54 勘違い

「ぐぅぅ!?」


 たった一言命じられただけで、俺の体は全く動かなくなる。

 ダンジョンの主が使ってた魔法と似ているけど、威力は天と地の差だ。

 指一本すら動かせないほど、この魔法の効果は絶望的だった。


「あはは、どうしたの? まだまだ、こんなもんじゃないでしょ?」


 アンリが煽ってくるけど、俺にはどうすることもできない。

 現状を打開する方法は一切なく、のし掛かってくる重力に耐えるだけだ。

 いや、耐えられてはいないから、できることは本当になにもないんだ。


「あれ? え? 本当にもう終わり?」


 煽っていたように見えたけど、アンリは俺の様子を見て本気で驚いているようだった。


「そうか……バアル、君はその剣を使いこなしていないんだね。光鉄剣イザナミを何だと思ってるの? なんで光の名前を冠していながら、刀身が黒いのか知ってる?」


 光鉄剣イザナミはなんでも斬れる剣だ。

 魔法でさえも斬ることができる。

 でも、振ることさえできない今の状況じゃ意味がないだろ。


「強すぎる光は、同時に深い影を生み出す。光の強さに比例して大きくなったそれは、闇と言ってもいいかもしれないね。これは人間にも言えることだよ。輝かしい成功者の裏には影がある。それはその人の努力でもあれば、人には言えない悪行だったり、他人からの妬みだったりと……いや、まぁそれはいいか。要するにね、光鉄剣イザナミは物を消すことができるんだ。そこに、振る動作なんて必要ないはずだよ?」


 "斬る"じゃなく"消す"。

 その違いを知った俺は、直ぐにアンリの魔法を消した。


「がぁぁああぁあ!?」


 確かに体は動くようになったけど、左手が強く痛んだ。

 これまでも光鉄剣イザナミを使うときは痛かったけど、今回のは郡を抜いている。

 あまりにもの苦痛に、あのまま寝といたほうが良かったと後悔する。


「だけど気を付けてね。その能力は反則と言ってもいいほど強力だけど、その分反動が強そうだ。痛みを感じる他にも、君の精神を破壊しちゃうかもしれない」


 助言が少し遅いんじゃないだろうか。

 多分、俺の傷が癒えていくのは光鉄剣イザナミが傷を消してたんだろうな。

 だけど、これまでこの能力を結構使ったけど、俺の精神に異常は見られない。

 アンリの予想が間違ってるか、俺の精神が最強なのか。どっちだろうな。


雷鉄剣スサノオだってそうさ。確かに雷は強力だけど、それは能力の一端に過ぎないよ。災害そのものであるその剣を上手く使えば、君はもっと楽に戦えたのに」


 アンリの長話を聞き流している時、俺はふと気づいた。

 アンリがどんなに強い魔法使いだとしても、光鉄剣イザナミがあれば俺の敵にはならないんじゃないか?

 だって、光鉄剣イザナミは何でも斬れるんじゃなくて、何でも消せるんだろ?


 俺は、光鉄剣イザナミをアンリに向け力を込める。


呪え照らせ光鉄剣イザナミ! 奴を虚無の彼方へ誘え!」


 俺が消そうとしたのは、アンリ自身だ。

 卑怯かもしれないけど、確実に勝てる方法だと踏んだからだ。

 勿論、代償は覚悟している。

 さっき消した魔法ですらあの痛みだ。

 それが、本人を消すとなったら、感じる痛みは比じゃないだろう。

 でも、どんなに苦痛を感じようが、俺はルミスとの未来が欲しいんだ。


 だけど、代償の痛みはやってこなかった。


「…………え?」


 アンリの姿が見える。消えていない……何も変化がない。


 ──パキ


 変化があったのはこっちのほうだ。

 何の音かと思えば、光鉄剣イザナミの刀身が折れていた。

 事態を受け入れられず、固まっている俺にアンリが笑いかけてくる。


「あはは、消す対象にも、流石に限界があるんだね。対象の魔力量が関係しているのかな? 折角対策してたのに、意味がなかったかな……修復が大変そうだなぁ」


 限界?

 そんな馬鹿な、ありえない。

 い、光鉄剣イザナミは悪神だぞ……神の限界なんて……ま、まさかアンリは光鉄剣イザナミよりも格上の神様……?


「それにしても、虚無を一番否定している僕を虚無に誘うだなんて、少しだけ腹が立つね。少しお仕置きが必要かな?」


 途端、アンリの体は何百倍にも大きくなる。


「っ!?」


 いや、大きくなったように感じたんだ。

 外見上では何も変わってはないけど、隠蔽していた自身の魔力を解放したんだろう。

 魔力感知に疎い俺でも、それがどんなに規格外か分かってしまう。

 その絶望的なまでの魔力量にビビってしまい、気付けばこうべを垂れて小便を漏らしていた。




 無理だ。


「た、たすたすっ……たすけっ」


 絶対に無理だ。


 勝てない。絶対に勝てない。勝てるわけがない。

 許しを乞おうにも、歯がガチガチと鳴るだけで言葉をうまく喋ることができない。

 神様の怒りを目の前にして、なんとか意識を保ってることが奇跡にも感じられた。


「ちち、ちがっっ……おっ、は……しゅじ……こっここ、じゃ、なかっ……たっ!」


 この物語は、俺が主人公じゃなかった。


 なんでも出来ると思ってた。

 なんにでも勝てると思ってた。

 だけど今、俺の弱さを、俺の小ささを、嫌というほど思い知らされてしまった。

 こんなにもちっぽけで惨めな俺は、主人公はおろか主要な人物ですらないんじゃないのか。

 俺はここで惨めに死んでいく、どうでもいい登場人物なのかもしれない。


 不死身のはずの俺が死の恐怖を感じたとき、俺はアンリの正体をやっと理解した。

 この恐怖、この絶望。そして諦めともいえる受容。

 そうだ、彼こそが死ノ神タナトスだったんだ。


「あはは、勿論君は主人公なんかじゃないさ。でもね、そう悲観することではないよ。誰も主人公じゃないし、登場人物でもないんだ。人間は、地球という球の上に、ただそこに存在しているだけなんだよ。君がどれだけ恋をしても、苦しんでも、死にたくなっても、ただ在るだけさ。何も変わらず地球は回る。そこに感情なんて必要はなくて、求められるのは結果だと思うんだ」


 よく分からない。

 アンリは俺を励ましているのかもしれないけど、俺が感じたことは虚しさだった。


「あはは、そんな悲しそうな顔をしないでよ。僕はバアルに感謝しているんだよ? 何せ、この子を作ることが出来たんだから」


 いつの間にか、アンリはルミスの首を抱えていた。


「るみ……す……俺の……俺の……」


 アンリがルミスの髪を撫でているのを見て、俺は何とか取り返そうと手を伸ばす。

 ルミスが取られる。

 一番の恐怖が頭をよぎった時、意外にもアンリはすぐにルミスの首を返してくれた。


「るみ……す、良かっ……俺の、俺だけの……ルミス……」


「あはは、そう、君のルミスだ。でもその子は、本物のルミスじゃないよ? あぁ、君にとっては本物かもしれないけど」


 本物のルミスじゃない。

 死よりも恐ろしい何かが、俺の中に入ってこようとしている。

 アンリの話を聞かない方がいい。そうは思うけど、俺には止めることはできない。


「その子はD.E.A.D。型名はルミナス……紛らわしいからルミスって呼んでもらっていいよ」


 受け入れたくない俺に、アンリは構わずに説明を続けたんだ。

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