第20話 青い空

 セシルはすっかり回復したはずだったが、翌朝、ベッドの中で苦しそうにしていた。

「…どうして…どうして…」

 夢の中でセシルはさまよい続けていた。いつも暮らしている修道院の隣の歌劇団の寮が、がらんとして誰もいない…みんなどこに行ってしまったのか? 廊下をまっすぐ行って院長先生の部屋のドアを開ける。書類や引き出しの中身が散らかって、もちろん院長先生もいない。外に出る、いつもは森の劇場から歌劇団の美しい歌声が聞こえてくるのだが…呪文のような重苦しい声が聞こえてくる。そして気がつけば、ブドウ園の木々は枯れ果て、異星人館の中は荒れ果て、みんなを探して気がつけば、そこは墓地で金の音が重く鳴り響いた。そこに一人院長先生がたたずみ、祈りをささげていた。

「院長先生…」

 セシルが近づいて声をかける。院長先生は決してセシルに目を合わせず…つぶやいた。

「…クリスタルウォールの街も全滅です…十一年前にロワーヌはこれを止めようとして命をかけた。そしてそれは起らなかった。でも今度は私たちは止められなかった…それは起きてしまったのです、ほらこの花を見て…」

 院長先生は墓地の傍らに咲いていた小さな野菊のような花を指差した。セシルが見ると、その花は風に可憐に揺れていたが、次の瞬間、生気を吸い取られたようになってばらばらに枯れ果て、風の中に崩れ去って行ったのだ…。

「なんてひどい! 院長先生、これは?!」

 でもセシルが気がつくと、もう院長先生もそこにはいない、風だけがむなしく吹き抜けて行ったのだった…。

「院長先生、みんな、いったいどこに行ったの!」

 うなされて、セシルは起きた。びっしょり汗をかいていた。夢でよかったと廊下に出ると、いつも通り歌劇団のみんながいて、いつもの朝がそこにあった。夢でよかった。でもセシルはすぐあとで、息が止まりそうなほどの驚きを味わう。

「おはよう、リディア、実は私さあ、変な夢見ちゃってさあ…」

「え? セシルも? 実は私もそうなのよ…」

 普段冗談など決して言わない高貴なるリディアがそう答えると、驚きは大きい…予知夢なのではとさえ思ってしまう。さらにその会話を聞いて、なぜか人が集まってクる。

 なんと、セシルやリディアと同じ不吉な夢を見た仲間が、何人も、何人もいたのだ…。

 一体どういうことなんだろう? セシルは、夢で歩いたコースをなぞってみる。院長室はまだ鍵がかかっていて開いていなかった。庭に出る、色鮮やかな花が咲き誇り、木々の緑が朝露に濡れて美しい。ブドウ園ももうすぐ収穫を迎える葡萄の房がたわわに実っている。…夢とは違う生命感にあふれ…美しい。

 だがその時だった、ルビー組のリーダー、花形女優のアンナ・フィッシャーがあたりをうかがいながらささっと歩いて行くのを見たのだ…。そっちはワイン倉庫だけれど…何だろうと見ていると、

「え?!」

 すると木陰に飛び込んだアンナは進み出た男の胸に飛び込んだではないか…。こんな早朝に…いや、早朝だからか…。しかもちらっと見えた相手の顔を見れば、チャールズ・デイビス、あの気になっていた若い指揮者ではないか…。そうだったのか…あの2人は…。いったい、なんて朝なんだ?! セシルは相当がっかりして自分の部屋に戻って行ったのだった。


 宇宙戦艦キルリアン、言わずと知れた帝国皇帝騎士団の宇宙船である。今、その船内の薄暗い一室で、ルドガーは頑丈ないすに縛り付けられ、朦朧としていた。彼の目の前には、ロボットハンドの先に取り付けられた分析装置の鈍い光がゆれていた

「どうだ、そろそろ作業は終了か?」

 男の声だけが室内に響いた。ルドガーの記憶を引き出していたあのエミリオ・バロアが答えた。隣には長身の騎士、ギル・ダイムが睨みをきかせて立っている。

「この若者はまだ疲労レベル2ですから、まだあと1回はできるでしょう。とりあえず今は1時間の休みを取り、その間にデータの分析を行います」

 男の声は続けた。

「それでは、精神エネルギー端子は、多島海の軍事基地に在る可能性が高いということで間違いはなさそうか?」

「はい、トレドに帰還する前に、私の意識を操る能力によって強力な深層催眠をかけておきましたから、簡単なパスワードだけで彼はなんでも正直に話してくれます。しかもその間の記憶はありません。彼が拉致される直前に、重要な発掘物が警察から届くという報告があったのです。間違いないでしょう。それより思いがけずに進んでいたのは、コアストーンの研究です。我々はコアストーンについて連邦側より絶対的な優勢を誇っていましたが、この調子では危ない。そのためにも精神エネルギー端子を速く手に入れないと…」

 帝国はルドガーをやはりただ生まれた星に戻してくれたのではなかった。あとで連邦の極秘事項を引き出すためのコマとして仕込まれていたのであった。

「では作業を中止して、これから1時間ののインターバルにはいります」

 ロボットアームがひっ込み、ルドガーを押さえつけていた椅子の金具が自動的に外れた。強面のギル・ダイムが低い声で言った。

「おい、ボーグ3、この男を独房までお連れしろ」

 意識が戻り、逃げようとするルドガーだったが、帝国の戦闘アンドロイドボーグ3がさっと近寄りルドガーを連行する。ボーグ3は帝国の汎用型の標準戦闘ロボットで、威圧的な外見、腕と肩にショックガンから通常弾、そしてグレネード弾まで数種類の武器を内蔵しているロボットだ。

 薄暗い部屋をでて、長い廊下を歩いて行く。エレベーターに乗り、最下層へ運ばれる。ここはいろいろな保管庫や食料庫などの倉庫ばかりのある階のようだった。

「いったい僕に何をした。どこへ連れて行く」

 だがボーグ3は何も答えず、ただルドガーを引っ張って行く。ルドガーは、考えた…今僕には武器がない。唯一訓練によって、生体バリアや念動弾が使えるけど、この戦闘アンドロイドに比べたら微々たる力にすぎない。

「もっと力があれば…今は逃げ出す絶好のチャンスなのに…」

 いろんなパターンを考えたが、このボーグ3を武器なしで倒すことは不可能だし、下手に逃げれば殺されるかもしれない。それくらいにこいつの戦闘能力は高い。それに何か騒ぎを起こしたら騎士団員がやってくるかもしれない…やつらはさらに強力だ。体に埋め込まれている小さなコアストーンだけでなく、武具やアクセサリーとして、特大のコアストーンを身につけているに違いない…? その時、ルドガーはあることを思いついてしまった。…そうだ、ここは敵の戦艦だ。もっと強力なコアストーンがどこかにあるのでは…それを手にできれば、ぼくはずっと強くなり、脱出できるかもしれない…。そしてルドガーは、自分の超能力を使って、コアストーンの反応を探った。

「え?」

 なにかとてつもない力がこの船のどこかにある…。しかもなんと運のいいことに、なぜかそんなに遠くない、同じ階だ。

「やってみるか…いちかばちかだ…」

 独房は確かこの長い廊下の突き当たりだ。そこから先はセキュリティが上がって、厳重な鍵もかかるし、騎士団員も警備にあたり、脱出は難しくなる。だんだんコアストーンの強い反応がある部屋が近づいてくる…でも部屋の扉は入室許可のICタグをつけていないと、開きさえしない。自分はもちろん何もつけていないのでたとえその部屋が分かっても、たとえなんとかボーグ3を振り切って逃げても扉を開けられないのだ。

「くそ…でも何か手はある…!」

 そしていよいよ強い反応のある部屋の前に来た。ルドガーは覚悟を決めた。

「うう、ちょっと待ってくれ、気分が悪い。」

 ルドガーは部屋の扉の方へと、よたよたと寄りかかった。ボーグ3がすぐに分析して言った。

「お前の脈拍や呼吸数、体温、どこにも異常はない。下手な芝居をすると痛い目を見るぞ」

 すべてはお見通しだった、だがボーグが扉の方へ近づいてきたその時だった。

「今だ!」

 ボーグに装備されているICタグが反応し扉が開いたのだった。扉に寄りかかっていたルドガーは、そのまま生体バリアを発動させて、部屋に飛び込んだ!ボーグは扉の閉まる前に、ショックガンをルドガーの背中に向けて発射した。

「おろか者め、そこは発掘品の保管庫だ、武器も何もないぞ!」

 扉が一度閉まり、すぐに開いた。

「どういうことだ?」

 ショックガンの手ごたえはあったが、そこにルドガーはいなかった。

「ば、ばかな…」

 次の瞬間、ボーグ3の陶部や胸部に何発も念動弾がめり込んでいた。ボーグ3は警報音を流しながら倒れた。ルドガーが自分の手のひらを眺め、茫然と部屋の奥で立ち尽くしていた。

「戦闘アンドロイドを仕留めたなんて…これが、戦士のコアストーンの威力なのか…」

 だが、独房の方から、騒ぎを知って足音が近づいてくる。2人だ。しかもたぶん騎士団だ。勝てるはずがない…でもやるしかない。追い詰められたルドガーは覚悟を決めて、敵を迎え撃つのだった。


 その頃ライアンは多島海の基地の医務室で目を覚ましていた。

「いててて…ルドガー、ルドガーは…?」

 看護士に呼ばれて長官が速足で部屋に入ってきた。

「大丈夫かね、ライアン君」

「はい、ぼくは大したことはありません。それよりルドガーは…?」

「たぶん…帝国の潜入部隊に拉致されたのは間違いないのだが、全く手がかりを残さない完ぺきな手口でてこずっている。君がここに運ばれた時、黒い戦闘スーツを着た男たちと言っていたのが、唯一の手がかりだ。やつらの戦艦も今すぐそばまできているので、間違いはないと思うのだが、こちらが正規のルートで拉致事件のことを申し入れても、帝国にのらりくらりかわされている…そんな状態だ。…残念ながらやつらの最新鋭の高速ステルス機を捕捉するのは難しい、証拠がないのだ」

「そうですか…帝国の仕業に間違いないと思うんですが…」

 だがレイモンド長官はさらに厳しい表情をしたのであった。

「あと、巨獣の上陸の可能性も高いうえにルドガーまで拉致されたのだが、さらに悪い知らせがある…」

「え? いったい何が?」

「…ダイノダイスだ、気にたちに苦労してもらってデータを守りきったのだが、結局、やつらに乗っ取られて、帝国の宇宙艦隊に合流していたのだが…。やつらは何を思ったか再びダイノダイスをトレドへと向かわせておる。このままでは何らかの形で小競り合いが起こることは必至だ」

「ダイノダイスまで…! やつらの狙いは何なのですか?」

「わからない、でも実際にすべては起きている、現実なのだよ」

 長官は、まだ確証が得られないのでライアンには言わなかったが、警察署長から、アタッシュケースに入った謎の発掘物の報告は受けていた。博物館に大至急鑑定を頼むと依頼したので、さほど遠くなくすべては明らかになるだろう。長官には心当たりがあった。裏でひそひそとささやかれていたものではないのか? もし、そうであれば、コアストーン変換装置の部品であったら、大変なことになるだろう。皇帝は以前からコアストーン変換装置にかなり高い興味を示していた。だがこちらから取り返した変換装置は動くことなく、今回の返還を迎えていた。しかしそれが全部連邦の仕業で、部品が抜き取られだまされたことに気付いていたら…。もしそうだとしたら容易に想像がつく。今度のことは簡単にはすまない。一戦を交えることになるかもしれない…。

 その時、長官に呼び出しが入った。事実を知ったあのカシアス・ミード大統領から緊急通信が入ったというのだ。長官は覚悟して、報告を聞きにもどって行った。ライアンも看護士に無理を言って起き上がり、長官の後を追いかけて行った。


 その頃、サチホはまたあの鍵を持ち、葡萄園の我が家に向かって歩いていた。院長先生が葡萄園の入り口まで送ってくれた。

「ロワーヌが成長したあなたに何を残したのかは誰も知りません。でも何かがあったら一人で抱え込まないでね。私はいつでもあなたの味方だから…。それがどんな小さなことでも」

「はい」

 サチホは朝のすがすがしい葡萄園の小道を行き、あの丸太小屋風の小さな家に向かった。鍵を開け、中に入り…あの小さな椅子に座り、パソコンが自動で起動した。そして暗証番号と聞かれて、今度はシベールからもらった番号を入力した。

「…!」

 息を止めて画面を見ていた。どうなるのか…動くのか…。

 すると画面が開き、画面に3つのアイコンが出現した。それは覚悟を決めたロワーヌが、あの最後の日の記憶を残し、ネット上に保存しておいたものだった。一つ目のファイルを開く。カメラに向かってロワーヌがしゃべっている。

「写ってますか? 今、鏡に映った自分を撮っています。このカメラは、衣服に取り付けて、私が見聞きしたものや出来事を記録しておく超小型カメラです。私がスイッチを押したときに画像が撮られて、ネット上に自動的に保管されます。なぜ、私がこんなことをしたか…それは、もう時間がないからです。ついさっきの戦闘中テレパスのアリエスが読み取ったやつらの計画を私は病院で聞きました。やつらはあと五十分ほどで何かあの黒い宝石を使って恐ろしい儀式を始めます。院長先生は、やつの攻撃を跳ね返したにもかかわらず、精神エネルギーを吸い取られ、無気力になり立っていられなくなったと言います。もし直撃をくっていたらどうなっていたことか? またゾディアスは我々をいけにえにすると言いました。そして、やつが何かをしようとあの宝石の付いたロッドを振り上げた瞬間、荒れ果てた街が、枯れ果てた緑が、生気を吸い取られて次々と倒れて行く人々の姿が伝わってきたのです。やつはあの古代の宝石の力を試そうとしている、私が育ったこの街、素晴らしい自然と葡萄園と、歌劇団や愛する人たちのいるこの街を、一つとして命のない廃墟の街に変えようとしている。でも、銃はもちろんバズーカもミサイルランチャーでもやつらは倒せない、警備隊も全滅した。歌劇団みんなでかかっても倒せなかった…。唯一互角にやり合った院長先生もまだ病院にいる…もう時間がない、ぐずぐずしていればやつは儀式を始める。街が廃墟になり、人々は倒れ、すべては失われる。今博物館のあたりは避難命令が出ているから…あのあたりだけでおさまればいいのだけれど…。ああ、あなた、愛するあなた、そしてサチホ…いとしい家族、かならずママは戻ってくるから…」

 そしてロワーヌは立ちあがると、家を出ようとした、すると庭で遊んでいた幼いサチホが入ってきた。カメラはロワーヌの肩のあたりにつけたらしい、鏡から振り返ると、画面の下の方にサチホの顔が見える。

「ママ」

 ロワーヌはサチホをやさしく抱きあげて言った。

「ママとパパはね、地の果てに離れようとも時の彼方に流されようとも、ずっとあなたのことを想っている。あなたを愛しているから」

「…うん」

 その時、家のドアがガチャッと開いて、映像マジックで帝国の戦車部隊を追い返した森川博士が帰ってきた。

「只今…みんな元気かい…やあ、パパの大活躍、見せたかったなあ、この街から戦車軍団を追い出したんだ…戦争はどんな場合もやっちゃいけない…」

 …そうなんだ…この人はたった一人で、敵の軍団を退けたのだ…本当の英雄に違いない…。

「よかった生きててくれて…!」

 するとロワーヌは、森川にキスをして、気付かれないように言った。

「凄いわ、あなたはこの街を救ったヒーローね、今度は私もがんばらなくちゃ…」

「聞いたぞ、警備隊の人たちを救ったっていうじゃないか…」

「ふふ、あなたみたいな大活躍じゃあないわ。ごめん、ちょっとサチホ見ていてくれる。お昼の買い物のついでに用事を済ませてくるから…」

「はは、了解、了解。さあ、サチホ、こっちおいで…」

 そしてロワーヌはなんでもないふりで、そのままドアを開けて外に出た。そし行ってきまーすと声をかけると、戸口にあったトパーズの槍を握りしめ歩き出した。一つめのファイルはそこで終わった。


 強力な騎士団員が2人来る…、ルドガー無我夢中だった、保管庫で、一番反応の強いコアストーンを探しまわった。

「小僧、何している…お、おまえ、保管庫のコアストーンを?!」

 騎士団員はすぐにホークガンで撃ってきたが、ルドガーは、それをはじき返すどころか、そのまま方向を変えて相手に命中させた。

「うぐ…」

 2人の騎士団員は悶絶して倒れ込んだ。

「いける、大きなコアストーンさえ持てば僕でも騎士団員を倒せるぞ、ようし!」

 いままで手にしたことのなかった特大のコアストーンを手にしたルドガーはハイテンションになり、もう、おかしくなりかけていたのかもしれない。しかも2人の騎士団員を倒した途端に、何かパワーのようなものを吸収して、がぜん自信がみなぎってきたのだ。

「確か各階に脱出用の小型ポッドがあるはずだ」

 ルドガーは、倒れた騎士団員のホークガンを奪うと、急いで脱出ポッドを目指し、廊下を走りだしたのだった。まだ警報が鳴っている、すぐ誰かが来る。独房の方向からもう一人が駆け付ける。

「小僧、…もしかして仲間を倒したのか? あの2人をどうした。くっそう! これを受けてみよ!」

「うわああ!」

 ルドガーはゲート前に出てきた騎士団員の強力な念動力に一度吹っ飛ばされる。どこかを強く打ったみたいだ。もうだめか…と思った時、どこからか声が聞こえてきた。

「逆上した相手の精神エネルギーをおまえの力にしろ!」

 ルドガーは声に従って、コアストーンを握るとエネルギーを吸い取るように念じた。するとどうだろう、相手は急に動きが止まり、こっちはパワーがみなぎってきたではないか?!

「よし!」

 勢いを取り戻したルドガーは、生体バリアで身を包みすぐに動きの止まった相手をホークガンで倒した。そして、さらにパワーを得てからゲートを開けて飛び込んだ。ついに脱出用ポッドの前に来たのだった。

 だが乗ろうと気を許した途端、後ろから聞き覚えのある声がした。

「とまれ、そこまでだ。…なんてことを考えるんだ…発掘物の保管庫から貴重なコアストーンを盗み出して逃げるとはな…いいか、これを見ろ、騎士団の実戦用のバトルソードだ。特大のコアストーンが埋め込んである。もう、お前も終わりだ」

 うしろからバトルソードを突きつけたのは、あの強面の用心棒のような鉄仮面のギル・ダイムだった。

「さあ、真っ二つにされたくなければ、こっちを向け。そうだ、いい子だ、そしてまず、ホークガンを床に置け」

 ルドガーはおとなしく従った。

「…よし、じゃあ、次だ。ポケットにしまい込んだコアストーンを全部出せ、急げ」

 ルドガーは黙って振り返ると、まず右のポケットから一粒、左のポケットから二粒を取り出した。

「まだでかいのを右に隠し持っているだろう。お見通しだ。早く出せ!」

 ルドガーはもう一度右のポケットに手を突っ込んで何か大きなものを出した。

「ま、まさかそれは、四匹の黒い蛇…クオンボルトの無敵の紋章、おまえ、そんなものを!」

 だが一瞬早くまた声がした。

「今だ、念動弾を一点に集中してやつの剣を狙え!」

 その瞬間ルドガーの体が光り、ものすごいエネルギーが放出され、大きな光の球がギル・ダイムに打ち出された。ダイムもバトルソードで防いだが剣ごと吹き飛ばされ、倒れ込んだ。

 やったか? しかし、鉄仮面のギル・ダイムはなにもなかったようにすっくと立ち上がったではないか。しかも逆上して精神エネルギーを吸い取られないように感情を押し殺していた。

「悪いな、おれは超能力を持つサイボーグ第一号ってやつでね。体の半分以上は、超合金でできた機械なのさ。…仕方ない、残念だが、死んでもらおう」

 そう言ってギル・ダイムは自分のはめていた金属製の手袋の隠しボタンを押した。すると右手からも左手からも、突然鉄の爪が飛び出した。

「さらばだ!」

 その途端、両手の鉄の爪が手首から念動力によってロケットのように打ち出されたのだ!

 ギル・ダイムの強力な念動力によって操られているので、方向を変えることさえ難しい、これは終わりだと思った瞬間、また声がした。

「空間振動を使え!」

 なぜか使い方もみんなわかる?!

 するとルドガーの周りの空間が大きくゆがみ、鉄の爪はわずかにルドガーを外れ後ろの壁に深く突き刺さった。命中していたら確実に死んでいた。

「なんだと、なぜおまえがそんな高度な技を?」

 今度こそはと、手首からシャキーンとソードが飛び出たギル・ダイムが間髪をいれずに襲いかかる?! だがそれより早く、真っ赤に燃える炎の球がルドガーの手のひらから発射され、ギル・ダイムの左腕に命中した、炎に巻かれながら崩れ落ちるギル・ダイム。でも、倒れてもまた起き上がってこちらにこようとする。怖くなったルドガーは、ゲートの開閉スイッチを思わず押した。すると上から重い扉が降りてきて、ギル・ダイムはその間に挟まり動けなくなった。

「やった、ギル・ダイムを倒したぞ。おお、すごい、すごい、凄いパワーが入ってくる…。おお、そうだ、このバトルソードは使えるぞ」

 ルドガーは倒れたギル・ダイムからバトルソードを奪うと、それを持って脱出ポッドへと入って行ったのだった。


 サチホは涙を流して一つめのファイルを見終わると、大きく息を吸って二つ目のファイルをクリックした。さっきのような鏡画面ではないのでもうロワーヌは写っていない。声だけが聞こえてくる。

「ここは博物館、来てみて驚いた。今現在、ここには恐ろしい儀式をやろうとしているゾディアス以外はだれもいない。避難命令が出ているのは知っていたが、騎士団員まで宇宙船へと戻らせたのは、いったいなぜか。そう、彼以外の人間は、たとえ騎士団員でも命が危ないから…」

 風景から見て、ロワーヌがいるのは、博物館の庭らしい。やがて一人の黒い戦闘服の男が歩いてくる。右手にいかつい手袋、左手にあのロッドを持っている、ゾディアスだ。

「本当にきたか…お前は勇気がある」

「あなたがどんな恐ろしい儀式をしようとしているかわかっている、バカなことはやめて中止しなさい。あなたたちはもともと発掘品を取り返すために派遣されたんでしょ。発掘物はここにはないわ」

「ああ、うまくやられた。宇宙コロニーに運んでいたとはな?! だまされたよ。だからほかのことを試そうかと思っている」

「あなたはコアストーンに精神エネルギーを吸収させるつもりね」

「フフ、よくわかったな。生体エネルギーごと、精神エネルギーを奪うのさ」

「そんなことをしてどうなるか分かっているの? 植物が枯れたり、生物が死に絶えると聞いている。人体にも大きな影響が出るでしょうね」

「さあね、倒れるか、死ぬか、わからない。分からないから試すのさ」

「そんな人体実験みたいなことやったら、禁止されている化学兵器や生物兵器以上の問題だわ。禁止条項の重要な違反となり、宇宙戦争が起きるかもしれないわ」

「ああ、だから用意しておいたよ。新型爆弾をね」

 ゾディアスは手荷物くらいの金属ケースを取り出した。これはスイッチを押してから二十分後に爆発し、このあたり一帯を吹き飛ばし、何も証拠を残さないと言う…。

「これで吹き飛ばせば、どこにでもある爆弾テロか爆撃だとみんな思うさ」

「でも無駄よ。このあたりはもう避難命令が出て、だれもいない。やっても無駄よ。精神エネルギーは奪えない」

「ああ、やっても無駄かもしれない。だからやり方を変える。私の持っているコアストーンを2つ合わせてパワーをあげ、もっと広い範囲から吸収する」

「え?」

「だから、範囲を広げるのさ、クリスタルウォールの中心部から修道院の方までね」

「ま、まさか」

 一番に森川とサチホの顔が浮かぶ、すぐに避難させなければ…。

「おっとと、連絡されて避難されちゃあ意味がなくなる。お前も一緒に死ぬがいい!」

 ゾディアスは手袋の宝石とロッドの宝石を重ねると、強く自分の胸に押し当てて叫んだ。

「我が力となれ!」

 ゾディアスの体を黒いオーラが取り囲み、それがリング状になって広がりだした。この黒いオーラに街が包まれてしまったらすべては終わりだ。儀式は突然始まってしまった。だが、ロワーヌの体に取り付けたカメラの映像は、そのまま、ゾディアスへと歩き出した。

「私だって、あなたに打ち勝つ方法を考えてこなかったわけじゃない!」

 そこからだった。ほんの十秒ほどの間、ロアーヌは鼻歌のように何かの曲を口ずさんでいた。すると心がすうっと穏やかになり、怒りや憎しみが消え、目の前の黒いオーラがやわらいだ。

「なんだと!! なぜおれに近づける?」

 歌の力が闇のオーラを弱めることは、先ほどの戦いで確かめていた。そして、何かが光った。槍についたトパーズだったかもしれない。さらに直後、爆発音とともにカメラの映像はそこで途切れた。二つ目のファイルは終わったのだ。


 帝国皇帝騎士団の戦艦キルリアンに警報が鳴り響いた。

「いったい何事だ?」

 第一騎士クロムハートは副官のエエミリオ・バロアに確認した。バロアはあわてて駆け付けた。

「なんと、あの拉致していたルドガーが逃亡、こともあろうにクオンボルトの無敵の紋章を盗み出し、その圧倒的なパワーで騎士団員を倒し、只今非常用の脱出ポッドで船外に逃げ出した模様です」

「なんだと、逃亡した上にクオンボルトの紋章を持ち去っただと? なんとかならんのか?」

 すると参謀役のエミリオは冷静に答えた。

「脱出用のポッドは、船外に脱出した後、スピードも出ないし、長距離を飛ぶこともできません。今、回収用の高性能ドローンを発射しましたので十数分で回収できるでしょう…」

 クロムハートは怒りがおさまらないようで、エミリオは早々と退散した。だが、ルドガーは超能力の訓練を受けていたとは言え、実践の経験もほとんどない若造だ。なぜ、そんな若造が何人も騎士団員を倒し、あの強力なギル・ダイムまで倒すことができたのか…謎だった。

「まあいい、早く回収して真相をつきとめてやる…。意識を操る能力を使えばたやすいことだ」

 それからものの数分もたたないうちに、ドローンから脱出用ポッド発見の連絡が入ってきた。エミリオはほっと胸をなでおろした。

 その頃ルドガーは脱出ポッドの中で船外のモニター画面を操作していた。

「…なんだ…そんなことだろうとは思ったが、このポッドではトレドまで飛ぶことは難しそうだな。信号をうまくキャッチしてもらってトレドの宇宙警備隊に発見してもらうしかないのか…」

 だがそのうち、何かが急速に接近してくると言う警告があり、ルドガーは船外カメラの映像に切り替えてみた。すると、帝国の大型のドローンが、ロボットアームを伸ばしながら近づいてくるではないか?!

「うえ、もう回収に来たか、こっちはもうこれ以上スピードは上げられないし…どうしたら…」

 せっかく苦労して脱出したのに、あっという間に行き詰った。ルドガーは狭いポッドの船内で、はやくも追い詰められていた。

 だが、その時だった、船外カメラにあり得ないものが映っていたのだ。それは海の中でもあるまいし、イカそっくりの宇宙船であった。しかも目玉が大きく、ひょっとこのような口、このふざけたデザインはまさか…。

「はーい、ルドガー君、顔色悪いけど、大丈夫かな?」

 それはやはり怪盗団ムンディーズの天才ボナパルト博士であった。隣にはあの戦闘アンドロイドm6号も座っている。

「はい、カメラこっちに向けて!」

 画面が横に動くと、女ボスのムンディーが映った。なぜか今日はちょっとまじめな雰囲気だった。

「お久しぶりルドガー君。実はね、わたしこの間博物館で値段が高そうと言う理由だけでクオンボルトの無敵の紋章を盗ませてもらったわけ。でもあなたたちの会議によると、あの紋章はコアストーンでできていて、超能力を使える力だけでなく戦った相手の怒りや憎しみなどのエネルギーを吸い取ってパワーに帰る力があるそうね。その結果、邪悪な精神エネルギーがたまって回りを不幸にすると。それを知って、私は今回だけは博物館に戻そうって思ったのよ。反省したの。この間キルリアンに乗った時に超小型のスパイメカを放しておいたんだけど、それによるとあなた、あの紋章を盗み出したって言うじゃない」

 するとルドガーはポケットから紋章をだしてムンディーに見せた。

「あなた、その紋章をどうするつもり?」

 するとルドガーは冷静に答えた。

「必死で逃げるために、わらをもすがる気持ちで持ち出しただけで…トレドに着いたら…すぐ博物館に返しますよ」

「本当? ちゃんと返してくれるのね」

「はい」

「じゃあ、助けてあげるわ。博士、やっておしまい!」

「アイアイサー!」

 博士がボタンを押すと、イカ宇宙船から、帝国のドローンに向かって野球のボールのようなものが打ち出された。ボールはドローンに当たると破裂して中から黒っぽい霧のようなものが出て、ドローンの周囲を取り囲んだ。

「なんですかあれは?」

「ドローンのあらゆるセンサー機能をマヒさせるイカスミボムです。さあ、もうやつは動けない。m6号、ルドガー君をとっとと回収です」

「アイアイサー!」

 今度はイカが脱出ポッドに近づき、吸盤の付いた足でさっと引きよせて船内に回収したのだった。たぶんイカの足の方が、動きが滑らかでドローンのロボットアームより、格段に高性能だと思われた。

「じゃあ、これから高速飛行で、トレドの大気圏に突入し、あなたを発見されやすい海域に運ぶわ。われわれは指名手配されている身分なんで軍や政府の人にはちょっと会えないけれど、間違いなくあなたを送り届けるから安心しなさい」

 そしてトレドの海が見えてきた時、ムンディーはもう一度言った。

「まちがいなく、博物館に返すのよ…」

「わかりました…」

 それから少しして、ルドガーの乗っていた脱出用ポッドは波間にぷかぷか浮いていた。そしてほどなくして、無事、トレドの海軍によって発見されたのだった。やっと帰ってきたのだ。


 サチホはどうなったのか知りたくて、3つ目のファイルをすぐにクリックした。

 空だった。青い空と流れる雲だけが広がっていた。恐ろしい出来事はどうやら阻止されたようだった。

 ロワーヌはあおむけに倒れ、カメラにはただ、空だけが映っていた。遠くで呼ぶ声がした。駆け付けたのは森川だった。顔をしわくちゃにして泣き叫ぶ顔が覗き込んでいた。

「ロワーヌ、なんてこった、胸にロッドの先が刺さっている。これは…抜かない方がいい。すぐに病院だ」

 すると、ロワーヌが目を覚ましてしゃべった。

「あ、あなた、来てくれたのね」

「ああ、勿論だよ。君のいるところにはどんなところだって駆け付ける。さっき出かけた時の様子がいつもと違うからちょっと気になってついてきたんだ。さ、すぐ病院に行こう。すぐそばに自動車がある、自動運転で、すぐ目の前まで呼ぶから、あっという間さ」

「ねえ、私、死ぬのかしら…」

「ぜーんぜん平気、かすり傷さ、大したことはない。早く傷を治してさ、二人で家に帰ろう…。サチホが待ってるじゃないか、なあ」

 それは嘘が見え見えの涙を流しながらの笑顔だった。

「あ、そうだわ、ゾディアスは…帝国騎士団の男はどうなってる…」

 森川は、ロワーヌを抱き起こしながら、すぐそばに倒れている男に目をやった。

「うまく言えないが…即死だな…おや、男の足元で、何か箱のスイッチが押されて、小さな光が点滅しているが…こりゃ、何だい…」

「二十分以内にそれをどこか遠くに捨てないと、街全体が吹き飛ぶわ…私はいいから、それを…どこかに、遠くに捨ててきて…」

「え、そりゃ、大変だ! 分かった、両方なんとかしよう…」

 森川の後姿が映って…少しして自動車が走り出したようだった。ロワーヌはだんだん意識が遠くなり…そして3つ目のファイルが終わった。

 空白の時間に何があったのか、だいたい分かってきた。

 言葉にならない、胸が張り裂けそうだった。

 2人とも命がけで街を家族を守って戦い続けていたのだ。そして森川は、砂漠で爆弾を運ぶ途中で爆死、ロワーヌは後を追うように病院で命が途絶える…。

「あの歌は、心をすっきりおだやかにして黒いオーラを遠ざけるための…?」

 サチホは寮に帰ると、この間の楽譜の入った手紙を取り出したのだった…。

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