55.D.E.A.D
「──つまりね、D.E.A.Dってのは、Digital Employment After Deathの略称なんだよ。えぇと、君に分かるように言うと、死んだ後にデジタル化して働くってことだね」
「でじ……たる?」
長いこと説明されたけど、聞きなれない言葉が多くてよく分からない。
「いやぁ、人間の脳をトレースしてAIを作ったことはあるけど、一から全て作ったのは初めてだったからなぁ。APIで繋ぎたいLLMがこの世界には無いから、ベースになるシナリオ作成の量が膨大で骨が折れたけど、いい経験になったよ。何より楽しかった」
一から作った……? ルミスを?
「一から作った分だけあって、バアルにとって理想のルミスになったでしょ? これからの運用で不具合とかがあれば、色々と情報を教えてほしいな。ルミスが得た情報はデジタルデータとして定期的にフィードバックがくるようにしてるけど、実際にバアルが見て触って感じたことも大事だからね」
つ、つまり、このルミスは偽物?
俺は泣きながらアンリに懇願する。
「ルミスを……作り物じゃなくて、本物のルミスを生き返らせてくれよ……頼むよ……」
この願いは、なぜだかアンリには可笑しいものだったらしい。
アンリは笑いをこらえながら答える。
「うーん、そうは言っても、本物のルミスはバアルが首を落としちゃったじゃないか。二回も殺しておいて、それでも本物がいいだなんて、君は言動と行動が伴ってないように見えるけど」
あれは、仕方がなかったんだ。一回目は俺の意思じゃないし、二回目の時はルミスじゃなくて化け物だったし。
それに、優しいルミスは許してくれたじゃないか。
「頼む、頼むよ……本物のルミスを……頼むよ……」
何度も懇願する俺を見て、アンリは肩をすくめる。
「はいはい、分かったよ。折角君の闇を消してあげてたのにね……ルミス、戻っておいで」
アンリに声をかけられたルミスは、生首のまま答えた。
「承知いたしました。モード”
突如、先ほどまで涼し気な顔をしていたルミスは変貌する。
「〓#※∇ЮЮ──!!」
ダンジョンで復活の神薬を使った時と同様、ルミスの形をした化け物は叫びだす。
血の涙を流し、苦しそうに悶えている。
違う、違うんだよアンリ。
俺が欲しいのはこんなルミスでもないんだ。
「止めてくれ……そりゃ三人同時に神薬を使っちゃったのは俺のミスだよ。でも、もう許してくれよ。こんな蘇生に失敗したルミスじゃなくて……本物を……」
苦しそうなルミスの姿を見るのが辛くて、俺は顔を背ける。
「あはは、何を言ってるんだよバアル。間違いなく本物じゃないか。復活の神薬を三人に使った? 全然問題ないさ。あれは万に一つも失敗しないように、大量の魔力を込めていたんだ。そこらの人間三人ぐらいなら、問題なく生き返るよ」
何を言ってるんだアンリ。
このルミスは問題だらけじゃないか。
「止めてくれアンリ……なんだか、ダンジョンの化け物に見せられた、あの悪夢を思い出しちゃうんだ」
苦しそうなルミスの声を聞くのが辛くて、俺は耳を塞ぐ。
それでも、アンリの声は嫌に綺麗に聞き取れてしまう。
「あはは、何を言ってるんだよバアル。”いち”の……というより、ダハーグの尻尾に悪夢を見せる効果なんてないよ。
「人の尻尾を千切っておいて勝手に奇天烈な名をつけるなど……少しは我のことを
知らない声に顔を向けると、いつからいたのか、アンリの頭に小さなスライムが乗っていた。
アンリは「まぁまぁ」とスライムを宥めた後、遂に椅子から立ち上がり俺に近づいてきた。
顔を背けようとしたけど、前髪を掴まれ無理やり顔を上げられる。
目の前には、お互いの鼻が当たりそうなぐらい近くにアンリの顔があった。
「バアル、見えないふりは止めるんだ。聞こえないふりは止めるんだ。ルミスは伝えたいことがあるらしいよ? ルミスはちゃんとした言葉を喋っているよ?」
止めてくれアンリ。
あの化け物はルミスじゃない。
壊れてるんだ。
残念だけど、あのルミスはまともじゃないんだ。
「バアル、そろそろ君は現実を見た方がいいかもね。僕は回復魔法が得意だから断言できる。あのルミスは、正常な、本物のルミスさ」
アンリの言葉に釣られて、俺はルミスを見る。
ルミスは、血の涙を流しながら叫んでいる。
その言葉は何を言っているか分からない。
ただ奇声を上げているだけに見える。
「バアル、ほら、ちゃんとよく聞くんだ」
いや、分かっている。
俺が受け入れられなかったんだ。
あのルミスは、確かに俺の知っている言語を話していた。
その内容があまりにも狂っていたため、俺は聞こえないふりをしていたんだ。
俺は、今度こそ、ちゃんとルミスの声を聞く。
「解放してぇぇ!! 私を殺してぇぇ!!」
折角生き返ったのに、ルミスは死にたがっていた。
なんで?
ルミスは生き返って、ハッピーエンドだろ?
なんで死にたいんだよ。
「る、ルミス!! 正気に戻ってくれ! ほら、俺と結婚式をしよう!?」
耐え切れず、俺はルミスに声をかける。
「ふざけんなこの化け物ぉ! あんた私に何をしたか、分かってんのかぁぁ! 私を早く解放してぇぇ!! 私を殺してぇぇぇぇ!!」
分からない。
一体なんでルミスがそんなに怒っているのか。
でも、アンリが優しく教えてくれる。
「あはは、自分を殺した人を嫌いにならない人はいないよ。それに、君はずっとルミスの魂を束縛してたから、彼女にも思うところはあったんだろうね」
えぇ? ルミス、俺のこと好きじゃないの?
「この化け物がぁぁ! お前なんかぁ! バアルなんかぁ! 大っ嫌いだぁぁぁぁ!!」
アンリの魔力に当てられて、愛する人からの言葉の暴力にも当てられて。
今の俺は、とにかく生きていることが苦痛だった。
何か、何か救いはないか。
必死に探す。俺が生きるための光を探す。
あぁ、そうだ、そういえば──
「──声は? 俺が聞いてた、ルミスの魂の声は……?」
俺の疑問に、アンリが苦笑しながら答えだした。
「あはは、魂の声、ねぇ。
なんだ? 分からない。
分からないことばかりだ。
分からないことはストレスになる。
だから、俺は分からないことは放置する性分だけど、ルミスのこととなると話は別だ。
「なんで? 分からない。教えてくれよアンリ」
「あはは、そもそも、君の言うルミスの声は、みんな聞こえていたよ? ほら、お仲間さんに聞いてみるといいさ」
俺はヘドロとタバサを見る。
二人は酷く痛めつけられていたけど、俺の視線を浴びると罰が悪そうに目を逸らした。
なんだ? あの二人は何か知ってる?
「ほら、バアル、今でも君は会話できるはずさ。君の言うルミスは、他でもない、君の中にいるんだから。ほら、ルミスを呼んでみなよ。君のことを愛しているか、聞いてみなよ」
怖い。
アンリが怖い。
全てを見透かしているような目で、俺を見つめるアンリが怖い。
一言一言が魔力で増強されてるのか、鋭利な刃物となって俺に襲い掛かってくる。
「る、ルミス……助けてくれよ。アンリが、ルミスが、世界が怖いんだ。俺の味方はルミスだけなんだよ」
俺が心の底から助けを求めると、いつもの通り救いがあった。
「えぇ、大丈夫よバアル。大丈夫、私はあなたの味方よ」
「そ、そうだよね、安心したよ」
救いの声が聞こえたことが嬉しくてアンリを見れば、彼は俺よりもさらに笑みを深くしていた。
なんでそんな顔で俺を見るんだよアンリ。
止めてくれ、なんだかとても怖いんだ。
「る、ルミス………………大丈夫、大丈夫よ。何も問題はないわ」
俺を見ていたアンリは、ついに大声で笑い出した。
「ぷっ、あはははは! そう、そうだよバアル。君のルミスは、君自身なんだよ!」
アンリは何を?
怖い、怖いんだ。助けてくれよルミス。
「えぇ、大丈夫よバアル。私は、ずっとあなたの味方よ。良かった、良かったよルミス」
あれ? なんだ?
何かがおかしい気がする。
「みんなが怖いんだ。嘘をつくんだ。ルミスが死にたいって言っているんだ。そんなことないわバアル。私、生き返ったら幸せよ? バアルと一緒に結婚式をするの。それはいいねルミス。あぁ、それはとても幸せだろうな。えぇ、幸せよバアル。えへへ、私、早くバアルとキスしたいなぁ」
何かおかしい。
いつからおかしい?
俺はいつからおかしかった? あれ? 最初から?
最初から俺はおかしかった? 悪神の使い過ぎ? 傷を癒したから? いつから癒した? あれ? ルミスは? 俺のことを好きなルミスは?
何かに気付きそうな俺を見て、アンリ心底楽しそうだった。
「あははははは! そりゃぁみんな気持ち悪い目で見てくるよ! ただの独り言じゃなくて、死体でお人形ごっこをしているんだからね! 死人に恋をするのはさぞ楽しかっただろうね! 死人は裏切らないから! 君がどんなに深く愛しても、彼女は真正面から受けて入れてくれただろうさ! 君が傷つくことはなかったろう! これは二次元に恋をするようなものなのかな!?」
「怖い、怖いけど、こんな世界でもルミスさえいたら俺は生きていける……えぇ、私もよバアル。バアルさえいたら、どんな世界でもバラ色だわ。そうだよね、そうだよねルミス。好きだよルミス、好きだよバアル、ルミスばあるばアルるみすあははは好きだよルミスばあるあははははばある」
「あははははは! 僕も自称二重人格は見たことあるけど、真正の患者は初めて見たよ! しかもこんなにレスポンスがいいなんて笑えるね! あははははははははは!」
アンリの笑い声が響く。
あぁ、壊れる。壊れていく。
それは最初から壊れていたのかもしれないし、今となっては壊れたほうが幸せなのかもしれない。
それは俺の大事な物のはずなのに、まるで人間の頭蓋骨のように、簡単に潰れていったんだ。
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