第38話 奇跡のドラゴン
ドラゴンパークの裏山には、パークで生きて死んでいったドラゴンたちが眠っている。
ここに新たにコカトリスの右白が埋葬された。
ドラゴンインフルエンザは終息したが、亡くなった命は帰ってこない。俺にできるのは、ただ忘れないことだ。想いを胸に刻み、お墓の前で手を合わせる。安らかに眠ってくださいと願いを込めて。
開園に向けてドラゴンパークは慌ただしい雰囲気に包まれていた。
園内の至るところにまかれた白い粉――石灰はこびりついてなかなか落ちず、連日、尾上さんと軽トラの荷台に乗って消防ホースで園路を磨き上げる作業が続き、筋肉痛で二の腕が悲鳴を上げていた。けれど、真っ白に覆われたパークが色を取り戻し、見慣れた光景が広がっていく様子は、心が洗われるようであった。
来園者の不安を取り除くために、ドラゴンインフルエンザがどんなウイルスなのか、人に感染するのか、閉園期間中に何があったのかの説明をする必要があったため入園ゲートでパネル展を開催することになり、資料作成のために五十嵐さんたちは駆け回っていた。
開園に合わせてリモート来園アプリも実装予定で、広報たちも動画の撮影やら宣伝やらで大忙しだ。
また、閉園しているからと普段はできない施設の改修工事も入り、カーンカーンとパークを工事の音が鳴り響いていた。誰もが一丸となって前へと進んでいた。
そうして、いよいよ開園まで一週間が迫った日。
俺は再び園長室に呼び出された。
「この度は、ドラゴンインフルエンザの対応、大変ご苦労様です。おかげさまでパーク始まって以来の危機を乗り越えることができました」
目の前には老タヌキ……ではなく園長が座っていた。前に会った時よりもちょっと痩せたように見える。
広報の人から聞いた話だが、閉園期間中、園長は外部にメッセージを発し続け、あらぬ風評被害からドラゴンパークを守っていたそうだ。
現場の俺には知らない戦いがあったと思う。どんなことがあったのか聞いてもはぐらかされそうだけれどいつか聞いてみたい。
「それで答えはでましたか?」
「はい」
即答すると、タヌキはおや、とわざとらしく眉をあげた。
「ではあなたにってドラゴンはどうして必要でしょうか?」
「俺がドラゴンパークに来てドラゴンを好きになったからです」
「ほう?」
「ここにくるまで俺はドラゴンのことなんて何一つ知らず、そもそも存在していることすら知りませんでした。けれど今は違います。少しずつですが、ドラゴンたちのことを学び、彼らが絶滅の瀬戸際にいることを知りました。けれどまだまだ学び足りません。もっともっとドラゴンのことを知りたい。この世界にいて欲しい。好きになったから、俺にとってドラゴンは必要なんです」
「こういう方々を最近の言葉でいうとなんでしたっけねぇ。〝にわか〟でしたか」
「ええ、にわかです。ちょっとドラゴンのことを知った気になっているまったくのド素人です。けれど、そんな俺がドラゴンが好きだと言ってはいけない理由はありません。ワールドカップでサッカーのルールを覚えたばかりの人が一緒に盛り上がってはだめですか。美術の知識をかじったばかりの人がルーブル美術館に行っても良いじゃないですか。そうやって、ちょっとでも興味をもった人たちを排斥していったら、どんどんと少数派になります。そうしたらいつの日か、大多数の人間にとって“何も困らないもの”となり、切り捨てられる存在になるかもしれません。失われたものは帰ってきません。だからこそ、今ここにあるものを大切にしていくしかないのです。ドラゴンを飼育しても腹は満たせません。でも心を満たすことができます。そうした心が、誰かのドラゴンを残していきたいという思いがあったからこそ、今があります。俺もその想いをつなげていきたいのです」
タヌキは両眉をあげて、しばし固まったのち、ふっと笑った。
「何か笑われるようなことを言ったでしょうか」
「これはすみません。最終面接の頃に較べて、大分言うようになったなぁと思いましてね。そうです。河合くんの言うとおりですよ。誰かの小さな好きを排除していけば、やがては消えてしまう。人の時間は限られていますから、興味にかたよりが生まれるのは当然です。すべての人間に寄り添って欲しいとは思いません。ただね、排除をしないで欲しいのです。欲を言えばなにか偶然に、すこしかすめた時に、いくばくかの応援をくれるとありがたいです。なぜならこの世界は誰かの小さな好きで出来ていて、そんな小さな好きが守られ少しずつ積み重なって、未来へと継承されるからです」
園長は口の端をあげて笑いかけた。
「さてさて素敵な答えをありがとうございます。あなたの答えを携え少しばかりまた戦ってきますよ。議会対応は私の仕事ですからね。ちょうどいい話題もあることですし。それでは改めまして、これからもドラゴンパークを頼みますよ、河合くん」
それは初めてみた、彼の屈託のない笑みであった。
「お客さん、来てくれますかね」
「こればっかりは分からないな」
開園当日を迎えた朝。
誰もが不安な顔をしていた。二ヶ月ぶりの開園だった。
ここまで長期にわたって閉園したことはなく、ドラゴンインフルエンザに関してさまざまなデマが飛び交った。園長のおかげで多少は払拭できたという話だが、本当に人が来てくれるか誰も分からなかった。
「閑古鳥が鳴いたらどうしましょう」
「その時はその時で、何か人を呼び込む工夫を考えるだけだ」
五十嵐さんがヒゲをいじりながら答えた。
「そうですよ、河合さん。見たら恐怖のどん底に突き落とすような動画をまた作成しましょう。次はタラスクですね」
東さんの提案に俺と五十嵐さんは揃ってぶんぶん頭を振った。
それをやったら、本格的に人が来なくなる気がする。確信だった。
「あれ、もう人が並んでいるぞ」
入園ゲートを映すカメラを見ていた誰かが言った。まだ三十分前だというのに人がいる。しかも駐車場から続々と人が来ている。
「二ヶ月ぶりとあって、待ち望んでいた人も多かったんだろうな。ひとまずホッとした」
「でも、それにしても多すぎではないでしょうか……?」
「確かに」
「あ――!! これです、これです!!」
スマホを持った東さんが叫び声を上げた。
突きつけた画面には
『奇跡のドラゴン、ワイバーンの花子――致死率七割の病からの生還』
と書かれていた。
「え、なんですか、これ!? なんか俺の写真も載っているんですけれど!? なんで!?」
「全国紙の電子版ニュースでアクセス・コメントランキング現在一位です。リアルタイムの検索でも『奇跡のドラゴン』『ドラゴンパーク』がトップテン入りしています!!」
「おー、河合。お前テレビに映っているぞ」
「はぁ!?」
尾上さんがテレビをつけると、『復活のドラゴンパーク――新人ドラゴン飼育員の健闘――』というテロップが掲げられ俺の顔がデンと映っていた。
「なんで!? あ、これもしかしてこの間、広報が撮っていた動画!?」
「あーなるほど、タヌキのイメージ戦略だ」
机で花子の記事の特集の組まれた新聞を読んでいた五十嵐さんが言った。
「『感染症から復活したドラゴン』。今の世の中に受けそうなフレーズで開園に合わせて大々的にマスコミに宣伝してたんだ。姿を見せないと思っていたら裏でそんなことしていたのか。逆境を売りにしてプラスに変えやがった」
そういえば、広報から詳細に話を聞きたいと言われて答えていたな。動画も撮られていた。何かに使うとか言っていたけれど、開園作業で大忙しで、それ以外のことはなおざりになっていた知らなかった。
「なんでもワイバーンの紋章を掲げると病気にかからないとネットで話題になっています。第二のアマビエのような勢いです、これ」
「ワイバーンは紋章学で疾病を象徴しているが、意味合いは討伐の対象としてなんだがな」
なんとも言えない顔をして、五十嵐さんが言った。
「河合く――ん、新聞社からワイバーンの花子についてインタビュー来ている――!」
広報の上げた声にぴたりと事務所の空気が止まった。
「この流れ、前もあったな」
「ちょっと先日の話ですね、はっはっはっ」
「うわー人がどんどん来ている! 入場規制しかないと三密になるぞ、これ!」
「『奇跡のドラゴン』にあやかった疫病退散グッズを制作をしたいという問い合わせがきています――!!」
「リモート来園も、すごく人気ですー!」
「お前またやらかしたな、河合!!」
「俺のせいですか!?」
そうして、慌ただしくて毎日が始まった。
ドラゴン。それはかつて神として崇められ、やがて悪魔と迫害された存在。けれど今は誰かの希望になっている。そう、大事なのは今だ。物語は新たに紡いでいけばいい。そんな想いを抱いて今日も働く。
ドラゴンパーク。本日も開園中。是非ともおいでください。
ドラゴンキーパー ももも @momom-
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