53 召喚

「あ、あはは、ごめんね。それぞれの生活はあるもんなぁ……魔法で強制的に呼び出すのも考えものだね」


「いい……ボクは気にしてない。それに、珍味の気配」


 明らかに気にして落ち込んでいる少女は、それでも剣を鞘から抜く。

 俺を見つめる少女は、なぜか涎を垂らしていた。


「あ、アシャっ!?」


 ルミスに拘束されているタバサが大声を上げる。

 顔見知りだろうか。


「こ、この裏切り者め! ウォフ様から受けた恩を忘れたの!?」


「…………裏切ったつもりはない。恩を受けたつもりもない」


「あれだけの寵愛を受けておいて……バアル、気を付けなさい! この女、実力は確かよ!」


 タバサが俺に忠告してくるけど、そんなことは分かっている。

 俺とアシャと呼ばれた少女は、同時に走り、剣を交えた。


「おらぁ!!」


 アシャはさっきまでの奴らと比べると、確かに強かった。

 だけど、成長した俺には及ばない。

 さっさと勝負を終わらせようと雷鉄剣スサノオの出力を上げようとした時、アシャが眼帯を外す。

 その奥にある瞳は、金色に輝いていた。

 瞳を見た途端、俺の体を異常が襲う。


「ぐぅぅ!? なんだこれ!? 体がっ!」


 以前、自分の体が何十倍にも重くなる魔法を食らったことがあるけど、それとは違う。

 体がそもそも、動くことを拒んでいるんだ。


 ──ガリッ


 動きが鈍くなった俺の隙をつき、アシャが俺の首元を噛み切った。


「……割と美味」


 アシャは噛み切った俺の肉を、くちゃくちゃと音を立てて食べている。

 可愛い顔して、随分狂ってんな。

 ご飯を食べるときは口を閉じろって、爺ちゃんに教わんなかったのかよ。


「ま、魔眼!? それはウォフ様が潰したはずよ!?」


「……神様に治してもらった。勿論、スプンタなんて偽物ではない」


「あ、あんた! スプンタ様に向かってなんてことを……っ!」


 タバサとアシャが話している間に、俺は雷鉄剣スサノオを鞘に戻し光鉄剣イザナミと持ち替える。

 そして、軽く光鉄剣イザナミを振ると、体は元の軽さに戻った。


「…………え?」


 体の異常を、んだ。

 なんでも斬れる光鉄剣イザナミがあるから、別にあの目は怖くないな。


「…………降参」


 それを見たアシャは、白旗を上げた。

 それもそうだ。おそらくさっきの魔眼は彼女の切り札だったんだろう。

 それが俺には効果がないから、勝つ見込みは無くなったんだろうな。


「あはは、随分と諦めが早いなぁ。まぁ相性も悪そうだし仕方ないか」


 自分の召喚した仲間が負けたというのに、アンリはどこか嬉しそうだ。

 そして、本のページを捲り出す。


「よし、じゃぁ次はこいつかな。召喚魔法サモン!」


 次に黒い渦から出てきたのは、以前アンリの部屋で見たことがある獣人族だった。

 その獣人族は、なぜか衣服は纏っておらず全身が濡れている。

 獣人族といっても獣の耳と尻尾が生えているだけで、他は人間の女性と変わりない。

 つまり、綺麗な女性だ。こんなに綺麗な裸の女と、今から戦うんだ。

 尻に剣を突き刺す光景を思い浮かべ、今度は俺が涎を垂らしていた。


「…………ごめん、シャワー中だったんだ……えぇと、まぁベアトだったら素手でも戦えるよね? バアルを倒したら、ご褒美を上げるから頑張ってよ」


「了解しました、わんっ!」


 よっぽどご褒美とやらが欲しいのか、獣人族の女はいきなり俺に襲い掛かってくる。

 戦闘への切り替え早いなおい。

 でも、美人が襲い掛かってくるってのは、なかなか嬉しいもんかもしれない。


「わんわん!」


 だけど、いざ戦いが始まると、そんな余裕はすぐに無くなった。

 この獣人族は、とんでもなく強かったんだ。

 常人離れしたスピードについていくことができず、攻撃を一方的にもらってしまう。

 なんとか動きを捉えたと思い光鉄剣イザナミを振っても、金色の髪の毛がパラパラと落ちるだけで、ダメージを与えることができない。

 まずいな……いくら光鉄剣イザナミがなんでも斬れるったって、当たらなければ意味がない。


「ま、まさか”金色こんじき”!? ば、バアルぅ、気を付けるんだよぅ! 相手はSランク冒険者だぁ!」


 ヘドロが叫ぶけど、何に気を付けたらいいのかは教えてくれない。

 相手を知ってるんなら能力とか弱点とか教えてくれよ。

 悪態をつこうとヘドロ達を見たとき、俺は大きな発見をした。


「そうだ! 今なら!」


 俺が見たのはルミスだ。

 あぁ、可愛いよルミス、愛してる。

 違う、そうじゃない。

 いや、可愛いし愛してるってのは本当だよ。

 いやいや今はそうじゃなくて。

 とにかく、俺が気付いたのは、今の俺はルミスの首を抱えていないってことだ。

 つまり──


「力を貸せぇぇ! 雷鉄剣スサノオォォ!!」


 ──左手が空いているってことだ。


 右手に雷鉄剣スサノオ

 左手に光鉄剣イザナミ

 悪神が宿った剣の二刀流となった俺は、間違いなく俺史上最強だ。


「きゃんっ!?」


 獣人が攻撃を仕掛けるところで、雷鉄剣スサノオの出力を上げる。

 満足に装備をしていない──というより裸の状態なので、それだけでダメージを与えることができる。

 それでも攻撃しようとする獣人は、雷鉄剣スサノオを大きく避けて飛び掛かってくるから、ある程度予測を立てて対応できた。


 そこまでして、戦いは若干有利といったところだ。

 だけどそれで充分。俺は勝手に傷が癒えるけど、獣人族はそうはいかない。

 このまま長期戦になれば、俺が勝つのは明白だった。


「あはは、おっけーおっけー。ベアト、下がっていいよ」


 それがアンリにも分かったのか、獣人に戦闘を止めるよう伝えている。

 よし、邪魔なやつらはいなくなった。

 後はアンリの首を落とすだけだ。


「おめでとうバアル、テストは合格だよ。だけど君はストレス耐性がとんでもなく低そうだから、少しだけ研修が必要かな」


「何を言ってるんだアンリ、俺に必要なのはルミスだけだ。俺が主人公で、ルミスがヒロインの物語には、他に何もいらないんだ。そう、アンリもいらないんだよ」


 俺は殺気を込め、アンリに向かって歩き出す。

 なのにアンリは依然として笑顔で椅子に座っている。

 貴族というのは、変なやつだ。今からどうなるか、何も分かってないのかな。

 俺の間合いに入ったところで、アンリが言葉を放つ。


加重魔法跪け


 瞬間、俺はまるで祈るかのように、地面に這いつくばることになった。

 ああ、そうだ、忘れてた。

 アンリは神様だったんだ。

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