桃太郎小鬼退治顛末
◆
桃太郎の手によって
村人たちも無事に救出されたが、問題はむしろそこからであった。
「家も、畑も、全部無くなっちまった……」
森の奥深く、太陽も照らさぬ葉闇の中、誰かがぽつりと言った。
いつ、どのタイミングで
だが、桃太郎によって
そこで初めて村人たちに未来が生まれた。未来は闇に包まれている。
「どうした、浮かない顔をしているな」
「あっ……モモタロウさん、この度はどうもありがとうございます……」
桃太郎という英雄の名前を、村人たちは子供たちから聞いた。
快活な笑みを浮かべた男である。
身長はあまり高くはないが、首も胴体も腕も脚も太い。
巨大な力を人の形に押し込めたような英雄であった。
だが、ジョウジベル村は、
この英雄に相応しい礼の一つもしてやることは出来ないのだ。
のっしのっしと階段を上がってきた桃太郎の右の手はミヒロの手を引き、
もう片方は見知らぬ男を引きずっている。
「「モモタロウさん!ミヒロ!」」
「セシ!スニ!」
「しんぱい……してて……おれ……なんもできなくて……」
「ごめん……ミヒロ……」
「ありがとう……」
誰が一番最初に泣き出したのか、
それを皮切りに、堪えていたものの全てが壊れた。
喜びの雨が地面を濡らし、セシ、スニ、ミヒロは三人で抱き合った。
最初からそのように生まれたかのように、相応しい姿であった。
満足気に桃太郎は頷き、声を張り上げ村人たちに向けて叫んだ。
「ジョウジベルの衆よ!」
「は、はい……!」
「まず、此度の事件の大将首掲げさせてもらおう!!」
桃太郎は鎧の男の首根っこを持ち上げ、村人たちに見えるように掲げた。
重厚な鎧である、だが金属が捩れる程の握力と腕力で持ち上げれば、
猫の首掴んで、うにょんと引っさげているのと変わらぬ。
快活な声であった。
意識を取り戻した鎧の男は、桃太郎の声に自分の身体を撫で回した。
あまりにもあっさりと持ち上げられたことで、
自分の首が胴と繋がっている自信を失ったのである。
「
「あっ……ひゃ……」
鎧の男の名を、ダシという。
腕利きの傭兵である。
三度の大きな戦場を生き残り、
小規模なものであれば両手の指で数え切れぬほどの回数戦った。
初めて、戦場に出た時、
その剣が相手の心の臓に刺さったのに驚いて引き抜いたことがある。
引き抜いた剣の先で冗談のように、その心臓が脈を打っていた。
ダシが、その時の光景を鮮明に思い出してしまったのは、
今まさしく、自分が桃太郎という鋭き剣に貫かれ、
死に体でありながら、しかし冗談のように脈打つ心臓の有様であったからである。
「は……ひゃい!襲わせました!
悪行を楽しませる
「そうか、解けるか」
「……つ、強い衝撃を受ければ吹き飛ぶようなもんです……」
「
つまり、お前を生かしておく必要もないな」
「そ、そういうことになりますね……」
ゴウ――と雷の落ちるような音がした。
桃太郎の拳骨がダシの脳天に振り下ろされた音である。
刹那の拳が迫る中、ダシの中では妙にゆっくりと時間が流れていた。
時間は平等ではないが、今この瞬間のダシに対してだけは、
生まれてから今までのことを思い返す猶予を与えるほどに慈悲深かった。
子供の頃に聞いた英雄のこと、その英雄に憧れて戦場に出たこと、
初めて自分が握った剣のこと、それだけが妙に思い出されて、
すぐに、ダシの意識は闇の中へと沈んでいった。
「……し、死んだんですか」
「いや、
……この男を裁くにしても
鎧が完全に砕け、肌着姿となったダシが地に伏せていた。
如何なる力の伝え方ならばそうなるのか、
ただ、人にとっての理不尽が幾つも存在するように、
桃太郎という男が、人の敵に対する理不尽であることは間違いないのだろう。
「さて、この男を裁くには人の法があるだろう!
だが、
桃太郎はジョウジベルの村人たちを見回し、尋ねた。
そこに条文が書かれているかのように村人たちは互いの顔を眺め、
しかし、答えは出なかった。
誰かがそうしたのをきっかけに、次々と村人たちの顔が村長を見る。
「いや……ありませんな」
村長はゆっくりと首を振り、答えた。
「ならば、
異議を唱えるものはいなかった。
皆が桃太郎の目を見た、どこまでもまっすぐな目を。
自分たちには見ることの出来ないものを見ている目を。
「
何匹かの
皆が、逃げたところで逃げ切れぬことは十分に理解している。
ただ、村人たちと同じ諦めが
「お前たちが破壊したもの!お前たちが奪ったもの!
お前たちの手で返してやるのだ!
家を直し、家畜小屋を直し、畑を手伝え!
壊すよりはお前たちによっぽど向いている!
ジョウジベルの村人達と
被害者と加害者である、操られていたとはいえ、互いに納得できるものではない。
「頼む、ジョウジベル村の衆。納得できぬ思いはあるだろう」
桃太郎は深く頭を下げた。
英雄の身体が小さく見えるほどである。
無理を言っているという自覚が自身にもあるのだろう。
「これは
だから、ただ……この頭下げることしか出来ない」
頭を下げ続ける桃太郎を見て、
村人たちも
なすべきことはわかっていたが、どうすればいいかわからなかった。
ジョウジベル村で一番賢い少女ミヒロが、
一番近くにいた
それに続いて、セシとスニも
酔いどれのタドやのっぽのメアがそれに続き、
子供たちの両親も、他の村人たちも、そして長老も、
そして桃太郎の初めての鬼退治が終わった。
◆
「桃太郎さん、一つ聞いていいですか?」
「ああ、
人間と
森の奥深くの広場を少し離れて、ミヒロと桃太郎は向かい合っていた。
「桃太郎さんは、ここじゃない世界から来たんですか?」
ミヒロは一度だけ、その伝説を聞いたことがある。
異世界の存在が、この世界に辿り着くことがあるのだという。
「うん……俺は日本という場所から来たんだ」
「やっぱり、すごい人ですもんね」
「ハハ、面と向かって言われると照れるな」
異世界からやってきた救世の英雄。
伝説は真実だった。
だから、どうか幸福に過ごしてほしいとミヒロは願う。
元の世界で殺されたものがこの世界に辿り着く。
誰が、この英雄を殺したのか――どうやって殺したのか、
伝説が嘘であることを祈りながら、ジョウジベル村で一番賢い少女は微笑んだ。
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