ある朝、寝台車から降りると

ニャルさま

ある朝、寝台車から降りると

朝、目が覚めると、寝台車はすでに停車していた。眠っているうちに、今日の目的地に着いたようだ。

この列車に乗って旅を始めたのは、もう数ヶ月前だっただろうか。


身支度を整えると、すでに習慣になっているホットコーヒーを淹れた。そして、備え付けの冷蔵庫で冷やしておいたクリームソーダを取り出し、湯気の立つコーヒーに注ぐ。

奇妙に思われるかもしれないが、意外に味はイケている。起きたばかりのボーっとした頭には、糖分がたっぷり入った甘ったるいコーヒーがちょうどいいのだ。


今日の目的地はどんなところだろう。俺は意気揚々と寝台車の扉を開け、列車から飛び降りた。

しかし、その先には何もなかった。見渡すかぎり闇だけが広がり、踏みしめるはずの地面はなく、俺はそのまま落ちた。

そして、記憶がよみがえる。


――ここは、地獄だった。


毎朝、寝台車から降りるまで、このことを思い出せない。


俺はただただ落ち続ける。底にはまだ着かない。

これほどの深さなら、地面に叩きつけられた時、体は粉々になるだろう。そうなると、再生するのはかなりの労力を必要とする。そのあとに、谷底を這い上がり、寝台車に戻らなければならない。

俺は憂鬱になった。


昨日、寝台車から降りた場所は針山だったな。ふと、そう思い起こす。

全身に針が突き刺さり、その苦痛でのたうち回る。そのせいでさらに余計な針が突き刺さり、激痛で声も上げられなくなる。

とはいえ、痛みはつらかったものの、傷の一つ一つは小さく、再生は容易だった。今みたいに、寝台車が遠くなることもなかった。


寝台車から降りると、灼熱の溶岩だったこともあった。

体は瞬時に焼き尽くされ、さらに溶岩流で流される。炭化した肉と骨を全力で再生させつつ、流れに逆らって必死に泳ぎ、なんとか寝台車にたどり着いたのだ。


どれだけの時間がたったのだろうか。ふと我に返った。

俺はまだ落ち続けている。これだけの時間落ち続けていて、果たして今日中に寝台車まで這い登れるのだろうか。

その考えに思い当たった時、ある恐怖が頭の中を駆けめぐった。


――寝台車の出発に間に合わなければ、どうなるんだ。


寝台車は地獄を旅する俺の唯一の希望だった。しかし、その希望こそが最悪の地獄なんじゃないかと思うことがある。

希望があるから、諦めず、あがいて、苦しい状況を耐え抜く。だが、いつかそれが裏切られる時がくるだろう。

ただ暗黒の空間に放り込まれるより、暗黒の空間で列車に置いていかれるほうが絶望は大きい。


ふと、クリームソーダ入りの甘ったるいコーヒーの味を思い出す。

俺はまだ落ち続けている。

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ある朝、寝台車から降りると ニャルさま @nyar-sama

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