女の人が現れたではないか!

「お、本当だ、手がちゃんと物質化している。サチホの肩を触るのは何年ぶりだ」

「シベールさん、お茶とお菓子の用意までしてくださって、本当にありがとう。あら、紅茶とお菓子が、さらにおいしくなってるわ。あなたも早く食べなさいよ」

 サチホは立ち上がると、二人の間に行き、そのモシャモシャ頭と、長い髪にすがりついた。

「どうして、どうして…パパ、ママ…」

 パパの森川博士は今度の事件のことを詳しく知っていて、特にサチホが異星人たちと協力してロボットをやっつけたくだりを誇らしげに語っていた。武器や戦いで相手をやっつけなかったことを偉くほめられた。戦いでしか止められない戦いもあるけれど、本当に戦いをやめさせるのは希望であり、豊かさなんだと。

 ママはあの言葉をもう一度繰り返した。

「たとえ、地の果てにいようと、時の流れの彼方にいようと、ずっとあなたを見守ってる、愛してるって言ってたでしょ…」

 そしておしゃべりしながらお茶とお菓子を頂き、ニコニコしながらもぎたての葡萄をたべた。

「今年の葡萄はなんて上手にできたのかしらね。本当に目が覚めるようなおいしさだわ」

「いや、本当にうまい。でもサチホ、お前その衣装良く似合ってるぞ!」

 パパもママも葡萄を、そのみずみずしい果実をいくつもほおばった。サチホもうれしくっておいしくっていくつも食べた。

「あれっ?」

 ふと、異星人館に目をやると、キャプテンや異星人のみんなが、窓にずらりと顔を並べてこっちを見ているではないか? 背の高いガッツゴーンやクラリネアは上からそっと、パットビューンは長い首を外に突き出し、ウミタマを抱っこしてこちらを見ていた。ミオラムスもクプラス人のルイーズも、。みんなそれぞれに、にこにこしながらこちらのテーブルをあたたかく見守ってくれているようだった。森川博士を見てうれし涙を流している者もいたが、みんな久しぶりの親子の対面を邪魔しないと、一言も声を出さないでいてくれたのだ。

「え、なんだって、もう時間かい…?」

 パパとママはあわてだした。サチホは2人の手を取って言った。

「ねえ、また来てくれる、また会えるよね」

 するとパパはちょっと困った顔をした。

「ははは、それはちょっと約束できないかもね。まあ、今日会えたんだからさあ…」

「そうなの…」

 サチホがちょっとがっかりして言うと、ママが言った。

「…でも、そうしたら、サチホがこっちに来ればいいじゃない?」

 パパも言った。

「そうだよ、お前がこっちに来ればいい。すぐには難しいかもしれないけれど、私たちにはお前のビジョンが見えるんだ。その逆は案外できるかもしれないな。それでさあ…」

 パパは嬉しそうにまだしゃべっていたが、フォルスさんが、小さく手を振ってさよならを始めた。

「きっとよ、きっと次はあなたが…」

 ママの言葉の途中3人は光の粒子となって空中に溶けるように消えて言った。

 3人の紅茶カップはまだ温かさが残っていた。後ろには葡萄畑、葡萄の房がゆれている。

 やっぱり自分は一人じゃない、一人じゃなかったんだ。がんばって、進化してきっと会いに行くから…サチホはほほ笑んで、自分の紅茶の最後の一口をゆっくり飲みほした。豊かなハーブの香りが、体中に満ちて言った。

 森の劇場からの歌声はますます透き通って響き渡っていた。やがて異星人館から、いつものみんながにこにこしながら外に出てきた。サチホも笑顔で、異星人のみんなのところに駆け出していた…。                      了

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異星人館外伝 セイン葉山 @seinsein

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