転機 【短編】

カブ

転機 

 どうすれば大きくなれるのか考えていた。

 例えば、マリーおばさんのように骨格の長い女性に。または、隣の家のグリーさんのように乳房の肥大した女性になるには。

 大きい女性になりたい。とびきり大きな。だってその方が、きれいだし、男の子にももてはやされるから。それに女性ならばやはり大きくならないといけないってずっと思っていたから。

 ボブおじさんは庭の植物に毎日水をやる。

 私が幼い頃からずっと植物に水をやっていて、その頃は小さかった植物も今では私の背を追い越して、何メートルにも肥大した。

 どうして? 植物は水しかもらってないのにおかしい。私も水を飲む、毎日毎日。

 今日も台所にいって一杯の水を飲んだ。

 昨日も、コップで、水を。

 その昨日も、コップで、水を。

 それからその昨日の日もずっと、コップ一杯の水を飲んだ、のに、私は植物のように大きくはならない。

 同じ生き物なのに、大きくなるためには私は水ではいけない。

 

 親戚のおじさんおばさん、それから従兄弟のチャーリーがきた。チャーリーはまだ5歳でとても小さい。

 車が庭に止まる音がした。ごつくて大きい車だ。私はそれを二階の自分の部屋から眺めていた。

 玄関から私の両親がでてきて、おじさんおばさんと抱擁としあった。私は二階の窓からそれをじっとみていた。

 一階のリビングでおじさんおばさんが両親と会話してる。久しぶりに会っているのに、どうしてあんなにも親しげに話せるんだろう。不思議だなぁ。窓の向こう側にみえる空はあんなにも青くて、光をたくさん部屋のなかに入れてくれるっていうのに、この部屋の人間関係ときたらまるで明瞭なんかじゃない。

 と、私が壁から顔半分をだしてその団欒の様子をみていたら一番初めにチャーリーが私に気がついた。彼は大人たちの会話の退屈に挟まれて、遊ぶものはないか周りを見渡していたのだ。それでのぞいていた私に気が付いたのだ。

 チャーリーは私の顔を、了解を得ないようななんともいえない表情でみている。まるで庭でモグラの死体を発見してしまったような顔だ。

 チャーリーは興味ありげに私に近づいてくる。チャーリーの視点は私の瞳を捉えて離さない。チャーリーは私の傍まできて、私の顔をじっとみている。私はキッカイなものをみるようにチャーリーをみる。目元に力が入っているのが自分でもわかる。私もチャーリーを捉えて離さない。

 するとチャーリーはもっと私に近づいてくる。なんて柔らかそうなホッペタをしているのだろう。

 私はチャーリーのホッペタを指で押してみた。皮下脂肪が私の指を突っぱねる弾力を誕生させていた。私はチャーリーのホッペタを使って指を浮き沈みさせる。チャーリーのホッペタはとてもすべすべしている、粉を手で混ぜているときのような感触がする。

 チャーリーのホッペタは窓から差し込む光に照らされて、発行しているようだった。とてもきれいだな、と思っていたら次第に私自身が汚いものに思えてきて、チャーリーのホッペタが憎くなって肉が千切れるほど捻ってやった。

 すると5歳のチャーリーは泣き叫んだ。鼓膜がビリビリとして、思わず驚いて力を緩めてしまった。

 おばさんとおじさんがそのとき私にようやく気がついて、おばさんが小走りしてチャーリーを抱きかかえた。チャーリーは泣き叫びながらおばさんの胸に頭を突っ伏している。

 おばさんは憎悪と怯えを混じらせた瞳を私にぶつけてくる。私は息が荒い。ふー、ふーと言っているのが自分でもわかる。力いっぱい握りこぶしを作ったので爪が手の平に食い込んで血がにじみ出た。

 私のお父さんが私を部屋へ連れ戻すために来るまでに、私はチャーリーのホッペタの血色の良さを思い浮かべて、どうしてあんなに血色がいいのかしらと考えていた。大人にはあんな林檎のような血色のよさがないのに、どうしてチャーリーにはあるのか。

 お父さんに手を握られて、階段を無理矢理上らされている間考えていたが、お父さんがなにかわめき散らしているので考えがまとまらない。イライラしたので私も叫んだ。お父さんが引っ張るのが嫌だから、その場に座り込んだりいろいろしたけど、お父さんの力には勝てない。お父さんは何度も私をひっぱたきながら私の腕をひっぱる。二階にある私の部屋ではなく、物置の、ほこりっぽくて真っ暗な部屋にとじこめられた。私は何度もドアを明けることを懇願してなんどもぶち叩いたけれどダメで、ドアを叩く音が部屋中に響き渡るだけだった。

 私はいつまでも絶叫した。何時間も、わからないくらい。


 暗闇。

 ここにどれだけの物が置いてあるのかわからない。不確かな許された空間の中で私はあぐらをかいて座っている。

 窓から柔らかな光がブラインダーの隙間からさしこんでいる。多分それは月光だろうと検討をつけると、その光に安心感を抱いて、そこへ向かおうとするけど足元にある物につまずいて転んでしまった。何度も行こうとしたけれど物に塞がれて行けない。どれほどの物がどれほどの範囲でこの窮屈な部屋にあるのだろう。わからないが、確かにそれはあるのだ。

 ということで私は、あぐらをかきながらその月光と思われる淡い光を見続けている。

 光はいつも一定の量でぶれずに目の前にある。でもそれは部屋全体を照らすほどつよいものではなく、とても小さいものだ。

 私はそれを凝視する。凝視して欲しがる。が、手に入れることはとても不可能だ。


 私は大きくなりたいとその時も考えていた。そしてその時は欲しがっている理由は強大な力が欲しいからだと思った。全てを支配できるだけの力だ。

 お父さんお母さんおじさんおばさんチャーリー、自然、街、天体(星、月)の動き、その他あらゆるものを支配する力だ。

 そう思ったとき、私はチャーリーの血色のよいホッペタを連想した。チャーリーのホッペタの血色が良い理由は、これからチャーリーが成長するからだ。そのために必要なエネルギーをあの両頬にためこんでいて、月日がたつことにそれを身体の内へ放出しているに違いない。

 そう考えると植物が水だけで大きくなるのも伺える。ただ人間は水ではなくて血液で大きくなるのだ。

 この発見は幾分か私を興奮させるのに成功した。私は興奮を抑えきれずに、蛇のように狭い範囲を這ってみた。タイルの床は冷たい。その冷たさが私の体内にぬるりと幾分か侵入する感覚がある。

 私は一点の闇を捉えた。恐ろしいことを夢想した。

 ナイフか包丁かその他刃物で人を殺す。

 殺すことで私は返り血を浴びる。

 返り血を浴びることで私は植物のように成長するのだ。

 私は目をぎらぎらと光らせて、おじさんを殺す、お父さんを殺す。

 彼らは聞くだろう。

「どうしてこんなことをするんだ?」

「私、返り血を浴びて大きくなるわ」

 おじさんの心臓を一刺し、血が勢いよく飛び散って私の全身にかかるわ。私の黒い髪に、顔全体に、胸に、腹部に、足に。

 おじさんの心臓を一刺し(おじさんの悶絶した顔)。

 おじさんの心臓を一刺し(おじさんのきらりと光る歯)。

 おじさんの心臓を一刺し(私の顔にかかるおじさんの熱い息)。

 おじさんの心臓を一刺し(おじさんの皮膚の下に隠れる黄色くて幾分か透明な脂肪)。


 おじさんは死んで、私は大きくなる。

 お父さんも殺すわ、お母さんも、おばさんも、幼いチャーリーでさえも(成長していないチャーリーは私に多大なエネルギーをくれる)。

 殺すわ。返り血を浴びて、私は大きくなる。

 次の日も、そのまた次の日も、次の日も、殺すわ、殺すわ、殺すわ。返り血をあびて大きくなるわ。


 でもそんなこと許されることがないということはいくら私でも知っている。

 いつになったら私は、この状況から脱出できるのかしら。

 私に転機はいつやってくるの。

 私は床に頬をくっつけながらブラインダーから漏れる月光を凝視している。本当にかすかにゆれる月光が私をさす。星々があの暗闇の天体のなかでぐるぐる回転しているのだ。

 闇がある。

 クリームのようななめらかな表面をもった闇だ。私はいつもそうだ。どうやってこの状況から抜け出すか寝る前に暗闇を前にして考えている。涙が双眼からあふれ出てきて、温かいなぁ……。

 

(夜な夜な眼をこらしても出口なんかみつからない)

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