剣鬼、桃太郎に挑む

魔王城と四人の鬼


空を厚く黒い雲が覆っていた。

かといって、雨が降る気配はない。空気はいやに乾いていた。

夜を例えて帳と呼ぶのならば、それは空を覆う蓋と呼ぶべきかもしれない。


ジョウジベル村から遥か東、年中荒ぶる海にその島はある。

名もなき島である、そこの住民に名前をつける必要はなかった。

その島に街はなく、城だけがある。

そして、その城が魔王城を呼ぶこと、それだけを決めていた。


この世界において、魔という言葉には二種類の意味がある。

1つ目に魔法。

物理法則――すなわち、神の定めた法則に反して、

何らかの現象を起こす方法に対して用いられる魔。

2つ目に魔族。

犯罪者等、正当なる法に反する者らに対する総称として用いられる魔。


魔王城とは、魔族の棲まう城。

そして、魔族の王たるものが治める城である。


その城の会議室に四人の魔族がいた。

風鬼、金鬼、土鬼、火鬼――魔王により鬼の名を授かった者たちである。


「僕は……言ったんだ……」

風鬼が囁くように言った。

痩せた身体を、ただ素肌に布を巻きつけただけで隠した少女である。

その背には蝙蝠のような二枚の羽根があり、

陰気な顔立ちに反して、その唇は誘うかのように紅い。

淫魔サキュバスの少女であった。

その性質上、淫魔サキュバスは生まれつきの魔族として扱われる。


「金鬼は……直接……やるべきだったって……」

か細い声である。

しかし、その言葉には明確に攻め立てる意思があった。


「アハハ、堪忍してぇな。ちょいしくっただけやん」

細い目を更に細めて、金鬼が頭をかく。

端正な顔立ちの青年であったが、外見からその年齢を推し量ることは出来ない。

その耳は鋭く尖り、金の輪が両耳に3つずつ付いている。


長命人エルフである。

美の神が創った者を時の神が永遠のものとする、のことわざで知られる通り、

長命人エルフは美しく、そして一定の年齢から老化を止める。

寿命による死は彼らには存在しない。


「ワシな、部下を育てなあかんと思うとったんよ。

 魔王様の考えることゆうたら、殺すことばーっかや。

 そら殺すのはええけど……殺してばっかやと、

 支配する側に回ったはずなんに、誰も下がおらーんってなるやろ?

 やから、将来を見据えてやったことなんよ……まぁ、ミスってもうたけど」

両手を合わせ、金鬼は舌をちろりと出して「すまんな」と続けた。

そのさまは蝿に似ていたが、金鬼が行えば芸術品めいた美しさがある。


「で、どーなった?小鬼ゴブリン共と、お前の部下。

 出版不可能マジ無修正グロ肉になったってのはわかっけど?」

興味なさげに言葉を放り投げたのは、土鬼であった。

羆ほどの体格を持つ赤い肌の大鬼オーガである。

その傍らには読みかけの本と眼鏡が置かれている。

着用している特注サイズの燕尾服は、

それでも大鬼オーガの筋肉を隠すには心もとない。


「それがな、誰も死んでへんっぽいのよ」

「マジィ?適当に焚書ごまかしてんじゃねぇだろうな?」

「……本当っぽい。僕も……見たよ」

「あー……絶版さいあくだな、そりゃ。

 つまり小鬼ゴブリン共と魔剣持ちを相手にして、

 無傷で終わらせられる実力者がいるってわけだ」

「そういうわけで、失敗しちゃったワケ」

「……じゃあ、やっぱり最初からテメェが行きゃ良かっただけじゃねぇか」


大鬼オーガの怒気が会議室を包む。

怯えるかのようにカタカタとティーカップが揺れ、クッキーにひびが入る。

避難させるように、風鬼がクッキーを口に放り込んでいく。


この世界において、魔族を裁く法律はあるが、

小鬼ゴブリン大鬼オーガ狼鬼リカント等、鬼を裁く法律はない。

それは人喰いの熊や虎を裁判所に連行しないのと同じことである。


「そんなんゆわれても……ワシ困ってまうよ」

金鬼の口元は僅かにつり上がっていた。

その手は剣の柄にかかり、その目は土鬼の心臓を見ている。

凪ぐか、突くか、金鬼は思考する。

胴体を真っ二つにしても、心臓を止めても、脳を破壊しても、

それでも戦いを続けるものは存在する。

戦いは殺せば良いというものではない、

自分が再起可能な状態で相手を殺すことが良いことなのだ。


「待ってください!」

二人を制する声が会議室に響き渡った。

ローブを纏った魔術師然とした妙齢の女性。

この会議室に集まった四鬼の最後の一人、火鬼である。


「ここで仲間同士で殺し合って何になるんですか!?

 私達は魔王様の直接命令を受ける立場にある、一番偉い魔族なんですよ!

 そんなんじゃ他の魔族に示しってものがつかないじゃないですか!」

明朗たる声だった。

英雄の資質を持つ者の覇気に満ちた声である。


「仕方ねぇな……火鬼が言うんじゃな」

「ワシも火鬼さんの顔は立てたらなあかんなぁ……」

「良かった、わかってくれたんですね」

花が咲き誇るが如くに満面の笑みを浮かべる火鬼。

会議室の緊張が緩み、金鬼も土鬼も笑みを浮かべた。


その瞬間、赤く乾いた皮膚を、分厚い筋肉を突き破って、

超速にて接近した金鬼の剣が、土鬼の心臓を貫いていた。


「ええ感じに隙を生んでくれて助かったわ」

散歩中に花を見かけたのと全く変わらない様子で、金鬼が言った。

風鬼は金鬼に向けて弓を構え、

火鬼は泡を食ったように金鬼の剣を見ては風鬼の弓を見るを繰り返している。


「えっ、私の言葉で仲直りしたんじゃないんですか!?」

「ワシもそうするつもりやったけど……

 突けるなぁ、思ってしまったから、ついやってもうたわ……ごめんなぁ」

「金鬼……」

「弓下ろしてぇな、こんなんちょっとした戯れやん……あれ」

金鬼は剣を引き抜こうとするが、その刀身はぴくりとも動かない。

超絶の筋力が金鬼の剣を締め付けて離さないのだ。

刺し貫かれた土鬼の心臓が、高らかに鼓動を奏で始める。


「やっば」

横薙ぎの拳が、先程まで金鬼の顔があった部分を通り抜けた。

剣を引き抜くことを諦めて、咄嗟にしゃがんでいなければ、

金鬼は確信していた、その一撃を受けていれば首が吹き飛んで死んでいただろう。

金鬼の額からだらだらと汗が流れた。


「金鬼よぉ、完結作ゆいごんあるか?」

「冗談やん。心臓刺しても死なんことぐらいはわかっとったしぃ……」

「じゃあ……やっば……って言うのは……何だったの?」

「雑魚の分際で想像以上にええパンチ持っとるわぁ、と思っ」

金鬼がその言葉を最後まで言うことは出来なかった。

その瞬間には、土鬼は既に蹴りを放っていたし、

その蹴りを避けることに全神経を集中させる必要があった。

土鬼に追い立てられるように会議室を走り去る金鬼と、追う土鬼。


「ジョウジベル村はワシがちゃんと行っとくで~!」

遠くから聞こえる声で、その会議は終結となった。

風鬼と火鬼の二人が残され、余った紅茶を飲み交わす。


「金鬼が……直接行けば……大丈夫だね」

「そうですね、金鬼は私達の中で一番強いですから」

「ねぇ……火鬼……金鬼が失敗したら……どうする……?」

「その時は、三人でかかるしかないでしょうね」

「そうなったら……そうなったで……結構楽しめそうだね……」

「ええ、それはもちろん」


人間社会の鎖から外れたものを魔族と呼び、

そもそも鎖をつけることが出来ないものを鬼と呼ぶ。

鬼を裁く法は人族にはなく、そして魔族においても鬼を裁く法はない。

風鬼、金鬼、土鬼、火鬼。

いずれも魔族の中においても鬼と呼ぶほかに無い者たちである。

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