第19話 森のテーブル

 それから少しして石板が戻ってくるというニュースが入ったが、歌劇団では喜んでもいられなかった。帰り道は元気だった少女たちが、みんなだるいと寝込んでしまったのだ。症状には個人差が大きかったが、総じて歌劇団の経験の長い者は軽く、新入生など経験の浅い者ほど重症であった。もともと仮設病院だった歌劇団の寮は本当に病院になってしまったようだった。院長先生とドクターたちが一通り回って結論を出した。

「結論からいえば、間違いなく超能力の使い過ぎによる消耗症状です。まあ、でもあんな恐ろしい敵と闘ったんだから…しょうがないわね」

 普通の医学では特に安静にさせるほかは方法がないのだと言う。院長先生が言った。

「特別な治療法があります。精神エネルギーの元となる生命エネルギーエキスを直接摂取する方法です。各組のリーダーやイベントから早く帰ってきたサチホさんたちに手伝ってもらいましょう」

 さすがに各組のリーダーたちは症状が軽く、先に異星人たちを連れて帰ったサチホはノーダメージだ。みんなが集められて特効薬の用意を始めた。だがこれだけ大人数で重症の患者も多いとなると困ったことが起きてきた。

「…いつもの十倍以上の濃さの物が必要ね、でも、さすがに薬草が足らないわねえ、どうにかしないと…しかも大至急」

 さっそく、院長先生はあちこちに連絡を取った後、薬草に詳しいエメラルド組のリーダー、シャーロット・ミントンとサチホを呼んだ。

「実はこの歌劇団にも在籍していたことのある自然哲学者で詩人のシベール・ミルフィーユがここからはるか八百キロ離れた湖水地方に異星人たちと住んでいます。彼女は自然の中で暮らして、周囲とはほとんど連絡を取っていないのだけれど、カナリヤ歌劇団とだけはつながっているの。彼女は薬草研究の大家で、湖水地方で薬草を使った村おこしもやっているの。連絡したらぜひ協力させてくださいと言っていたわ。いますぐ用意を始めれば1時間ほどで薬草が集められるそうよ。そこであなたたち2人で大急ぎで取りに言ってもらおうと思って…」

「湖水地方…?」

 サチホが首をかしげるとシャーロット・ミントンが、メガネをきらっとさせて言った。

「…ああ、森のテーブルがあるところね…久しぶりだわ」

「どんな所なんですか」

「南にある温かい地方よ、少し雨が多いけど森は深くて湖は透き通って、珍しいお花もたくさん咲き誇る素敵な森よ」

「でもどうやってそんな遠いところへ…」

 サチホが聞くと院長先生は答えた。

「最初はライアンさんたちに頼もうかとも思っていたんだけれど…」

 一瞬サチホはライアンに会えるかと思ってちょっと嬉しくなった。

「でもライアンさんとルドガーさんは何か大事な任務で待機中ということで、今回は無理のようね。それに、彼女のいるところは遠いだけじゃなく、危険もあるし、何より森の中なので普通の人では迷ってしまう。だから2人の助っ人を呼んだの、今隣の部屋に来てもらっているわ」

 すると隣の部屋から、あの元空軍のエース、キャプテンシーンと異星人のあのオウム貝人のミオラムスが入ってきた。

「よお、大変だったんだってな。おれの高速艇を使えば向こうの空港まで1時間なんてかからねえ。すぐに薬草を持って帰って治療ができるぞ」

 さらにミオラムスが続けた。

「シベール・ミルフィーユさんが住んでいる湖水地方の森は私の故郷なんですよ。キャプテンにも何回も来てもらっているし、向こうに行けば場所もわかるし、協力している仲間もたくさんいます。力になれますよ」

 うまく行くのだろうか…あのいつもは元気なセシルも体の力が抜けたようになってベッドの上で苦しそうにしている。はやく薬草を届けなければ…。そしてサチホたちは、異星人館の発着場からキャプテンの高速船に乗って、湖水地方へと飛んで行ったのだった。


 その頃ライアンたちは多島海の基地でモニターを見つめながらじっと待っていた。三匹の巨獣は未だ海底でじっとしていた。

 ルドガーがデータを確認して長官に言った。

「まずいですね、これから明日にかけて天気は下り坂です。その割に気温が高い夏の気候です。上陸の確率が高くなるばかりだ…」

 その時ライアンとルドガーに博物館から緊急通信が入った。長官もやってきて、さっそく話をする。画面の向こうでは、ロボットのピートの横でケーシー主任がちょっと険しい顔をしている。

「ライアン君、君が心配したとおりだった。分析の結果、巨獣の上陸地点に在った畑の土から高濃度のコロナ黒色層の土砂が発見された」

「やはり…」

「トレドサンゴをはじめとする海の生き物は上流から流れてくる、森の有機物やさらに上流のコロナ黒色層のミネラルなどを栄養にして生態系を組みあげている。だが人間の作ったダムによって上流からの土砂は堰止められ、それに干ばつが加われば、海の生き物に届く栄養分は大幅に減ってしまう。それで、巨獣たちは上流にさかのぼってくる、だが何で巨獣たちは農地に入ってくるのか。それは肥料の一つとしてコロナ黒色層を大量に含む上流の土をこの街に毎年毎年持ち込んでいたからだ」

 次にケーシー主任に代わってロボットのピートが、モニター画面にマップ上のコロナ黒色層の分布を映し出し、説明を始めた。

「クリスタルウォールの開拓地はその六十五パーセントが葉竹や果樹園などの農地ですが、そのほぼすべてにあたる九十五パーセントの土地がコロナ黒色層の栄養たっぷりな土を大量に肥料として使っています。人間は貴重な栄養分や飲料水などの自然の恩恵を一人占めしていたんですね」

「そこで巨獣たちは街へ…。そうだったんだ」

 でもケーシー主任はライアンを励ますように言った。

「でも原因がわかったなら手の打ちようがあります、ダムにたまった土砂やコロナ黒色層の土を何らかの方法で下流に流してやればいい。まあ、今すぐにはどうにもなりませんが…」

 3つの発信機にはまだ大きな動きはなかった。あの巨大ワニはいつまでじっとしているのだろうか? もし上陸したら今回はどうしたらいいのか。こうしている間にも、待機などしていないでコロナ黒色層の土を掘りに行って、予想上陸地点にまいた方がいいのだろうか?

「…そういえば、過去にも巨獣が街に近づいたことがあったはずですが、その時はどういう対処をしたんですか?」

 ライアンが尋ねると、長官は言いだしにくそうに語った。

「巨獣の上陸は記録ではこの役四十年間に十七回ある。そのうち十一回は、川のそばの農地や果樹園の被害で済んでいる。街のそばまで迫ったのは六回で、そのうち四回は威嚇射撃などで追い返している。だが、二回、それでも帰らず、街に突入寸前まで迫ったことがあったのだ。その時は」

「じゃあ、その時は威嚇じゃなくてついに攻撃したんですか?」

「いや、その…突然身長が五十メートル以上ある光の巨人が現れて、巨獣を追い払ってくれたんだ」

 全身金色に光ってそれは存在感のある姿だったという。

「本当なんですか?」

「…ふふふ、わたしもこの目で見たことはないが、うっすらと画像に残っている…科学者の話では、物質と物質でない物の境目の存在なのだそうで、映像には写りにくいそうだが…」

 長官がその記録映像を見せてくれた。体が半分透き通ったような金色の巨人が、クリスタルウォールの街を背景に本当に立っていた。

「…ううむ、出現したのは確かなのだが、正体もわからないし、四十年間で2度しか確認されていない。だから、今回もあてにはできない。残念だが…」

 長官は隣の部屋に行ってまたどこかと連絡を取り始めた。時間がゆっくりとしかし、刻一刻と流れて行った。


 キャプテンの高速艇はスピードを落とし、ゆっくり雲の下に下りて行った。

 トレドの湖水地方は亜熱帯の深い森と湖が織りなす温かで湿潤な気候で人気の観光地でもある。面白いのはいくつもある大小の湖がどれもほぼ完全な円形であることだ。これは古い時代に何らかの隕石群が作ったクレーターに水がたまったものと考えられている。また湖ごとに、水の色が微妙に違い、中には透き通るようなブルーやエメラルドグリーンの湖もある。

「うわあ、きれい!」

 眼の下には数え切れない鏡のような円い湖が緑の中に点在している。そしてはるかかなたに万年雪をたたえた青い山脈が広がっている。

「美しい…ここがミオラムスの故郷なのね」

「はい、ここには湖と森を行き来する私たち軟体動物の仲間がたくさん住んでいます。あの左側に見える森の中にシベールさんはいるはずですよ」

 上空から見ると湖と同じ丸い形をしたホバー専用の小さな飛行場があり、その周辺の森の中に観光客用の宿泊季節や薬草農家が緑に溶けあうように点在している。でもシベールがいる深い森の周辺は完全な自然保護区域で小さな川があちこちに枝を伸ばしているほかには道らしいものは見えない。

 キャプテンシーンは円形の発着場に高速艇を着陸させると、そのまま観光客用のリバーウォークと呼ばれる乗り物乗り場に案内してくれた。リバーウォークは上半分がない円筒形の鳥かごのような重力ホバーで、2人乗りだった。地図上の目的地をポイントするとそこまで好きなスピードで行ってくれる便利な乗り物だ。自然保護地域の森の中は原則として大きな道路が作れないので、あちこちに流れている渓流やせせらぎの上を飛ぶように設計されている。もちろん滝や障害物に突き当たれば上空に舞い上がり飛び越えることも可能だ。

「さあ、みんな2人ずつ好きな鳥かごに乗るんだ」

 キャプテンはシャーロットと、サチホは希望してミオラムスト鳥かごに乗り込んだ。

 マップで目的地を入力して早速出発だ。今日は時間がないので速度をかなりあげて走り出す。最初は真ん丸な小さな湖の湖面を滑るように進む。

 鏡のような円い湖面にはるか遠くの青い山脈がうつりこみ、その上を滑るように風を受けて進んでいく。鳥かごの中には二つの椅子があり、座ってゆっくりくつろいでもいいし、立ってあたりを眺めてもいい。飛行は静かで安定している。サチホは立って水面を覗き込んだ。ここはネイビーと呼ばれる透き通った青みの強い湖であった。上から小魚の群れも見えるが、明らかにイカなどの軟体動物の群れも泳いでいるのが見える。湖を渡りきり、岸に近づく、森を見れば、樹上性のイソギンチャクが蘭の花のようにあちこちで鮮やかに咲き誇っているし、背中に一輪の花を咲かせたような派手で美しいイチリンウミウシの仲間や、亜熱帯らしい色とりどりの貝殻が木のあちこちにくっついている。セミや鳴く虫の合唱も聞こえるし、夜にはいろいろな色の蛍やホタルイカの仲間が、空中や水中で数え切れないくらいに光るそうだ。やがて森の中から美しい小鳥のような声が聞こえてくる。するとサチホの隣にいるオウム貝人のミオラムスが同じようにさえずり返す。そんなやり取りを何回かした後にミオラムスが言った。

「仲間が、私に気付いていろいろ話しかけてくるんですよ。…ほう、サチホさん、あなた方は運がいい、今日は森のテーブルに輝く人が訪れているようですよ」

「輝く人?」

「…この星の先住民と呼ばれている人類ですよ」

「あれ? その人たちは遠い宇宙に旅立ったって聞いていたけれど…」

 するとミオラムスは小声でつぶやいた。

「実は時々帰ってきているんです…」

 その時、二つの鳥かごはぐぐっと大きく方向を変えたのだった。

「さあ、これから川をさかのぼって行きますよ!」

 鳥かごは湖にそそぐ川へ、深い森の中へと遡り始めたのだった。今までの穏やかな湖面とはまたちがう、川の流れに逆行して進んでいく。やがて、白く波立つ急流を上り、岩を飛び越え、大きく蛇行し、そして水しぶきの中、虹を越え、小さな滝を遡って進んで行った。

「もう、着きますよ」

 ミオラムスが優しく言った。

 透き通る水底にゆらゆらと水草がゆれ、水面を小さな花が流れていく、穏やかな森の中の川をしばらく行くと、川岸に小さな小屋があり、みんな小屋の前に鳥かごをつなぐと深い森の小道を進んだ。

 何度もここにきているキャプテンも、自然科学者であるシャーロットも、にこにこしながら奥へと分け入って行く。少し開けた森でミオラムスがさえずると、ふわっと何かが舞い降り、さらに大木のあたりから何かが進み出て、気がつくとサチホは3人のオウム貝人に囲まれていた。みんな体色も違うが、近くでみると顔つきが全然違って、一人は純真無垢な若者、もう一人は優しそうなお姉さん、そしてミオラムスは落ち着いた紳士と言った感じに見えた。やさしいお姉さんが人間の言葉で話しかけてきた。

「私たちの森へようこそ。私の名はイルミナと申します。シベールさんが森のテーブルでお待ちですよ」

 すると森の小道に一人の女の人が立っていた。髪が長く、ほっそりしていて、飾り気のない布のようなもので体を包んでいた。サチホは一瞬妖精族の仲間かと思った。それほど彼女は俗世界から離れ、自然と一体化していた。シャーロット・ミントンが進み出た。

「お久しぶりです。シベール・ミルフィーユさん。キャプテンのことはよくご存知ですよね。こちらはサチホ、歌劇団の新入生です」

「みなさん、よく森のテーブルにいらっしゃいました。遠いところをご苦労様です。歓迎します」

 そして彼女はどんな超能力を持っているのかは知らなかったが、じっとサチホを見つめて言った。

「…そう、あなたはロワーヌの娘さんね。大きくなったわね、私もあなたの家の葡萄園にしょっちゅう行っていたのよ。さ、こちらへ」

 案内されたのは森の中の小さな広場だった。オウム貝人の精妙な技術で作られたという、大木と一体化したツリーハウスと、大きなウッドデッキがあり、その上に8人用の木製のテーブルセットがあった。

「…ええ?! どういうことなの?」

 木漏れ日の中涼しいテーブルに近づくと、すでに先客がいた。ミオラムスが言っていた先住民なのだろうか、金色に輝く美しい人で、やわらかなオーラに包まれていた。遺跡に現れた超人と同じものかもしれなかった。でも、今日はそのために来たのではない、時間もあまりないし、何よりその輝く人の気高さにだれも質問ができなかった。

 サチホたちと3人のオウム貝人、輝く人とシベールで大きなテーブルは埋まった。

「さあさみなさん、薬草の準備ができるまでの間、お茶とお菓子をどうぞ」

 妖精族のようなシベールが手作りのお茶と半生のクッキーを進めてくれた。ちらっと見るとあの輝く人も嬉しそうにクッキーを食べ、ハーブティーを飲んでいる。

「おや、このハーブティーは薬効成分が濃いだけじゃなくて、今までにない新しい薬草も入っているね。クッキーも、味わったことのない特別なナッツが入ってる。こりゃあ、スペシャルだねえ」

 実はスーパーテイスターのキャプテンの瞳が輝いた。クッキーにはいろいろなナッツや木の実、種々の干し葡萄のようなものがたっぷり入っていて、柔らかくて胸にしみいるような不思議な後味がした。お茶は歌劇団のハーブティーに似ていたが、はるかに濃厚で薬効がありそうだった。メガネのシャーロット・ミントンも目を輝かせて質問した。

「シベールさん…もしかしてこれって?」

「ふふ、そうよ。最新のエメラルド組の多様性組織化薬草学の研究結果を生かし、ここの森で採れる薬草をさらに加えて配合したの、木の実や種も3種類追加してあるしね。今回の皆さんの治療にこれを使ったらと思ってさっそく用意したのよ。いかがかしら?」

「すばらしいです…この配合なら生命エキスをさらに高めあい、きっとみんな元気になります。勉強になります」

 サチホはさっそく何が配合されているのか興味津々だった。

「作り方を教えてください。みんなのためにがんばります」

「もちろんです、あとで配合の資料を渡します」

 その会話で緊張がほぐれたのか、サチホはすぐ斜め前に座っているあの輝く人に話しかけた。

「はじめまして、私、サチホといいます。あの、先住民の方なんですか?」

 みんな一瞬ドキッとした、話しかけていいものかさえわからない不思議な存在だったからだ。でも、輝く人は当たり前のように答えた。それもテレパシーで、心にやさしく。

「その通り、私はあなたがたから見れば先住民、今は宇宙の旅にいます。名まえはフォルスと言います。この星に帰る時、シベールさんの森のテーブルに立ち寄るのが、とても楽しみなのです。ここは私たちが住んでいた頃の雰囲気に一番近いのです」

 みんなサチホと輝く人のやり取りをどぎまぎして聴いていた。

「今回は、何か用事があったんですか?」

 え? そんなことまで聞いていいのかしらとみんな心配した。

「古代の邪悪なる力がよみがえろうとしています。何もしなければ何も起きませんが、野望を持って臨めば悲劇が繰り返されます。すべてはあなたがた次第です」

「その古代の邪悪な力ってやっつけられるんですか?」

「こちらの物質世界になんらかの形で現れれば倒せるかもしれません。いいですか、私たちは遠い宇宙にいますが、いつでもこの星を見ている…あなた方を見守っているのです…。ごちそうさま、新作のお茶とお菓子、素晴らしかったです。ぜひ、また呼んでください…」

 そうして金色の糸がほぐれるように輝く人は消えて行った。みんな言葉も出ずにただ黙っていた。するとその時、近くの茂みがガサガサ言うのをキャプテンが目ざとく見つけた。シベールがにこっと笑った。すると広場の隅に在るシダの葉蔭から、大きな葉っぱで作った帽子やお面をかぶった小人族のような人影が見えた。

「薬草が届き始めたわ」

 そうしているうちに広場のあちこちからいろんな色の葉っぱで紛争した人間の5、6才ぐらいの大きさの小人たちがどんどん出てきた。

「みんなありがとう、平気よ、ここにいる人たちはみんないい人たちだから!」

 シベールが優しく言うと、お面や帽子の下からは、くりくりした大きな瞳がのぞいた。

 サチホは一度異星人館で会っていた。これは身を守るためにわざと毒のある葉を選んで帽子やお面から生活道具、テントから家まで作ってしまうハドクカエル人だ。彼らは長い手足、大きな瞳をもつおとなしい種族だが、毒草を巧みに使うので、強い生き物もあまり近寄りたがらない。毒草や薬草の知識が豊富なうえに大きな水かきや吸盤を使って、湖でも草村でも樹上でも薬草を探して回る優秀な薬草ハンターなのだ。彼らは薬草の保護や育成もきっちりやってくれるので、地元の人たちもありがたいと大切にしている。みんな、それぞれにはっぱや繊維のひもで作った服やアクセサリーを身につけ、葉と丈夫な茎で作った袋をぶら下げている。中には薬草や木の実がぎっしり入っていた。いろいろな種類の薬草があちこちからドンドン集まってきて、あっという間に必要な種類の薬草がそろった。

「すごーい。こんなにたくさん、ありがとうございます」

 サチホの言葉に一人のハドクカエル人が答えた。パラケロスと言う名の医師だと言う。

「いえいえシベールさんのおかげで、開拓民ともうまくやっているし、薬草の研究も進んでいるんですよ。お世話になっているのはこちらです」

 パラケロスはその大きな瞳でにこっと笑った。サチホとシャーロットで間違いなく薬草を分別袋詰めし、配合の資料をもらうともうタイムリミットだ、帰らなくてはならない。あの謎の輝く人のいた席には、金色の光の粒子がかすかに光っているだけだった。だがこの出会いがサチホに信じられない展開をもたらすことになる。別れ際にあの妖精族のようなシベールが、ツリーハウスの中から、小さな紙切れを持ってきた。

「サチホさん、実は、十一年前のあの日、ロワーヌが、あなたのお母さんが病院で急に楽譜が書きたいと言って私に協力を求めた…何のためかはわからなかったけど、彼女は最後の力を振り絞ってある旋律を口ずさんだ…それを私の書いた詩に当てはめ、私が楽譜を完成させた…。それからあなたのお母さんはこの数字を、娘が大きくなったら渡してと言って…旅立っていったわ…」

「数字?」

「何かの暗証番号みたいだけど…」

 紙切れの番号を見て、サチホはうなずいた。

「はい、わかると思います」

 シベールは肩の荷がおりたと言ったようでさわやかに笑った。キャプテンの声が聞こえてきた。

「さあ、出発だ、急ぐぞ」

 みんなは薬草を手分けして持ち、クリスタルウォールへと帰路を急いだのだった。


「セシル、セシル、どう?」

 大急ぎでクリスタルウォールに戻り、まだ明るいうちに新配合のクッキーとハーブティーが全員分出来上がり、手分けして処方した。

「あれえ…? とてもおいしくておいしくてどんどん食べてたら…すごいわ、あんなにだるかったのに、なんだかすっきりしてきたわ…魔法みたい」

「…本当? セシル、よかったわ…」

 歌劇団員は宝石で超能力の効果を高め、歌の力によって超能力のパワーを増大させ、そして週に2回のお茶会で干しブドウや薬草の生命エキスから精神エネルギーを補給していたのだ。すべてはつながっていたのだ。強化された配合のお菓子とお茶で、夜までにはほとんどの歌劇団員が、急速に回復していった。やがて石板も捜査が終わり、歌劇団に警察から引き渡され、長い一日は終わりを告げようとしていた。だがその頃、ライアンとルドガーに異変が起きていた。

「分かりました、じゃあ、この倉庫の中に肥料用として何トンものコロナ黒色層の成分を多量に含む上流の肥沃な土があるわけですね」

 ライアンとルドガーはクリスタルウォールの街からすぐの地下倉庫で多量の肥料を見つけ一安心していた。倉庫の管理人のジョーンズさんは優しい人だった。

「あとは、巨獣が上陸したときに備えて、肥料をすぐに運ぶことのできるトラックを手配しましょう」

「よろしくお願いします。またすぐ連絡を入れますので」

 これで解決するとも思わなかったが、今できる最善の策ではあった、2人は仕事を済ませ、地上走行モードのマルチホバーへと歩き出した。

 だが、その時、長官から連絡が入った。警察から重要な発掘物が見つかったと連絡が入ったというのだ。もうすぐ基地に届くだろうということで、すぐに帰ってきてほしいと言うのだ。

「重要な発掘物? それがなぜ警察で見つかったんだ?」

 疑問に思うルドガー、ライアンは先に操縦席に乗り込んだ。ところがだ…。

「あれ、ルドガー、どうしたんだ?」

 ライアンが先に操縦席に座り待っていてもルドガーが来ないのだ。しかたなく外へ様子を見に行くライアン。

「ええ?どういうことだ、うぐ…」

後頭部を殴られ、薄れゆく意識の中、ライアンはルドガーが、黒い戦闘服の男たちに連れ去られていくのを見た…。

「…帝国の…騎士団?」

 それからすぐ、近くの林の陰から、銀色に光る楕円形の高速艇が人知れず飛び去った、それはルドガーとセシルが初めてトレドに来た時怪しい動きをしていた宇宙船に違いなかった。そう…ルドガーは、誘拐されてしまったのだ…。

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