56 エピローグ

「ふーん、ここがバアルの故郷かぁ。その、なんだろ、味があっていいね。ほら、そこの瓦礫の山なんて風情を感じない?」


 アンリの言葉に、他の者達は答えない。

 だから、ここは俺が答える。


「無理しなくていいよアンリ。田舎だとか、ボロいとか、思ったことを素直に口にしてくれてもいいんだ。正直俺はコリン村が嫌いだから、どうとでも言ってくれて構わないさ」


「あはは、そうは言っても、故郷は大事にしなよ。大抵は一つしかない、大切なものだよ? それで……ここがその地下室かな?」


 俺達は、俺が長年監禁されていた地下室にやってきていた。

 以前なら、ここに降りることはとんでもなく嫌だったはずだ。

 でも今は平気だ。


「バアル、平気? 地下室、苦手じゃなかったっけ? 私がアンリさんを案内するから、バアルは上で待っていてもいいよ?」


 生きている最愛の人ルミスがいるからだ。


「大丈夫だよ。さぁ、行こうか」


 俺はルミスの首を左手で抱え、その体は棺桶に入れて背負っている。

 ずっとルミスと一緒にいられる。

 それは俺に、これ以上ない勇気を与えてくれる。

 あぁ、そうだ。俺は愛と勇気の戦士なんだ。


 コツコツと階段を下り、俺達は目的の部屋に辿り着く。

 五人でやってきたけど、大分空間には余裕があった。

 元々広いし、一人は本だし、一人は生首だからな。


 ──くすくす、くすくす──


 あぁ、あの声が聞こえる。

 アンリやカスパールの反応を見れば、この声は皆にも聞こえているようだ。


「これは……死後の魂? いや、そんなわけは……ただの残留思念?」


 一人呟いているアンリに、俺は紹介してやることにした。


「えっと、こいつは光鉄剣イザナミ。ほら、この剣に取り憑いている悪神なんだ。糞みたいに性格が悪いけど、今はまぁ、それなりに感謝してるさ」


 ──くすくす、くすくす──


 だけどアンリは首を振る。

 その顔を見ると、全て納得したかのような、達観した笑みを浮かべていた。


「いいや、違うよバアル。君が持っている剣に意志なんてない。時間をかけて解析したから、それは間違いないさ。確かに幾分か呪いの類いはこもってそうだけど、メルと比べたらそれは意志とは言えないかな」


 その言葉に、アンリが持っている本の表紙の一つ目が、ギョロギョロと動く。


「私は神が作りし奇跡そのものですから、そこらの剣と比べられても困ります。どうですマスター? 神工と神光をかけているのです。オシャレでしょう?」


 ”神光のメルキオール”

 直接的な戦闘力はないけど、その知識はアンリを支えている。

 アンリが持っている魔法の原典アヴェスターグ自体はアンリが作ったものだけど、メルキオールはその効率化や自動発動化のために一役買っているらしい。


 ──くすくす、よく来たわね坊や。よく来たわねみんな──


 俺が物思いに耽っていると、光鉄剣イザナミ……ではない、謎の女が話しかけてくる。


「はぁ、なるほどのぅ。主の正体が分かったわ。この気狂い男を生んだのはお主というわけじゃな」


 ”閃光のカスパール”

 伝説のSランク冒険者であるダークエルフにして、アンリの魔法の師匠らしい。

 アンリとの距離感を見ていると、彼女は彼の心も支えているのかもしれない。


 ──くすくす、正解──


「しかし分からん。なぜお主はそのようなことをした? バルタザールを狂わせて、お主は何がしたかったんじゃ?」


 狂ってる?

 俺が? 何を言ってるんだろう。

 いや、今は口出しする雰囲気じゃなさそうだ。黙っておいたほうがいいな。


 ──妾の望みは、人間どもに地獄の苦しみを与えること。人間なんて滅びてしまえ。死ね。苦しめ。泣き叫べ。地上の悪鬼達に復讐を──


 カスパールが少し引いていると、アンリが会話に交じってくる。


「あはは、なる程ね。そりゃまぁ、君が怒るのも分かるかな。でもいいの? バアルは僕の部下になっちゃったけど、君の思惑とは違うんじゃない?」


 突如、声の主は大きく高笑いする。

 それは地下室の中で反響し、なんとも不気味だった。


 ──おほほほほ!! いい、いいわよ! 坊やを拾ってくれたのが貴方で良かった! おほほほほ!! 貴方が背負った呪いを見れば分かるわ! これ以上ない結末よ! あぁ、良かった! これが私のハッピーエンド!! なんて幸せ! 最後の最後で、人間どもに復讐できた! おほほほほほ!!──


 女は大きくテンションを上げるけど、アンリは普段となんら変わらない様子だ。


「あはは、それじゃあ君の息子は貰ってくね」


 ──えぇ! よろしくね! 地上の人間達にもよろしく! おほほほほ! もう思い残すことはないわ! 幸せ! なんて幸せ!──


 それっきり、女の声は聞こえなくなった。

 後でアンリが言うには、無事成仏したのだそうだ。


「じゃあバアル、これからよろしくね。君は僕の言うとおりにしていたら幸せだから、あまり物事を深く考えずに、何か分からないことがあったらルミスに聞くんだよ?」


 ”雷光のバルタザール”

 俺は、力でアンリを支える。

 余計なことは考えずにただただ剣を振る、愛と勇気の戦士だ。

 それがルミスのためになるのなら、これ以上嬉しいことはない。





 死んだ人間を生き返らせたい。


 それは果たして、是とされる願いなのだろうか。

 それとも、否定されるべき呪いなのだろうか。


「是非はともかく、とりあえずの教訓としてはね、死んだら生き返らせていいか、ちゃんと本人に確認をとっておくのは大事ってことだよ。あぁ、止めておこうか。バアル、君は考えなくていいよ。難しいことは僕らに任せておいて、君はルミスと幸せに生きていけばいいのさ」


 そうだ、何も考えずにアンリの言うとおりにしていたら、俺は幸せだ。

 ねぇ、そうだろルミス?


 えぇ、そうよバアル。

 これがあなたのはっぴーえんどよ。


 誰が答えてくれたのか、そもそも空耳だったのか、深く考えることを止めた俺にはよく分からない。

 兎にも角にも、俺は間違いなく幸せを抱きしめていた。





★★後書き★★

以上で「D.E.A.D」完結となります。

最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。

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今後「タナトフォビア」のほうにも、本作のキャラクターが登場するかもしれません。

そちらも、是非お楽しみ頂けたら嬉しいです。

★★★★★★★

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D.E.A.D. ~愛する人を失った男は、悪神が宿る魔剣を手に、人間を止めてでも世界に復讐する~ 剣 道也 @michiya_tsurugi

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