第21話 光の巨人

 帝国皇帝騎士団の第一騎士クロムハート・カーツは怒りに震えながらもう一度考えていた。

「あのような訓練生のごとき若造が、騎士団を何人も倒し、あの剛の者ギル・ダイムまで倒し、脱出ポッドでまんまと逃げだすとは…しかも回収ドローンが何者かに邪魔され、動かなくなってしまっただと? いかなる偶然が重なろうとも…あり得ない、何たる屈辱。すぐに解決しなければ笑い者だ。…やつのポッドの行き先がまだわからんか?!」

 ポZドはすでにトレドの洋上に着水…今回収班が急行しているということだった。そこに副官で参謀役のエミリオ。バロアがやってきた。

「もうすぐ予定されている、クリムト様との共同作戦はいかがいたしましょう」

「…私もこちらを片づけてすぐに追いかける。お前は予定通り先に行き、作戦の指揮をとれ」

「はは、お任せください」

 副官のエミリオは騎士団の精鋭部隊とあの戦闘ロボットボーグ3の舞台を編成し、クリムトへと連絡をとった。

「おお、バロア君。これから私はトレドのレイモンド長官と最終交渉に入る。結果によってはすぐに動いてもらうことになるかもしれない。ボグ3部隊と超能力者部隊を予定の位置に配備して、待機して連絡を待ってくれ…」

 不穏な空気があたりを包んでいた。ついに帝国軍は動くのか?


「では、僕は巨獣上陸に備えて、用意を始めますので…」

 長官室について行ったライアンは一足先に長官室を後にした…。大統領と長官の間では、話がつかなかったのだ。

 コアストーンエネルギー変換装置と端子の返還を求め、帝国は皇帝直々に、連邦に要望したというのだ。だが今回の騒ぎの元を作った連邦の最高決定機関元老院は知らぬ存ぜぬを繰り返したというのだ。怒り心頭の帝国は直接トレドに返還要求をたたきつけたという。しかも期限は今日中だと言う。国民を戦争に巻き込みたくない大統領と、コアストーンを大量に保有している帝国に装置を渡すなどもってのほかだと言う長官の間で意見が割れた。カシアス・ミード大統領は最後にはこう言った。

「敵に渡すこともかなわぬ、渡さなければ敵が奪回するために戦いを仕掛けてくるとなれば…、仕方ない、貴重な先住民の遺産ではあるが、我々の手で廃棄処分するしかない。永久に消滅させ、戦争の元を絶たなければならない」

 そしてもめにもめた議論の結論は急きょ、議会に任されることとなったのだ。早速議会が動き出し、今日中と言う期限に向かって話し合いがもたれていた。巨獣も近付いているというこの時にである。


 その日、サチホはセシルをともない、異星人館で大好きな異星人たちと劇に関する打ち合わせをしていた。コーディネーターとしての仕事も板について来た感じではある。もっと異星人たちの希望することをやらせて、もっと異星人にも楽しんでもらい、なおかつ劇を盛り上げようと言う試みであった。サチホは練習用の精霊魔法師のつたや葉で作った帽子をかぶり、もうすっかり精霊魔法師になりきって、異星人たちと楽しく練習していた。ところが少しすると、予期せぬ客がやってきた。

「あれ、ライアン…。ルドガーは、一緒じゃないの?」

 迎えに出たセシルが首をかしげた。もうすぐ巨獣が上陸するかもしれないのだが、ルドガーが行方不明で、サポート要員として、ウミタマ君もぜひ一緒に来てほしいというのだ。

「いいですよ、そういうことなら、ぜひぼくもお力になります」

 そしてライアンはウミタマ君とまた多島海の軍事基地へと帰って行った。だが、驚いたのはセシルである。まさかルドガーが行方不明? もしかすると帝国に拉致されたかもしれない? いてもたってもいられない…でも、自分にはなにもできることはない…。セシルはサチホを引っ張ってそのまま院長先生の部屋になだれ込んだ。院長先生はきちんと話を聞いてくれて、あちこちに電話をしてくれた。少しして院長先生はにこやかな顔で戻ってきた。

「…セシルさん、サチホさん、なんとたった今東の海の洋上で、帝国軍の脱出ポッドが海軍の偵察艇によって発見されて、ルドガーの生存が確認されたそうよ」

「え、本当ですか? でもそうだとしたら、すごい、自分で帝国から逃げ出してきたんだわ!」

「でも、顔色が悪くて、あまりしゃべることもないそうで、すぐに海軍のホバーで、空港のそばの中央指令センターに運ばれたそうよ。あそこは医療設備が充実しているからね。命に別条はないらしいわ。よかったわね」

「でも、よかった…すぐに戻ってきてくれて…」

 セシルは胸をなでおろしたのだった。


 トレド星の議会が論争を繰り広げていた頃、レイモンド長官と諜報部局長のクリムトとの間でも裏交渉が行われていた。なんと驚くことにトレド星に近づいていたあの奪われた巨大兵器ダイノダイスは、交渉のアイテムであることが分かってきた。装置の帝国への引き渡しを決定すれば、ダイノダイスを引き換えに返還するとも言うのである。

「うそではない。今ダイノダイスの操縦室には帝国の人間は誰も乗っていない。許可があれば。自動運転で、そちらの領空へと移動させて、なんなら軍事基地に着陸させて明け渡そう。だが、交渉が決裂すれば、すぐに引き返すであろう」

 ダイノダイスが帰ってくればこれほど心強いことはない。

 ゆれる長官。だが、逆にいえば、ダイノダイス以上の価値があると言うのか、あの変換装置は…。長官はそれも議会に伝えた。議会はダイノダイスの受け入れ態勢の準備を認めた。

「では、ダイノダイスの領空内への移動、ならびに多島海の軍事基地への着陸を許可する」

 ダイノダイスは静かに近づき、軍事基地への着陸を始めたのだった。ゲートが開いたらすぐに乗り込めるように、こちらのパイロットやエンジニアも回りに集まり始めていた。

 やはり近づいて見れば本当に巨大で凄い兵器と言わざるを得ない。長官はこれが帰ってくると言うなら、交渉を進めようとも考え始めた…。

 そしてダイノダイスは軍事基地の滑走路へとその巨体を横たえたのだった。

 だが1時間後、議会は帝国の思惑とは違う結論を出した。

「トレド星議会は、エネルギー装置の帝国への引き渡しを認めない。ただしこちらでも利用しない。ただちに分解し、廃棄処分とする」

 これは帝国とも、連邦とも袂を分ける決定であり、大統領の意見を反映した考えであった。

その決定は、すぐに今回の作戦の黒幕であるクリムトに報告された。クリムトはそのプラチナブロンドの髪を震わせて叫んだ。

「なんだと、ここまで来て廃棄処分だと?! ならば思い知るがいい、トレドの民よ…自らの愚かさを…」

 クリムトは交渉決裂の合図を送った。

 するとダイノダイスで動きがあった。でも、帝国に引き上げるのではなかった。なんと基地に向けて、数え切れないドローンロボットtキューブを発射したのだ。クリムトは交渉が決裂した時のことを考えて、ダイノダイスの中にいくつか仕掛けをしておいたのだ。たくさんのtキューブたちはプログラム通り、そのまま軍事基地内を飛び回ると、たくさんのガスボンベを基地内のあちこちに仕掛けた。すぐに警備用のエックスパックが銃を持って飛び出してきたが、空も飛べるtキューブには歯がたたない。新兵器のtキューブとの機動力の差は歴然だった。

「な、なんだこれは!」

 無数のガスボンベからは銀色の小さな粒子をきらめかすガスが凄い勢いで噴き出した。それはあのダイノダイスの攻防の時、人間も警備ロボットたちも同時に眠らせたガス、強制的にウィルスを感染させるナノロボットを入れた睡眠ガスであった。

 ダイノダイスを軍事基地に着陸させたのは、返還が目的ではなく、このためだったのか!! もちろんtキューブやダイノダイス本体にはウイルスにやられないワクチンを仕込んである。

 しかも突然ゲートが開くと、今度はtキューブではなく、あの三葉虫のような巨大マシンが、足をのばし、地上歩行モードとなって飛び出してきたのである。

「オメガニカが突進してくる、みんな逃げろ!」

 ダイノダイスに乗り込もうとしていたパイロットやエンジニアたちはゲートのそばから散り散りになって逃げ出した。数十mある巨大な三葉虫はそのまま突っ走ると軍事基地の入り口をふっ飛ばし、扉を破壊した。するとそのオメガニカの中から皇帝騎士団の超能力者部隊がさっと姿を現し、基地の本部へとあっという間になだれ込んだ。そして本部の指令室は見る間に制圧され、トレドのすべての軍隊は指令系統を失い、さらにコンピュータシステムがウィルスに破壊されたため、ロボット戦車も戦闘ロボット部隊も飛行機の管制システムも動かなくなり、事実上の戦闘不能状態に陥ったのだった。しかもコンピュータシステムがすべてダウンしたことにより、この基地周辺の通信環境もすべてダウンし、連絡すらとれない、まさに陸の孤島状態に陥ってしまったのだった。


 ウミタマ君と一緒に軍事基地に帰っていたライアンも駐車場で騎士団に拘束されていた。地上走行モードで、基地内に入ったところを銃を突きつけられたのだ。唯一の駐車場の出入り口にはボーグ3が複数見張り、一切の出入りは許されなかった。

 ライアンはこのまま駐車場で車も動かせず、軟禁状態にされるようだった。

 やがて、すぐ目の前にトレド軍の警備隊のバスがカラのまま、2台横づけにされた。しかも1台目には超能力者部隊が7人、2台目にはボーグ3部隊が十体以上乗り込んで行ったのだ、いったいどういうことなのだろう、トレド軍の乗り物に帝国軍が乗り込むとは…?

 そしてあの策士の副官のエミリオ・バロアが近寄ってきて何か指示を出している。ライアンは、このマルチホバーについている外部衆音マイクのスイッチを入れてその指示を聞いて見た。

「…この軍事基地と歯違って、中央指令センターは警備ロボットが何体か見張っているだけだ。中に入ってしまえば、騎士団が何人かいればすぐに制圧できるだろう。だが防災用のシャッターやゲートが整備されていて、中に入ること自体が難しい。だが、このバスに乗れば、軍のオートパス機能が働き、そのまま中央指令センターのゲートに自動で入れる…後はガスボンベを使って、あっちのシステムを破壊しながら制圧しろ」

 エミリオは2台目のバスにも指示を出した。

「お前たちの制圧するカナリア歌劇団は超能力者がいるので、本体の邪魔をさせないように建物から出さないように閉じ込めろ。それだけでいい。もちろん攻撃してきたら迎え撃て。やつらの力を侮るな」

 よく話を聞いて見ると、どうやら手に入れようとしていた精神エネルギー変換端子はこの基地の長官室にあったらしいのだが装置の本体は中央指令センターに保管されているということでこれから制圧しに行くらしい。軍の基地に在る警備隊の乗り物に乗って警備隊のふりをして中央指令センターを制圧するのだ。超能力部隊の邪魔をされないよう、カナリヤ歌劇団も抑え込むと言う作戦のようだった。

「やばい…このままでは、中央指令センターもカナリヤ歌劇団も制圧されてしまう…なんとか知らせないと…でも今、通信機もネットも携帯もすべて使えない…どうしたらいいのか…」

 あせるライアン…ところがその時一緒に乗りこんでいたウミタマ君が手をあげた。

「ぼく、小さいから気付かれずにここを抜け出せるかもしれない。そしてね…」

 ウミタマ君はある作戦を申し出た。ライアンはうまくいくかどうかわからなかった、だいたいにして、バスとはいえ自動車だ、それなりに速い。それに、この開拓地では途中渋滞することもありそうにない。しかも、危険を知らせに行くとなれば今出発しようとしているバスより、少し先に向こうに到着しなければならない。

しかもバスは二台、別々の場所に向かって走っていく。よちよち歩きのウミタマ君にそんなことが可能だろうか。

「わかった。もう君しかいない。がんばってくれ!」

 ライアンは自分の携帯に自分の姿とメッセージを録画すると、ウミタマ君の肩から下げた防水バッグにさっと入れた。そして、こっそりドアを開けて、ウミタマ君を送り出した。ウミタマ君はよちよち歩き出すと、あれ、出口とは反対の方にこっそり進みだしたのだった…。そうしている間にも、2台のバスは出入り口に向かって動き出していたのだった。間に合うのか?


 その頃、長官や軍の司令部の者は長官室に軟禁されていた。長官室の奥には軍事機密を入れる厳重な金庫室があるのだが、そこはすでにエネルギーソードによって扉が真っ二つにされ、中の精神エネルギー変換端子の入ったアタッシュケースは持ち出されていた。

 長官たちの目の前には武装した騎士団がいて、隙なく見張っていた。私語も禁止されていたため、長官たちはじっと歯を食いしばり、声を押し殺してなんとか逆転するチャンスをうかがっていた。

 その時、長官のポケットで何か小さな警報音がした。すぐに怪しいと見張りに取り上げられたが、長官には分かった、直接発信機から電波が届くのはあれしかなかった。恐れていたことがついに始まったのだ。そう、巨獣の上陸であった。本当なら長官やライアンが直接巨獣の動きを読んでおよその上陸地点を予測し、そこに上流の土をトラックで運ぶ打ち合わせだった。だがライアンは車の中、長官は銃を突きつけられていて、しかも通信もできない状況だ。先にあの巨大ワニのレッドソードとブラックソードが、そして少し遅れて、やや下流にクラウンソードが上陸したのだった。彼らは、霧雨の曇り空の下、農地へ、クリスタルウォールの街へと地響きをたてて動き出したのだった。


 その頃、クリスタルウォールのイベント広場の地下に広がる中央指令センターの病院ではルドガーが検査を終えて病室に帰ってきていた。ドクターが早速やってきて、検査結果を知らせた。

「よかった、異常なしだ。君が脱出ポッドから救助されて、海軍のホバーで運ばれてきた時は、顔色が悪くて心配していたんだ。だが奇跡的にまったく異常はなかった。とりあえず君が良ければ、身支度を整えて退院でいいよ」

「よかった。もう勤務に復帰しても平気ですか?」

「問題はなさそうだ。でもあまり無理はするなよ」

 ルドガーはお礼を言うと、早速着替え、周りに見られないようにポケットを確認した。クオンボルトの無敵の紋章はまだ確かにそこにあった。ちょっと安心した。なぜなら、まだ騎士団が自分を追いかけてきているに違いないからだ。いつ襲われるかはわからない。急いでここから出て、どこか安心なところに帰ろう。それまではこの大きなコアストーンは肌身離さず持っていよう。思い出せば、子どもの頃も帝国に連れ去られて、長い間、家族とも会えず毎日つらい訓練を受けていた。大人になってからも帝国に誘拐された。弱いからいけないと今は分かった。強くなれば何も怖くない。だれも本当には信じられないけれど、強さだけは僕を守ってくれる。そしてこの紋章が僕の強さだ。

 あまり長く持っていると悪い影響があると言っていたが、二、三日なら問題ないだろう、博物館にはそれから返せばいい…。彼は気付いていなかった。このコアストーンを持った途端、顔色が青ざめ、表情がこわばっていったことを…。そして確実に心がおかしくなっていくことを…。


 2台のバスは、タイガウォナスに沿って、川沿いの道を川に近づいたり離れたりを繰り返しながら上流へ、クリスタルウォールへと走っていた。一度大きな橋を渡り、さらに支流への道を遡り、やっとクリスタルウォールへ近づいて行く。この支流をすこし遡って去らに小さな川に入って少し行くと、こんもりした森が見えてきて、そこには水車小屋があり、葡萄園への小道が続いている。するとなんと言うことだろう、水車小屋の少し上で、

バシャ、ビューン!

何かが皮から飛び出してきたではないか。それはウミタマ君であった。彼はライアンのいた軍の基地の駐車場から、そのまま多島海の港に歩き、そこから海に飛び込んだのだった。彼は海中で港を一周し、外に抜けて泳ぎ出すとそのままタイガウォナスの河口から遡り、ペンギンのような強いフィンを使ってなんと時速五十キロ以上のスピードでここまで一気に泳いできたのだ。途中で曲がりくねる川沿いの道を走るバスを追い抜いて来たのだ。

「急がなきゃ!」

 幸いまだ敵のバスは来ていない。ウミタマ君はぴょこぴょこはねながら、みんなのいる異星人館に飛び込んだのだった。

 そしてライアンの映像を見せると、今度は、あのアルパカ竜人のパットビューンがライアンの携帯をポケットに、さっと飛び出すと、中央指令センターに向かって走り出した。ライアンの画像には、イベントホールのそばに在るベラスケスと言う喫茶店のマスターに、この画像を見せればよいとあった。パットビューンは砂漠のような目印の少ない土地を長い距離動き回る習性があり、一度見た風景は忘れない、道を間違えることはほとんどないのだ。彼は簡単な文字も読めるので、もうベラスケスの位置は、しっかり把握できていた。しかもダチョウ恐竜から進化した彼は、長時間高速で走り続けることができる。時速七十キロ超で彼はイベントホールへの道を飛ばして行った。さて、バスより早く到着することができるのだろうか? パットビューンは全速力で走りながら、森川博士のことを思い出していた。たとえ荒野であろうとも、砂漠でも、ジャングルでも、危険が迫っていても、水や食料がなくなっても…彼は弱音を吐かなかった。本当は人間だって異星人だって惑星に生きる同じ生き物だ。みんな根っこはいいやつだ。私はそれをよく知っているんだ。わかりあえないわけはない。うまくいかないはずはない。ただ自分が頑張ることですべてがうまく行くなら、惑星の命のために頑張ろう…森川はそう言っていた。そんな人だった。

「惑星の命のために頑張ろう!」

 パットビューンは心の中でそう叫んで、さらにスピードを上げたのだった。


 その頃、小型高速艇で、帝国騎士団の現在のナンバーワン、クロムハート・カーツが多島海の軍事基地に降り立っていた。彼が基地の方に進むと、副官のエミリオ・バロアが迎えに出た。そして精神エネルギー変換端子は手に入れたこと、そして本体は中央指令センターにあり、現在制圧部隊が向かっていると報告したのだった。

「でも、予定通りに行っているなら、そろそろ制圧された頃でございます。お出かけになりますか?」

「うむ、それも大事だが、あっちはどうなのだ。持ち出されたクオンボルトの紋章はどこじゃ?」

「それも、その持ち出したルドガーという男も中央指令センターにいると思われます」

「では急いでまいろう」

 帝国随一クロムハートは降下艇に乗り込むと、中央指令センターへと飛んで行ったのだった。

 カナリヤ歌劇団のいる修道院の前にボーグ3部隊のバスがついた時、あたりは静まり返っていた。ボーグ3部隊は、歌劇団の量のある修道院の方と、練習場のある森の劇場方面、さらに葡萄園や異星人館方面と手分けをして、潜入して行った。

「おや…? どういうことだ、だれもいないぞ?」

 修道院にも寮にもひとっ子ひとりいなかった。そう、ウミタマ君によって事前にボーグ3の襲撃を知り、全員避難が完了していたのだ。しかもそれだけではなかった。

 森の劇場に進んだボーグ3の部隊が、広い練習場で整然と並んでいる歌劇団のメンバを発見、仲間を集めて近付いて行った。

「動くな! 抵抗するとこの銃が火を噴くぞ!」

 歌劇団員は何も答えず、「妖精王の宴」という曲を歌い始めた…。

 樹木の精霊と草花の精霊の歌が森の冷気でバリアを形作り、湧きあがる泉の精と滝の精の打ち寄せる波のフーガが、皆にパワーを与え、吹き抜ける風の精と自由奔放なつむじ風の精の旋律が敵を討つ。

 念動弾や念動球が、音に合わせて的確に一点に集中して行く。さすがのボーグ3も相当なダメージを受ける。

「な、なぜだ、攻撃が通じない…!」

 歌によって強化された生体バリアに武器は歯が立たず、さらに銃弾が戻ってきたり、グレネード弾も操られだして、手の打ちようがなくなってくる。

 一人のボーグ3が、ジェニーの念動力でグレネード弾を逆に受けて、よろよろと森の劇場から逃げ出してきた、そこを一人も逃すまいと構えていたセシルの念動弾が頭を撃ち抜く。仲間はテリーの電撃攻撃をくらって、まったく動けなくなったものもいる。

 だがすぐ隣の異星人館の周りの森ではもっと恐ろしいことが起きていた。森の入り口で、少女の悲鳴のような声が何回か聞こえる。4人のボーグ3が銃を持ってそちらに向かう。だが、森の入り口にはだれもいない。あの物まね上手のオウム貝人のミオラムスが姿を消して、少女の声のまねをしただけだった。だが、その瞬間だった。

「うわあっ!」

 木陰に迷い込んだ一人のボーグ3の顔に、あの鼻の長いクラリネアが木の上から手を伸ばし、何かを押し付けたのであった。

「な、なんだこれは?」

 それは大きな葉にくるまれたネバネバダンゴのようなものだった。目が見えなくなって引きはがそうとすると今度は手にくっついて離れなくなるのだ。ボーグ3の怪力をもってしても引きちぎれない、謎のネバネバであった。

「なんだ、なにがあったんだ?」

 うろうろしているうちに、また一人団子を押し付けられる。一人は顔から手が離れなくなり、もう一人は前が見えなくなって木にぶつかり、木から顔が離れなくなり、ともに戦闘不能に…。

 さらに木の陰から、ガッツゴーンの長い腕が出て、一人のボーグ3が、ひょいと軽々持ち上げられ、藪の中に投げ込まれる。あのボーグ3を子ども扱いだ、なんと言う怪力。ところが藪の中に入ったボーグ3はもうもどってこない。助けようと入って行ったもう一人も悲鳴とともに戻ってこない。

「木をつけろ、藪の中に何かあるぞ!」

 だが叫んだ途端、後ろから、あの巨大なガッツゴーンの猛烈な突進からのショルダーアタックで吹っ飛ばされて、また藪の中。武器を落とせば、だれもいないはずの木の幹から手が伸びてさっと拾って持っていってしまう。

「命を奪う武器はすべてこの世からなくなってもらいましょう」

 体色、質感を自由に変えられるミオラムスの仕業である。

 そして藪の中には、太くて丈夫なクモの糸のようなものが、トラップのようにあちこちに張り巡らされていた。あの昆虫人類、クプラスのルイーズが、切れにくい丈夫な糸を束ねたり、くっつきからみつく糸を仕掛けたりしてつくったクモの糸トラップであった。下手に足を踏み入れれば、絡みつきうごけなくなり、もがくほどに体を縛り上げて行くのである。銃も爆弾もこうなると何の役にもたたない。クラリネアのネバネバダンゴも、切れにくい糸とネバネバ糸を丸めたものだったのだ。

 ボーグ3のほとんどが戦闘不能となると異星人たちを裏でまとめていた黒幕が登場となる。あの精霊魔法師の帽子をかぶったままのサチホであった。

「みんな、やったね!」

 サチホが出てきてみんなとハイタッチ。

「やっぱり森の中では、みんなの動きが抜群にいいわ。大成功よ!」

 ロボットを森に誘い出しての撃退作戦はサチホのアイデアであった。そして森の劇場の方から走ってきたセシルとも、思いっきりハイタッチ。でもセシルはサチホに頼みたいことがあるのだと言う。

「ねえ、サチホ、お願い…」

 セシルは中央指令センターにいるルドガーが心配なのだ。今頃、中央指令センターに突入した騎士団に命を狙われ、追い詰められているのではないかと心配なのだ。

「え?」

 だがその時、サチホの後を追うように、森の中から見たこともない異星人が出てきたのだ。それは、なんともなまめかしく美しい、全身象牙でできた彫刻のような女の人だった。でも明らかに人間と違うのは、アイボリーの皮膚には金属のような光沢があり、すらっとした体の線、長い足は人間に似ていたが、しなやかな腕は左右二本ずつ四本あり、額からは美しい触角が生えていた。虹色の光沢をもつ大きな瞳は複眼であった。

「ルイーズも一緒に来たいの?」

 するとその美しい生き物は小さくうなずいた。

「…ルイーズって、まさか…」

 セシルが初めて見た時の大きな芋虫の面影はほとんどなかった。そう、それは敵の来襲に備え、急激に変態を始めた、昆虫種族クプラス人の女性、ルイーズであった。

「…なにか胸騒ぎを感じます。私もどうか、一緒に連れて行ってください」

 ほかの異星人たちも、サチホの周りに集まり始めた。事件はついに決着を見ようとしていた。


 そして今、中央指令センターへの正式な入り口がある、国会議事堂に、不気味な帝国のエンブレムをつけた降下艇が着陸しようとしていた。

 国会議事堂の前の広い道路から石畳の広場にかけて、クロムハートを乗せた機体は、音もなく降りてきたのだった。

 やがてあの鉄仮面の男、ギル・ダイムに付き添われて、帝国皇帝騎士団第一騎士クロムハート・カーツがゆっくり帝国の降下艇から降りてきた。戦いに備え、あの巨大なエネルギーソードをギル・ダイムに持たせている。よく見ればギル・ダイムの左腕はシルバーに輝く頑丈なロボットアームに代わり、鉄仮面もシルバーの光沢のあるものに代わっていた。ギル・ダイムは、不死身のサイボーグとして死の淵からよみがえってきたのである。そして騎士団は、地下一階に続く国会議事堂の前の大きなゲートの前に進み出た。

「打ち合わせでは、中央指令センターを制圧したら、この議事堂のゲートの内側で待機していることになっております」

 その時、大きな地響きとともにゲートが開いて行った。だがそこには誰もいなかった。

「ば、ばかな」

 その時、ゲートの奥から足音が近づいてきた。

「おまえ、ルドガー…いったいわが騎士団の7人の精鋭はどうしたのだ」

 するとルドガーは氷のような冷たい頬笑みを浮かべて言った。

「警備隊のバスに乗って、騎士団が潜入しようとしているのが、異星人の通報によって事前に分かってね。あの警備隊のバスは国会議事堂の地下の第一ゲートを入ったところで、まわりの災害用シャッターを全部占められて閉じ込められてしまったのさ」

「じゃあ、やつらはまだそこに…」

 するとルドガーは手に持っていた、あのギル・ダイムのバトルソードを持ち直してこう続けた。

「いいや、たった今おれが始末してきた。なかなか手ごわかったが、やられる前にやっただけさ。やつらの精神エネルギーは、おれのコアストーンが残らず吸収した…」

 ギル・ダイムが叫んだ。

「嘘をつくな。宝石のパワーに頼るだけの若造に何人もの騎士団員が倒せるわけがない…!おまえ、何をたくらんでる、何をしたのだ?」

 するとルドガーはバトルソードを構えて不敵に笑った。

「…うそだと思うならば、ここでもう一度試してみますか?」

 すると、ギル・ダイムの後ろにいたクロムハート・カーツが進み出た。

 帝国の騎士団で超能力の剣技を磨き、頂点に立った剣士のプライドが、勝負を譲ることをさせなかった。

「私がこの若造の相手をしよう。もし、私が負けるようなことがあれば、ギル・ダイムよ、屍を拾ってくれ」

 そしてギル・ダイムに持たせていたあの巨大なエネルギーソードを取り出した。

 睨み合う二人の体にすさまじきオーラが燃え上がった。石造りの国会議事堂をバックに、まさかのルドガー対クロムハートの一騎打ちが火ぶたを切ったのである。


 その頃、セシルの呼びかけに応じた、歌劇団の有志やサチホと何人かの異星人を乗せたバスが自動運転で中央指令センターの入り口のある国会議事堂の前に近づいていた。

「…ルドガー、無事でいてね。もし騎士団につかまっていても、私が必ず助け出すから」

 カナリヤ歌劇団にやってきたボーグ3部隊のバスとは別に、中央指令センターに超能力部隊のバスが向かったという話をセシルはライアンの連絡で知って、もう、気が気ではなかった。それでサチホに協力を頼んだのだが、私も、私もとどんどん仲間が増えていき、危ないからと各組のリーダーまでも加わり、ついに院長先生に内緒でみんなで来てしまったのだ。だが、なんと言うこと、その時、遠くから爆発音のようなものが聞こえてきた。

「あ、あれは何?」

 全員が窓の外にくぎつけに鳴った。それはあの石造りの国会議事堂に違いなかった。不気味な黒い煙のようなものが立ち上っていた…。国会議事堂の建物はとくに壊れたりしてはいなかったので、そのすぐそばで何かあったのか?

「ルドガー、どうか無事でいて…!」

 いったいなにがあったというのだろう。セシルは祈るような気持ちで、黒い煙を見つめていた。

 その頃今度の事件の黒幕の一人でもあるクリムト。グレイブ諜報局局長の元にも緊急の報告が入った。

「クリムト様、只今、クロムハート・カーツ様とつながっていた秘密通信回線が予告なく切断されました」

「なんだと、なにがあったのだ」

「分かりません。まったく連絡がとれません。ただ、クロムハート様がいたと思われる国会議事堂周辺、中央指令センターの当たりで原因不明の爆発があった模様です。見たことのない黒い煙が立ち上っているようです」

 黒い煙と聞いて、クリムトはギクッとした…。

「なにか心当たりでも?」

「いいや…いったい何が起きたのか、続けて調査せよ。問題はエネルギー変換装置の本体がまだあそこにあると言うことだ。潜入部隊は何をしている。連絡はないのか…!」

「は、そちらもまったく連絡がつきません。もちろん装置を手に入れたという報告もありません」

「ううむ…もう一歩と言うところで…!」

 だが、クリムトには心当たりがないわけではなかった。十一年前、ゾディアスが一人の歌劇団員と戦って、まさかの相打ちとなった事件を思い出していた。なんと恐ろしい儀式をやめさせようとその女は、ゾディアスに攻撃を仕掛けるとみせかけ、直接ゾディアスの手に握られていたコアストーンにトパーズの槍をつきたてたのだ。

 コアストーンのエネルギーが瞬間暴走して爆発が起き、黒いオーラが煙のように噴き上がったのだった。あの時コアストーンが砕け散って大爆発を起こし、ゾディアスはズタズタになって爆死、歌劇団の女は爆風で吹き飛んだロッドが突き刺さり、死んだと聞いた。でも、ぐずぐずはしていられない、まだこの大作戦の目的のものは手に入っていないのだ。クリムトは騎士団の副官、まだ軍事基地にいるあのエミリオ・バロアに連絡を取った。

「えっ?! 何ですって?分かりました、残りの騎士団全員とボーグ3のすべてをひきつれて、すぐに中央指令センターへと向かいます。そして今度こそ、エネルギー変換装置を手に入れてまいります!」

 エミリオ・バロアは非常招集をかけると、そのまま軍事基地のゲートに出た。そこには三葉虫の形態で突っ込んだオメガニカがまだそのままだった。

「オメガニカよ、飛行形態だ!」

 すると巨大な三葉虫は後ずさりして用意を整え、切れのいい金属音を立てながら、徐々に変形していった。三葉虫の足が伸び、そこに黒い翼のようなものがかぶさっていき、翼を広げた巨大なエイ、あの南の島にいたようなマンタのような形態に鳴って行ったのだった。

 そこに招集をかけた騎士団の本隊と、ボーグ3の部隊が集まってきた。エミリオ・バロアは全員をオメガニカの巨体に乗せると、自らも操縦席に乗り込みクリスタルウォールの中心部めがけて離陸した。重力エンジンの力により、巨大なエイは、音もなく、ふわりと浮かびあがり、中央指令センターへと一直線に飛んで行ったのであった。


「なにかあったようだぞ、よし、チャンスだ」

 ライアンは急いで運転席から降りると、基地の中へ走って行った。もう敵はすべて引き揚げたようで、長官たち、司令部のメンバーが動き始めていた。

「まだ通信環境が整っていなくて状況がまったくつかめない。だが、中央指令センターで何かが起きたのではないかと考えられる。今、騎士団がいなくなって、エンジニアたちが復旧作業を始めている。うまくすればあと1時間ほどで、最低限の通信環境システムが動き出し、軍の兵士たちも動き出せるだろう。そしてこんなときだがライアン君…、巨獣が街に迫っているのだ」

「やはり…分かりました。すぐに対処します」

 ライアンは、息つく間もなくすぐ自動車に戻ると、そのまま軍のヘリポートに着陸しているマルチホバーへと走り出し、そのまま合体、すぐに離陸し、クリスタルウォールの街へと飛び立ったのだった。


 そしてセシルたちは国会議事堂前に到着した。議事堂の建物は無事だったが、石畳の広場で何かあったらしく、石畳が大きくめくれ、石垣にヒビがはいっていた。バスを降りた途端に、感覚の鋭い高貴なるリディアや、エメラルド組のリーダー、あのメガネのシャーロット・ミントンが警告を発した。

「みんな、気をつけて! 敵は国会議事堂の中に身を隠しているようよ。邪悪な凄いエネルギーを感じるわ」

「ルドガーは近くにいるみたいだけど、何か邪悪な波動が邪魔してわからない。みんなとりあえず、すぐ横のせせらぎ公園の方に急いで移動して…。あっち側は安全だわ」

 一緒に来ていたゴリライノス人のガッツゴーンやあの鼻の長いクラリネア、そして体色や質感自由自在のオウム貝人ミオラムスが、緑豊かな庭園へと身を隠した。

 ウミタマ君は、公園の中の大きな池にさっと潜り、あの昆虫種族のクプラス人のルイーズは、不穏な空気を感じたのか、突然石造りの議事堂の建物をよじ登り始めた。サチホにはその意味がなんとなくわかっていたが、止めることもできなかった。

 やがてルイーズは議事堂の中央にある、小さな塔のてっぺんに到達すると、4本の腕と触角を広げ、はるか遠くに向かって何かを呼んだのである…。だが少しするとルイーズは、不安そうな顔で降りてきた。何か不気味ななものが近づいてくると言うのだ。

「な、なんなのあれ?」。

 歌劇団の少女たちが空を見上げて指差した。そう、低く垂れこめた曇り空の下、雲間から舞い降りてきたのはあの不気味な黒い翼を広げた巨大なエイ、オメガニカだったのだ。

 巨大なオメガニカは、隣接するお祭り広場にゆっくりと降下した。着陸と同時に、船体のゲートが開き、騎士団とロボット部隊を連れた、副官のエミリオ・バロアが駆け下りてきた。

「まだ、ここ国会議事堂で何があったのかはわからない。だが、中央指令センターへのゲートは開いたままだ。チャンスは今しかない。軍が動き出すまでにはまだ少し時間がある。今のうちになんとしてもエネルギー変換装置を奪うのだ。エネルギー変換端子はすでにここにある。すべてを手にするのは今しかない。帝国に栄光あれ!」

「おー!」

 掛け声とともに騎士団やロボット部隊が地下一階へとなだれ込んでいく…。ルドガーは?変換装置はどうなってしまうのだろうか?


「うう、まずい。しかもやつらの移動速度が予想以上に速くて、トラックの土砂輸送地点が確定できない…」

 3匹の巨大ワニは川を遡ってすでに上陸し、もうクリスタルウォールの街の入り口に到達しようとしていた。ワニと言ってもあまりに巨大で、しかも足が頑丈で、地球のワニより移動速度も速いように思われる。レッドソードとブラックソードが並んで河原を渡り、堤防を乗り越え、背の低い林の中の道路を進んでくる。2匹の後ろからは、あの頭にもトレドサンゴをつけた巨大なクラウンソードが追いかけている。空は曇って、時々霧雨が降る状態だが、彼らにも背中に背負っている色鮮やかなトレドサンゴにもちょうど具合がいいらしい。

「おっとっと、危ない危ない…」

 今、ライアンはマルチホバーで接近しながら作戦を立てているのだが、彼らの尾の先から伸びている剣のような長いひれを彼らは時々、鞭のように振り回すのだ。このマルチホバーでも、気を抜いていたら真っ二つにされるかもしれない。そのうち、前方からコロナ黒色層の土を積んだ二台のトラックが近づいてきた。

「街に入る前に、間に合うかどうか…。よし、じゃあ、お願いします」

 ライアンの通信の指示に応答し、2台のトラックは、道路の両側に、黒い土をざざっとあわてておろして積み上げると、急いで戻って行った。

「…さて…うまくいってくれよ…!」

 ライアンが祈るような気持ちで3匹の巨獣を見つめた。うまく行かなければ武力攻撃もやむをえないが、彼らはいざとなれば、トレドサンゴの硬質の鎧を持ち、強力な生体バリアで身を守り、以前帝国の基地を壊滅させた過去もある。下手に攻撃して逆上させてしまったら、どんな被害が起こるのか予想もできない。

「おや、いいぞ!」

 なんと先頭を歩いていたうちの1匹、ブラックソードが土の匂いが気になるのか、そこで止まると、突然黒い土にかぶりついたのだった。

「彼らは普段、この黒い土の栄養分が溶け込んだ川の水から必要な栄養やミネラルを吸収している…。土から直接はどうなんだろう。うまくいってくれるといいのだが…」

 ブラックソードは土を少し食べると満足そうにそこを動かなくなった。行けるかもしれない…。だが、後ろからきたレッドソードとクラウンソードは気にはなるのだが、さらに黒い土があふれている、クリスタルウォールの開拓地へと進み始めた。

「あ、このままではまずいぞ…」

 クラウンソードが街の方にやや方向を変えて進みだした。街の入り口には、モニュメントのようにそびえる数枚の透き通った硬質ガラスの巨大な壁が見える。この惑星の開拓の歴史が込められた歴史的建造物の一枚に、近付いていく巨獣の姿がうっすらと映っている。

「ああ…止められなかった…?!」

 ライアンの思っていたよりずっと高い音があたりに響き渡った。一枚のクリスタルウォールが…、今…クラウンソードの進撃によって、あっという間に砕け散った。幾千の風鈴のような音とともにキラキラと、光の風花のように風に舞いながら、色鮮やかなトレドサンゴを背景に、崩れ去って行った。やつらの進撃はまだ止まりそうになかった…。


 国会議事堂の中では戦いの第二回戦が始まろうとしていた。先ほどの爆発は、ルドガーの使っていたバトルソードに埋め込まれたコアストーンが、砕け散った時の爆発であった。

 なぜか高度な暗黒騎士の技を使うルドガー、だが剣技に勝るクロムハートが、ルドガーの剣ををはじきかえし、バトルソードの力の源のコアストーンを狙い撃ちにして、見事に砕いたのだった。黒いエネルギーが暴走して爆発し、黒い闇のオーラを吹きあげたのだった。

 2人ともダメージを受け、剣のなくなったルドガーは、よろよろと一時的に国会議事堂に逃げ、少ししてそれを追って、クロムハートが中に入ってきたのだ。

 そこは長い絨毯の廊下を歩いた先の大会議室だった。ドーム状の高い天井。トレドの木材を贅沢に使った木の香りのする古風な室内に、議員の座席が並んでいる。今は全員避難していて誰もいない。ルドガーは議長席のそばに置かれたソファに持たれ、爆発のダメージからの回復を図っているようだった。

「見つけたぞ、小僧め、覚悟しろ」

 ルドガーが立ち上がる間もなく、絨毯を踏みしめて、黒い戦闘服が迫ってくる。クロムハートの巨大なエネルギーソードが赤く光り、ルドガーに撃ちおろされた。

「なに?」

 なんと剣を持たないルドガーの指先から紫色の光が剣のように伸び、それを受け止め、しかも跳ね返したではないか?

「それは古代の英雄グラジオスが使ったという光の宝剣の技…なんでお前ごときが!」

 さらにルドガーはその光の剣を振り回す。すると数十本の光のナイフがクロムハートを襲う!

「フンっ!」

 クロムハートはバリアを大きな盾の形にして、光のナイフをすべてはじき返しながら、今度はエネルギーソードを、鋭く水平に降る。

「ムーンカッター!」

 すると三日月の形をした大きな光のカッターが出てルドガーをめがけて飛んで行く。

 するとルドガーは、右手を前に出して気合いを入れた。

「トォー!」

 ルドガーの手のひらからは波動のようなものが出て、光のムーンカッターは粉々になる…。

「それも古代の英雄やゾディアスが得意としていた破壊波動の技…、なぜ、高度な技がお前に使える…超能力で命と命をかけた戦いを何度と繰り返して、やっと手にできる高度な技を…!」

 だが、ルドガーはそれには答えず、紫色の光の剣をクロムハートに向けたのだった。

 ルドガーが怒りに燃えたり、憎悪をむき出しにして襲ってくれば、クロムハートのコアストーンがそれを吸収し、一瞬で決着はつく。だが、ルドガーはあくまで冷静で落ち着いていた。これは経験を積んだ暗黒騎士同士の戦いのようであった。

「まあ、いい。おまえがどんな小手先の技を使おうが俺には勝てん。思えば、古代の英雄のように超能力剣士を志、何もないところから剣を極めるためだけに人生を費やしてきた。強さをつきつめたわが剣の重さを知れ! 最強の剣士は俺だと言うことを思い知るがよい。決着をつけてやる」

 クロムハートは剣を振り上げると呼吸を整え、一直線にルドガーに向かって行った。ついに激しい戦いに決着がつく…。


「エミリオ様、ありました。中央指令室の金庫室に、エネルギー変換装置の本体がありました」

 オメガニカの前で待つエミリオ・バロアの前に、シルバーのケースを抱えた騎士団の男たちが駆け込んできた。

「でかしたぞ。どれ、確認しよう」

 エミリオは部下にアタッシュケースを持ってこさせると、中からあの芸術品のようなシルバーの杖のようなエネルギー端子を取り出した。そして、シルバーのケースから、精巧な宝石箱のような装置を取り出し、銀の杖をその宝石箱に刺したのだった。その途端、銀の鈴が鳴るような音が聞こえ、光が走った。

「やった…間違いない。これだ…、この箱の中にコアストーンを入れれば莫大な力を自由にできる。先住民の最大の兵器だった時空選管は、この小さな箱だけで、何年も動いていたと言われている。ついに古代の莫大なエネルギーが帝国の者となったのだ」

 エミリオ・バロアは杖の刺さった箱を脇に抱えると、満面の笑みを浮かべ、さっそくオメガニカに乗り込んだ。そして中央指令センターに突入した騎士団とロボット部隊に招集をかけた。

「作戦成功だ、急いで引き上げるぞ! すぐに地上に出てオメガニカに乗りこめ」

 ところがどうしたことだろう? 騎士団一人、ロボット1台戻ってはこなかった。また、なにか起きたのだろうか? すると息も絶え絶えの声で一人の部下から通信が入った。

「エミリオ様、た、大変です、地下から地上に出たところで謎の怪物に襲われ、わが部隊はほぼ全滅に…。やつらは遠い空から突然飛んできたのです…!」

 え、わが最強の軍団を全滅させるものが…。ついに軍のシステムが回復し、軍部が動き出したか?

 エミリオは外部カメラを操縦席のモニターにつないだ。数人の騎士団とロボット部隊が何か高速で動くものと戦っている。

「なんだあれは…」

 その敵の数は3匹、身長2メートルほどの人間に似た形をしていたが、どういうことだろう、足をちょっと動かすだけで地上から浮き上がるような感じで地面を疾走するのだ。ブンッブンっというバイクのような音が響くと、瞬時に時速数十キロまで加速し、方向転換も自由自在だ。

「ボーグ3の超合金の腕が…?」

 なんとボーグ3に体当たりをすると、ボーグ3の腕が、関節からぽとりと落ちて火花が散っていた。しかも生体バリアも使いこなし、銃弾も受け付けない。騎士団も攻撃を当てることさえできずに次々に倒れて行く。

 まさか、本当に全滅か?

 するとそこに、議事堂によじ登っていた昆虫種族クプラス人の女性、あのなまめかしく美しいルイーズが降りてきた。そしてその怪物たちに近づくと、3匹の怪物はルイーズの前にひざまづいた。

 怪物たちは脳みそのような複眼を頭部につけ、強力な羽の力で地上を疾走するクプラス人のオスだったのだ。ルイーズがクイーンで、彼らは最強のナイトであった。ルイーズは御褒美に体内で生成した特別な真珠を、胸のひだから三粒取り出すと、3人のナイトに一つずつ渡した。ナイトたちはこの粒をたくさん集め、最後にはクイーンの心を射止めなければならない。

「なんだあの怪物は? 高い知能と全く無駄のない合理的な思考で私の意識攻撃もつけいる隙がない…!! 急いで脱出だ」

 エミリオはお祭り広場の端に着陸させていたオメガニカを急いで離陸させることにした。これだけ大掛かりな作戦で、失敗は許されない。とりあえず変換装置はすぐに運ばなければ何が起こるか分からない。

 巨大な黒いエイが、ふわりと浮きあがりゆっくり上空に舞いあがろうとするその時だった。

「うっわああああ、んな、なんだ、今度は一体!」

 オメガニカがぐらりと傾いた。こんな巨大なものを傾かせるものなどいったい存在するのか。

 外部カメラに切り替えると、斜め後ろから何か巨大なものが飛びついていた、鋭い牙がずらりと並んだ大きな口が動いている。

「なんだ、この化け物は!」

 それはいつも餌にしている黒いエイに似ていたためか、自分より大きなものに警戒して噛み付いたのかはわからなかった、でも確かにあの巨獣、クラウンソードがエイの形に変形しているオメガニカに噛み付いたのだ。

「ええい、離せ、離せ! これでは身動きできぬ…。ロボットに変形だ!」

 エイの翼はたたまれて鎧となり、手足が伸びて巨人ロボへと変形して行く。そして、体制を整えると、巨人ロボは二本の足を踏ん張って、巨獣クラウンソードを投げ飛ばしたのだった。ものすごい地響きとともに地面に転がった巨獣に、腕から小型ミサイル弾を発射し、爆破、すべては終わるはずだった。だが、巨獣は一瞬金色の光に包まれ、ほとんどノーダメージだった。しかも、ものすごい勢いで尻尾を振り回す。剣のような長いひれが足に直撃する。

「うう、く、くそ」

 ここで逃げ出せばまだどうにかなったのかもしれない。だが焦ったエミリオは、さらに小型ミサイル弾を立て続けに撃ったのだった。

「グワオオオ!」

 クラウンソードはまたほとんどノーダメージだったが、この一発で完全に逆上した。首元を狙ってかみついてきたのだ。巨大なパンチを繰り出してなんとか引きはがすオメガニカ。だが、トレドサンゴの鎧は信じがたい硬さで、なかなかダメージを与えられない。やっとの思いでひき離したかと思うと、あの鋭い尾のひれの鞭を連発攻撃だ。巨大な剣のような尾が、高速で、肩にわき腹に、ひざへとくい込んでくる。あり得ないことだが、何発メカで、巨人ロボのひざの関節から火花が散り、動作がおかしくなったのだ。なんと言う尾の威力! さらに巨人ロボットの動きがおかしくなったとわかると、巨獣はまた首を狙って飛びかかろうとかまえた。

「これではもう、どうにもならん、よし、脱出だ」

 すると背中から、操縦席ごと小型宇宙船がゆっくり飛び出した。エミリオはこのままエネルギー変換装置を持って、騎士団の戦艦キルリアンに帰ろうと操縦桿をぐっと上げた。だが、その時だった。クラウンソードの脇から、もう一匹の赤っぽい体色をした個体が飛び出し、逃げようとするエミリオの小型宇宙船にバクっと噛み付いたのだった。

「うわあ、助けてくれ…!」

 脱出艇はその牙がずらりと並んだ口からは脱出したが、そのまま飛び上がることはできず、煙を上げながら地上に落ちると爆発したのだった。エネルギー変換装置もすべて吹き飛んでしまったのだ。

「…なんてことだ…すべては終わった…」

 パラシュートで降りながらエミリオはつぶやいた。

 そして、逆上した巨獣たちに踏みつぶされないように、クロムハートの乗ってきた降下艇へと、急いで走り去ったのだった。

 その時、あのシャーロット・ミントンが言った。

「国会議事堂の中から何かが出てくる…みんな気をつけて!」

 なにかすごい邪悪なエネルギーが動いていたという議事堂から、何が出てくるのだろうか? ルドガーは無事なのだろうか?

「えええ?」

 せせらぎ公園側から議事堂を見ていた歌劇団のみんなは驚いた。なんとあの鉄仮面のギル・ダイムに抱きあげられて誰かが運ばれてきたのだ。

「あ、あれは…」

 ギル・ダイムの左のロボットアームに抱きかかえられていたのは、皇帝騎士団のリーダー、最強の剣士とうたわれたクロムハート・カーツではないか? 生きているのか死んでいるのかもわからず、ぐったりしている。

「…急いで手当てすれば助かるかもしれない…。邪魔をするな」

 ギル・ダイムはクロムハートを命がけで守りながら目の前を通って行った。もう、こうなるとだれも止めるものはいなかった…はずだった。

 ところがさらに議事堂の中からもう一人の人影が進み出た。セシルが喜びの声をあげた。

「ルドガー、よかった生きていたのね!」

 だが、すぐにセシルの表情はこわばる…。ルドガーはクロムハートを抱えたギル・ダイムを見つけると突然叫んだ。

「なんだ、まだ生き残りの騎士団がいたのか、消えろ!」

 なんとルドガーはクロムハートを抱きかかえたギル・ダイムの背中へと、光のナイフを撃ち込んだのだ。倒れかかるギル・ダイム、だがクロムハートは落とさない。

「しぶといやつめ!」

 動けなくなったギル・ダイムに今度はとどめとばかりに剣を振り上げたではないか?

「やめろ!」

 そこにやってきたのは、巨獣から逃げてきたエミリオ・バロアであった。エミリオは、意識攻撃を仕掛け、一瞬ルドガーの動きを止めて、2人を助けたのだった。

 ギル・ダイムは苦しみながらも、必死でクロムハートをつれて急いで降下艇へと乗り込んで行った。すぐに乗り込み、離陸の準備をするエミリオ・バロア…。

「クロムハート様、エミリオ・バロアでございます。いったい、何が…。すぐにキルリアンで手当てを…」

 エミリオが操縦して降下艇は空へと消えて言った。

「ルドガーだけど、ルドガーじゃない…。敵とは言え、もう戦う力もない者を…。なんてひどいことを」

 ルドガーの顔は青ざめ、体からは黒いオーラが立ち上っていた。そしてなにより冷たい氷のような瞳でみんなを振り返ったのだ。

 高貴なるリディアが恐怖に震えながら言った。

「あの黒いオーラの中に恐ろしい顔が見える…!」

 そうあのすさまじい邪悪なパワーは、騎士団からではなく、ルドガーを包む黒いオーラから出ていたのだ。

 するとルドガーはみんなのいるせせらぎ公園に向かってゆっくり歩き出した。みんなは身がまえた。

「ははは、すごいだろう、帝国皇帝騎士団はこれでほぼ壊滅さ。ぼくは強くなった。コアストーンの中の声に従えば、すごい技だってどんどん出せるんだ」

 そう言ってルドガーは上着のポケットからあのクオンボルトの紋章を取り出した。彼には見えないのだろうか、紋章の周りを包む黒いオーラが…! ルドガーは無造作に紋章をポケットに戻すとセシルに言った。

「どうだい、セシル、すごいパワーを感じるだろう?」

 しかしセシルはきっぱり言った。

「いいえ、ルドガー、あなたは間違っている。すぐに持っているコアストーンを捨てて、お願い、元のルドガーに戻って…」

「コアストーンを捨てろだって? 何をばかなことを言い出すんだ。これが強さだ。強さはすべてを解決するんだ!」

「ねえ、お願い、そのコアストーンをこっちに渡して…お願いよ」

 そう言ってルドガーにセシルはそっと近付いていった。だが、その時!

「キャアアアアアアー!」

 バチバチッと電撃が走り、セシルはショックで大きく吹っ飛ばされた。驚く歌劇団のメンバー。

「コアストーンは渡さない。邪魔をすると殺す…」

 幼馴染のセシルにまでこんなひどいことを…。テリー・クルーズが言った。

「セシル、すぐにこっちに戻って。ルドガーはもうルドガーじゃない…」

 だがセシルは銃を持つと、すぐに立ち上がった。

「ルドガー! どうあっても、あなたからコアストーンを渡してもらうわ」

 だが、銃口を向けられたルドガーは怒り狂った。

「おれに攻撃だと? どういうつもりだ、ふざけるな」

「私は、本気よ! コアストーンを渡して」

 そう言うと、セシルは瞬時にルドガーの肩を撃ち抜いた…かと思われた。だが銃弾は命中する直前に空中で止まり、ぽとりと落ちた。

「ふざけるな、思い知らせてやる!」

 歌劇団のみんなが悲鳴を上げた、突然黒雲が巻きあがり、雨交じりの激しい風が吹きつけたからだ。みんな手をつなぎあったが、何人か突風に吹き飛ばされそうになる。

「いかがかな? 古代の戦士で嵐の航海王と呼ばれたベルどルークの嵐の秘術は?!」

 だがセシルはまったくあとには引かない、たたきつける嵐の中、銃を打ちながらルドガーに向かって行く!

「無駄だ、無駄だよ! 今度は雷帝テーデオスの雷の槍だ!」

 すると、今度はセシルを狙うように、次々と雷が落ちてくる! だが、セシルは本能的に横に飛び、地面を転がって雷を交わし、銃を構えた。

「これが私の、ありったけの念動弾よ!」

 すると十全体が一度オーラに包まれ、金色に輝く銃弾が発射された。

「馬鹿め!」

 ルドガーは手のひらを向けて、あの破壊波動を発した。空間がゆがみ、セシルの念動弾は砂のように分解され嵐の中に消えていった。それでもまだ向かって行こうとするセシル。だが、先ほどまでの気迫は消え、肩で息をしている。テリーが、アンナ・フィッシャーがかけつけてセシルをとめ、バリアで守った。

「もう、やめて! セシル、あなた殺されちゃうわ」

 さらにシャーロット・ミントンが言った。

「あなたが今、本気でルドガーを止めようとした、その精神エネルギーが、あの邪悪な宝石に確実に吸い取られている…。あなたの気迫は失せ、肩で息をしている。見て、黒いオーラがさっきより、さらに強くなってきているわ!」

 言われてみて、その通りの黒いオーラに驚き、そしてセシルはうなだれた。

「…そうなのね、ここで闘っても何も解決しない…それどころか感情的になれば、あなたのコアストーンの精神エネルギーを増すだけ…」

 セシルは戦うことでしか戦いを止められない自分が情けなかった。

「ぼくはこれからもコアストーンを放さない。そしてぼくはもっと強くなって、悪をすべて滅ぼすのさ…」

「悪って、なにが悪なの?」

 セシルの問いにルドガーは恐ろしい声で答えた。

「ぼくの邪魔をするものはすべて悪だ! すべて滅ぼすのだ!」

 その時、黒いオーラの中に恐ろしい顔が青白く浮かび、その言葉を繰り返した。

「…すべて滅ぼすのだ!」

 みんな青ざめて言葉を失った。そしてその恐ろしい顔はさらに続けた。

「ははは、今の帝国騎士団との戦いに勝利し、さらに命がけで向かってきた小娘のおかげでこの無敵の紋章ももう少しで精神エネルギーがいっぱいになる。お前たちをいけにえにして、完全にエネルギーを満たすのだ、その時、私は最強になれる、もう誰も歯向かううものはいなくなる。ルドガーよ、いけにえをほふれ! お前は完全に最強になるのだ!」

 さらに、その言葉と同時に、何か恐ろしいイメージが流れ出てきた。

 枯れ果てた森…草も花も生気を失い、荒れ果てた畑、古代の村、次々と倒れて行く古代の人々…。

 それこそがクオンボルト王が自らの国で行った生贄の儀式に違いなかった。

 そうしている間にもルドガーはぞっとする冷気と黒いオーラをさらに強めていく。

「…また声がした。この目の前の者たちをいけにえにすればもっと強くなれる、最強になれるのか?」

 そしてルドガーは、歌劇団のみんなを見回したのだった。いけにえにするつもりなのか?!

「ルドガー、バカなことを言わないで! 早く元のルドガーに戻って、そしてそのコアストーンをこっちに渡すのよ!」

 もう、だれもルドガーを止められないのか? その時、サチホがさっと手をあげた。

「はい、ちょっといいですか」

「え」

 セシルは思った。この子はそういえば私やジェニーと違って実戦の経験は全くない。こんなときに何をしようと言うのだろうか。

 するとサチホは最初にジェニーに何かをささやくと、一枚の楽譜を取り出し、すぐ近くにいたあの新入生仲間、美声のアデル・ロンドにさっと渡した。

「困った時は歌を歌いましょう、ね」

戸惑いながらもアデルは初見で見事にその歌を歌った。あのロワーヌがシベールの詩に曲をつけたあの楽譜だった。すぐにあの双子の姉妹も近付いてハモりながら一緒に歌いだした。透き通る素晴らしい歌声だった。


♪大きな命 シベール・ミルフィーユ


風に向かい岸辺に立つ白い鷺は飛んで行く。

雲は流れ、雨を運ぶ、深き森に泉湧く

季節が雪を溶かし、大地の力を運んで行く。

森の命が海を育て、クジラ飛び跳ね、海鳥舞う。

ああ、流れが、命をつなげていく。

風に向かい私は行く、

あなたを想いながら。


木漏れ日浴び、私は行く、落ち葉の路を踏みしめ

春に芽吹き、秋に散り行く、命はめぐって行く。

鼻が咲いて、蜜蜂は飛ぶ、実が膨らんで、小鳥さえずり。

命の終わりは命の芽吹き、春は再び巡りくる。

ああ、森よ、支え合う命よ

人はなぜに果てを知らず、求め続けるのか

幸せはすべてそこに、はじめからあるのに。

大きな命の中にいます。

あなたにいだかれながら


 するとどうしたことだろう? 歌の中から泉のようにラルゴアの森やブドウ園の映像が流れ出てくるのだ。

 …目に鮮やかな湿地帯のお花畑、

 深き森、湧き出る泉、滝にかかる虹、

 朝露の光る緑、たわわに実る葡萄、はたらく少女たち…。

 その歌をすぐにアンナ・フィッシャーが歌い、クラウディア・ロレンスが力強く繰り返し、みんなで歌詞を教え合い、いつしか全員が歌いだした。せ

 せらぎ公園に隠れていた異星人たちも、大木の陰から、木陰から、せせらぎの中から顔を出した。クラリネアも旋律を覚えて素敵にハモりだし、ガッツゴーンが低くハミングし、ウミタマが海の口笛を吹き、ミオラムスがピッコロの伴奏を付け加えていく。

 すると笑顔をうかべ、歌の中サチホが歩きだした。

 この歌はサチホの母ロワーヌが、ゾディアスのコアストーンを砕く前に、怒りや憎しみを消し去るために口ずさんだ歌だった。この歌を歌わせてサチホは何をしようとしているのだろうか。みんなそのうち目を見張った。なんとサチホの歩いて行く先は、ルドガーだった、サチホはあの黒いオーラが渦巻くルドガーへと、歌に乗るように進んで行ったのだ。少しでも、ルドガーに怒りだとか感情的な気持ちを持っていたら、きっと怒りにふれ、命がないかもしれない。黒いオーラは伝説の揺らめきで彼を包んでいた。でも、サチホは一緒に歌を歌いながら近づき、手をさしのべた…。またセシルのように吹き飛ばされるの? いったい何をするのか? なにか秘策はあるのか?

「はい。これでどうかしら」

 みんなあまりのことに唖然として見守るばかりだった。

 なんとサチホは、攻撃も超能力を使うことも何もしなかった。ただ、サチホはひとかけらの敵意も気負いもなく、ルドガーの上着のポケットにさっと手を入れると、クオンボルトの紋章を取り出し、それをセシルへと放り投げたのだった。

「うぉ、な、なにをする、おまえはズタズタになって、死ぬがよい! …! ええい、破滅の波動!」

「キャーっ!」

 ものすごい殺気が広がり、もうサチホの命はないものと、全員が震えあがった…!!

 でも、サチホに何も起こらなかった。高度な技は出なかった。出るはずもなかった。今、巨大なコアストーン、クオンボルトの無敵の紋章は、勇気を持って受け止めた、セシルの手の中だった。

 その瞬間ルドガーの顔が悪鬼のように歪み、セシルに飛びかかった。

「返せー、俺の、俺の力を!」

 だが、セシルの体につかみかかる直前にルドガーの体は浮き上がり、そこで止まってしまった。打ち合わせ通りにジェニーが念動力をかけたのだ。空中でもがき、暴れ回るルドガー、サチホが言った。

「みんな、歌って、もっと心を一つにして…!」

 歌が響き渡る…奇声をあげて空中でもがくルドガー、でも歌がしみわたるにつれてだんだん苦しみ始めたのだ!

「ぐおおお、おろせ、放せ…ぐおおお…」

 もしかしたら、ここから先がサチホの本当の超能力だったのかもしれない…黒いオーラとその中に広がっていた荒れ果てたイメージが、金色のオーラに包まれ、芳醇で生き生きとした自然のイメージに置き換わっていった。

それはシベール・ミルフィーユの歌詞にのせ、

ロワーヌからサチホへの絆と

セシルのルドガーへの熱き思いが

歌劇団員の一人一人の心と、

異星人の一人一人の心と、

さらに回りの公園の木々、草花、せせらぎ、

それらすべてが歌の力によって響き合った奇跡の力だった。

 そしてその真ん中に精霊魔法師の帽子をかぶったサチホがいたのだ。

 みんなは一つの大きな命の中にいた。さらにすべてがつながり合い、響き合ったとき、そのつなぎめが金色の粒子で輝きだした。

「…時は満ちた…」

 どこかで声が聞こえ、目の前の空間がゆらりと揺れて、そこに金色の光の渦が輝きだした。歌劇団の少女たちはさらに驚くばかりだった。輝く人が光の粒子とともに現れた。そして地面に静かに降り立つと、セシルに向かってそっと両手を伸ばした。

「ありがとう、ここから先は私たちの仕事です」

 輝く人は、セシルからクオンボルトの無敵の紋章を受け取ると、それを右手と左手の間に挟んだ。

「やつはまだこの中にいる、いまなら倒せます。あなた方は協力し、邪悪なる力に打ち勝ったのです。有難うございました。いま、この暗黒の紋章は無の光に戻しましょう…」

「おおっ!」

 すると紋章は、一度は黒いオーラのような煙のようなものを噴き出した。そしてその煙は膨れ上がり、中に恐ろしい顔が浮き上がり目をギョロとさせてあたりをにらんだ。だが黒い煙は悲鳴とともに黒い砂となり、地面にやがて崩れ落ち、さらに光の粒子にちりばめられて消えていったのだった。

 セシルは急いでルドガーのところに駆け寄り、倒れたルドガーを抱き起こした…ルドガーは、静かに目を開けるとセシルに行った。

「ありがとう、助けてくれたんだね、ひどい悪夢から…」

 歌劇団員はそんな2人を見て、ほっと胸をなでおろした…。

「私の力と時間は限られています。ついでにもうひと仕事お手伝いしましょう」

 すると輝く人はすうっと風に吹かれるようにすぐ隣のお祭り広場へと進んだ。

 そこではレッドソードとクラウンソードがまだ逆上して暴れ回っていた。レッドソードは、木造建築のイベントホールを、今まさに踏みつぶす寸前だった。クラウンソードは黒い土の匂いに誘われてか、暴れながら住宅もある農地の方へとなだれ込もうとしていた。ただ、ライアンのマルチホバーが打つ手なく回りを飛び回っていた。すると輝く人は、突然強い光を発しながら巨大化した。輝く人は光の巨人へと姿を変えたのだ。巨大な足、石垣のようなサンダル、光輝く衣、頭は比較的にどんどん小さくなって、16頭身ほどに見えた。

 そして光の巨人はあわててレッドソードの前に立ちふさがり、イベントホールを踏みつぶされるのを止めた。

「ウォム?!」

 掛け声とともに体に力を入れると、一段と物質化が進み、半透明だったからだが、数秒間、完全に実体化した。神々しいオーラに包まれたその姿は、近寄りがたいものがあった。そしてそのまま、怪力でレッドソードの体を大地を揺るがしながら広場へと押し戻していったのだ。さらにクラウンソードの背中へと右手のひらをのばすと、まるで見えないロープに引き付けられるように、クラウンソードが、もがきながらこちらに戻ってくるではないか!

「トォッ!」

 そしてすかさず大地を揺るがす声が響くと、光の巨人の手のひらの上に大きな光の球が出現した。そして手を伸ばし、大きく体をひねりながら、巨獣に向かって、光の球を打ちこんだのだった。

 光の巨人が手を動かすと、それだけで大気が渦巻き、雲が巻き起こるようであった。

 光の球が巨獣に当たった瞬間光がはじけ、そこにゆらゆら揺らめく青いサンゴの海、魚の群れが、トレドサンゴの海底の映像が広がって見えた。

「おおっ!」

 その光の球を受けると、巨獣たちはおとなしくなり、元に戻っていった。そして、静かに、もと来た川へと、南の海へと戻り始めたのだ。

 すると光の巨人は、みるみる光の粒子に代わり、融けるように消えていったのだった。

 最後はだれも戦うことなく、戦いは終わった。あっという間の出来事だった。

「これからすぐに手を打って、上流の土砂をちゃんと海に流すから…許してくれ…約束するよ」

 巨獣たちは静かに川に入ると、下流へ、海へと向かって泳ぎ始めた。ライアンは巨獣を見送ると、安心してマルチホバーを議事堂の前へと着陸させた。そして、せせらぎ公園のみんなの方へ手を振って走り出した。

 やがて長官から、全面復旧の連絡が入る。事件はやっと終わりを迎えようとしていた。

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