桃太郎、剣鬼と対峙する
「おうら働け!働け!」
「ひぃん」
魔剣の妖しき輝きが、木の幹にするりと入り込み、
地の化身の如き太さを持った木をバターの如くに切っていく。
ずん、ずん、という木の倒れる音が連続して森中に響き渡った。
片方は桃太郎の手刀によるもの、
もう片方は
現在、彼の魔剣は斧の代わりとして用いられていた。
やったことを考えれば、嬲り殺されてもおかしくない男である。
村人にも怒りはある。
しかし、長らく平和の続いたジョウジベル村で、
裁きのために誰かを殺すなどということは長らくなかったし、
殺すということも、あるいは殺させるということもしたくなかったので、
桃太郎の監視の元、村の復興のために働かされている。
「モモタロウさん、ダシ、メシだってさ」
「ギャ、ギャ、ギャ」
「そうか、もうそんな時間か」
切り倒した木を縦に積み上げ、それを片手に持ちながら桃太郎は応じた。
二人を呼びに来たのは村の少年セシと
ジョウジベル村の復興は
狭くはあるが、
失われたものは多いが、取り戻せないものはなかったために、
ジョウジベル村は
「今行くよ」
「なぁ、モモタロウさん。またきかせてくれよ。おにたいじのはなし」
「ああ、いいとも」
「ダシもさぁ、もうちょっとちかくできけばいいのにな、きょうみあんだろ?」
「う……うっせぇな」
犬、猿、雉と呼ばれる鳥存在を引き連れて鬼退治に赴く桃太郎の話は、
村人はおろか、
娯楽が少なく、労働の多い村である。
本人が語る英雄譚は何よりも村人たちの心を慰めた。
「あっ、座ってよ。モモタロウさん」
ジョウジベル村の跡地に、焼いた肉と果実と木の実を盛った皿が並ぶ。
酒はないが、毎日が祭りの有様である。
「きょうもキジのはなしきかせてよ!」
「儂も聞きたい
「そんなに
「ギャ!」
「皆雉に対する食い付きがすごいな!」
桃太郎を圧倒する勢いで、皆が目を輝かせていた。
物語を求める心に、男も女も老いも若きも人間も
「ワシも聞きたいわぁ、モモタロウはんの
桃太郎は村人たちの中に、見知らぬ男の姿を見つける。
美しい男である、肌は月の光のみを浴びて生きていたかのように白く、
その目は陰りを帯びた月のごとくに細い。
風に揺れる金の髪は、一本一本が値を付けられそうなほどである。
その耳は鋭く尖り、金の輪が両耳に3つずつ付いている。
「どなたかな」
「あっ、旅の
立ち寄ったついでに、村を直すのを手伝ってくれたんだよ」
桃太郎の問いにミヒロが答える。
「どーも」と
和やかな空気の中にあって、カチカチと歯を打ち鳴らす音がやけにうるさく響いた。
「あ、金鬼さん……な、なんで……」
見ていて哀れなほどに、その身体は震えていた。
まるで吹雪の中、身体を震わせて暖を取ろうとするかのような有様である。
ダシであった。ダシはその
「なんでって、そら……部下の不始末は上司がつけぇなあかんからなぁ」
その言葉を聞いたダシの全身から汗が吹き出た。
今まで殺そうとした相手が小便や大便を漏らしたのは、
恐怖のためではない、少しでも身体を軽くするためなのだ、とダシは思った。
絶対的な捕食者を前にした時、体内の水分すら逃走には大荷物となる。
「話がよく見えないのだが……君がそこのダシに命じて、村を襲わせたのか?」
桃太郎が尋ねる。
一滴の雫が湖に波紋を広げるがごとくに、静かで、しかしよく通る声だった。
「そんならどうすん?」
「許さん」
静かな、怒りの言葉があった。
だらりと金鬼の額から汗が流れた。
身長だけの話で言うならば、桃太郎よりも頭一つ分は金鬼の方が大きい。
だが、桃太郎の放つ威圧感は――彼を実際よりも遥かに大きく見せている。
それこそ、城の如くに。
「怒らんといてぇな」
だらだらと汗を垂れ流しながら、
ただ一人冬の中にいるかのように身体を震わせながら、
金鬼はそれでも表面上は平静を装う。
絶対的な捕食者を前にした時、体内の水分すら逃走には大荷物となる。
その仕組みは先程まで捕食者であったものも例外ではない、絶対のものである。
(やっべぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!聞いてへんわ!!こんなバケモン!!)
平静を装うことが出来ていることが奇跡であるほどに、
心の中は嵐の海のごとくに荒ぶっていた。
「ば、場所が悪いわぁ……
ここじゃ、村人も巻き込むし、ちょい移ろか?」
「良いだろう」
金鬼の纏う薄い布衣装の背に、じっとりと汗が滲んだ。
桃太郎に背を見せながら、金鬼は思考する。
(……村人ごと攻撃すれば、えぇと思っとったけど……
あかんわ……それすら隙になる……
かといって……なんも思い浮かばん……あかん……)
桃太郎の視線は物理的な圧力を伴って、金鬼を襲っていた。
腹が痛み、涙すら滲んだ。
だが、逃げることは出来ない。
もしも逃げることに成功したとして、
桃太郎が生きている限り、この恐怖は永遠に続くのだ。
「ここらへんでええか」
ジョウジベル村を離れて、5分ほど歩いた草原。
乾いた風が膝ほど伸びた草を撫でる。
金鬼と桃太郎は10歩ほどの距離を空けて向かい合った。
金鬼は改めて、桃太郎を見た。
それこそ祈るように、古傷でもないかと探しながら。
「ん?モモタロウはん?武器はええんか?」
目を逸らさずに見てみれば、腰に帯びているべきものがなかった。
剣が無いのだ。勿論、斧も槍もない。
太い拳である、岩をそのまま拳に移植したかのようであった。
しかし、武器を持っている自分のほうが有利である。
金鬼はそこで初めて、久々に心の底から笑うことが出来た。
「
「ハハッ……ええんか?リーチも切れ味もワシの方が上やけどなぁ」
「金鬼と言ったな」
「はいはい、どーも、金鬼でっせ」
「
その身体に
「……うひぃ」
赤子の如き悲鳴が、金鬼の心から漏れ出る。
その時であった。
「モモタロウ!」
張り詰めた空気を切り裂くように桃太郎を呼ぶ声があった。
息を荒げ、全速力で走った以上による汗をだらだらと垂れ流しながら、
魔剣を抱えるダシによるものである。
「どうした」
「どうしたも……こうしたも……ねぇ!素手で勝てるわけねぇだろ!
だから……武器持ってきたんだろうが!」
「……逃げることは考えなかったのか」
「……ここでアンタが金鬼殺さねぇとオレが死ぬだろ」
「ウソを言え」
ダシは見た。
城壁のごとくに厚いもの、塔のごとくに高いもの、英雄の背中を。
「見たくなったんだろ、
「……ッ!」
舌打ちをし、ダシは桃太郎に魔剣を放り投げた。
鞘を抜けば赤き刀身が妖しげな輝きを放っている。
桃太郎は鞘を放り捨て、魔剣を構えた。
「
「アハハ……」
桃太郎に合わせるように、金鬼も剣を鞘から抜き放った。
昼の海のごとくに青き刀身が、やはり妖しげな輝きを放っている。
「ワシ負ける雰囲気やけどなぁ……ダシのおかげで勝率ちょびっと上がったわ。
感謝するで、ほんま」
ゆらゆらと動く剣先は、しかし桃太郎の心臓を捉えて離さない。
「剣相手に負けられんのよ」
金鬼の汗が止まり、震えがピタリと止まった。
桃太郎は微笑み、やはり金鬼の胸に魔剣の切っ先を向けた。
「日本一の桃太郎だ」
「魔王軍四鬼、最強の金鬼や」
「「いざ、尋常に――勝負!」」
異世界桃太郎 春海水亭 @teasugar3g
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