15 神降ろし

「神降ろし……ですか?」


 マリー教団とは、例えるのなら『』のようなものだ。


 カレンの住まう塔は、魔力の吹出口ふきだしぐちである龍穴りゅうけつの上に立っており、塔自体が魔力を集積し、拡散する魔道具になっている。

 その龍穴りゅうけつから常に供給される魔力と、塔の拡散力、中継機の役割を果たす教会を使ってカレンが展開している魔法『サクラメント』こそが、マリー教団の正体である。


 この魔法は電波の如く世界を循環しており、教団員は祈りを捧げることで『サクラメント』に接続し、自身の魔力に"慈愛"の効果を付与して、あらゆる治療を行うことができるのだ。

 そして、このマリーに捧げる祈りには強さの基準値が存在し、それをを満たすことが教団員になる条件となっている。また、信者としての格を表す要素でもあるらしく、より強い祈りを捧げられる者ほど、高い位階が与えられるのだとか。


「教団員は皆、いかなる時も女神マリーの存在を脳裏に描いているわ。『祈りを捧げる』なんて言うけれど、それは思念と言い換えても差し支えないものよ」


 『サクラメント』とは、"慈愛"を与える対価に、魔法なのだ。


 私は祭壇へ向かって歩きながら、集まった信者達に言い聞かせるように語る。


「ならば、貴方達の祈りを束ねて魔法としたなら、一体何が起きるのかしらね?」


 とはいえ、本来他人の思念を利用するというのは、魔力場の問題で現実的ではない。そのため、思念を集める魔法を使うか、『サクラメント』が集めた思念を使用する必要がある。


 前者は、単純に私には扱えないので論外。後者は、術者であるカレン本人でなければいけないのだが、それを解決するのがエキナである。


「さあ祈りなさい。貴方達の神をここにえがき出すの」 


 エキナの祝福は"揺蕩ようとう"といい、魔力波形マナパターンに関係なく、自身の魔力を他人に委ねることができるというものだ。


 祭壇に到着したところで、エキナが私の手を取り跪き、両手で握り込むように手を合わせて祈りを捧げる。

 エキナの魔力を通すことで『サクラメント』に接続し、この場に集まった思念を掌握する。


 あとは私の魔法として発動させてやれば――


 視界が真っ白になるほどの、眩い光が礼拝堂を包む。


 ゴーンッ!ゴーンッ!と厳かな鐘の音が鳴り響き


「へえ、信者にとっての貴女は、登場するだけでもこんな派手な演出を必要とする存在なのね」


「権威付けのようなものですよ」


 一対の大きな翼を持つ女性が、光の中から姿を現し、そっと祭壇に降り立った。

 それは女神像に命を吹き込んだかのようで、私の知っているカレンとは違い豊満な身体付きの大人の姿であった。

 しかし、初めて見た日を思い出させる鮮烈な金髪と、燃えるような赤い瞳は、相変わらず見惚れる程に美しい。


「成功ではあるけれど、やはり独立しているのね。が遍在を許さないだとか、本体と同期してしまう、なんてイレギュラーが起きると思っていたのだけれど」


「そうですね、理論通りの挙動をしています。これならエキナの思念だけでも姿を現すことは可能でしょう」


 これはカレン本人を呼び出したのではなく、信者達の思念から、女神マリーを再生しているだけなのだ。

 だが、思考から本人の記憶まで、信者が知り得ぬ部分まで補完された、完璧な複製である。


「美しい……美しいですぅ!!」


 先程までは神妙な顔をして大人しかったエキナだが、通常運転に戻ってしまった。


「貴女を呼ばざるを得ない状況にならない事を願っているわ。それじゃ、私はもう帰るわ、お姉サマ」


「そうですか、ご苦労様でした。ベルトン、そして皆の協力にも感謝を」


 カレンは"慈愛"を持つだけあり、シンプルにとても性格が良い。今回の仕組まれた騒動に対する当てつけのつもりでの姉呼びも、軽く流されてしまった。

 ふわりと微笑み、信者達に短く謝意を述べると、マリーはスッと消え去り、集まっていた魔力が霧散していく。


 シンッ――


 誰もが言葉を発することなく静まり返り、光の粒のようになって消えていく姿を見送っていた。


「アァッ!!なんたる……なんたる幸甚こうじんか!?」


 完全に残滓が消えたところで、静寂を破ったのはベルトンの叫び声であった。続くように、礼拝堂全体から抑えきれない嗚咽が漏れる。

 信者達は、思念を捧げることで、マリーという存在に思考領域を専有されていくため、誰もが穏やかな性格となり、感情的になることが少なくなっていくらしい。

 それでも、崇める神に声をかけられるというのは、刺激が強すぎたようだ。


 信者達の様子に、少し呆気に取られていたが、ドアの前で口を開いたままポカンとしているイリーナが目に入った瞬間、私は堪えられない笑いに襲われることとなった。



「フフッ……ハァ、こんなに笑わされたのは初めてね」


「そんなに笑わなくたって……」


 あの後、滂沱ぼうだの涙を流すベルトンに別れを告げ、領主館までの帰路へついた。


「う〜。これでイリーナちゃんともお別れですかぁ。これ持って行けませんか?」


 この街での用事は全て済んだので、明日には次の街へ向けて移動を始めることにしたのだ。

 エキナが誘拐を示唆しさしているが、私もイリーナは是非とも持って行きたいので、悪いがツッコミに回ることはできない。


「こ、困ります!でも、本当に良くしていたたいたので、少し寂しいですね……。私はこの街が大好きなので、溢魔スタンピードから守っていただけたことを本当に感謝しているんです」


 それほど良くした覚えもないのだが。


 儚げに微笑むイリーナは美しくも愛らしく、夕日も相まって、とても……そう、綺麗だった。


「貴女、綺麗ね」


「え"っ」


 こちらを見て固まったイリーナが、急速に赤面していく。


 あわあわと手を振りつつ、少し後退りしていき――


「はぅっ!!可愛い過ぎます〜!!」


 先程から俯いて震えていたエキナが飛びかかり、二人合わせて抱き寄せられた。

 捕まったイリーナを尻目に、するりと腕から抜け出し歩みを進める。


「私は奇麗なものも好きなのね」


 この世界では人の醜さを嗤うような、そんな愉悦を求めていたのだが、人の美しさを探すのも悪くないのかもしれない。


 少しだけ、そんなことを感じるのであった。

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強者の振る舞いを いばら @ibara_kurono

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