閑話 コソ泥の心理
物理的な攻撃手段では断つことが出来ない邪気の線を断つことが出来る存在、その事実に最も驚愕したのはカザラニア本人であったが、いち早く反応したのもまたカザラニア本人であった。
崩れてただの財宝の山になったはずの場所に一体のカザラニアが近づくと、崩れていた財宝は再び動き出し……また憎たらしい顔つきの人型に戻って行く。
「ふ、ふふ……確かに位置的に我が邪気の配線が断たれたようだが」
「たとえ一時的に断たれようとも、財貨には必ず邪気がある」
「再び我の配線につなぎ合わせれば、元のように意のままに操れるのは自明!」
そう言いつつ余裕の笑みを浮かべるカザラニアに、イリスを始めとした仲間たちは苦悶の表情を浮かべるが、その中において大聖女だけは冷静に連中の動きを見定めていた。
『一見、余裕ぶっているがヤツにとってコレは何百年にも及ぶ時間の中でもとっておきの非常事態のハズ。そんな状況でビビらないワケが無い』
その大聖女の予想はある意味で正しく、次の瞬間には大量のカザラニアたちはさっき大聖女に殺到した時と同様に、全ての戦力をイリスに向けて集中させ始める。
個々のカザラニアたちが武器を手にイリスへと接近して、そのまま混ざり合い金銀財宝の濁流になって彼女を包み込むように。
ザザザザザザザザ…………
「く!? クロック・フェザー!!」
自身に殺到した濁流を少しでも削ろうとイリスも転移魔法を使うが、生憎彼女も覚えてから間もない転移魔法を自由自在に広範囲に使う事は出来ず、濁流の先端を少しだけ削り取ったのみで勢いを殺す事は出来なかった。
「くはははは! 残念だが特異な能力を持った者でも」
「我が存在を害する事は出来ないようだな!」
「しかし一時的にでも邪気を断たれるのが鬱陶しいのは事実」
「このまま巨万の富にて貴様の身をすり潰して……」
「ちい!」
咄嗟に回避に映ろうとするイリスだったが、財宝の濁流は既に彼女の退路を塞いでそのまま押しつぶそうと殺到する。
「「逆巻く風よ、堅牢なる防壁となせ!
しかしそんな彼女の前に立ちふさがり風属性結界を発動する男が二人……ギラルの同期冒険者ロッソと過去の名を亡き者としたジャイロは暴風の結界で殺到していた濁流を押し返していく。
「よく分からんが、この娘が切り札になるって事だろ!? 俺は早いとこ仕事終えて嫁さんの元に帰りたいんだから!!」
「いい加減こんな不毛な戦いは飽き飽きですからね! 何とかなるなら何とかして下さい。僕も領地で待っている
「お二人とも……」
聞きようによってはよろしくないフラグになりそうな事を口にする二人だが、それはイリスを含めたこの場に居合わせる仲間たちに共通した想いだった。
二人に続くように他の冒険者、王国騎士たちも財宝の濁流を止めようと殺到し始める。
盾で、魔法で、人によってはその辺の戸板を使ってイリスに濁流が向かわないように押し込もうと……。
そんな状況において……大聖女ジャンダルムは自分もそっちに参加したくなる衝動を抑えつつ、全体を俯瞰で眺め観察する事に徹する。
それは本来前線に出たがる彼女には珍しく、奇しくも中間距離で仲間のサポートに徹するギラルと似たような思考だった。
『仮に自分を害する存在が初めて現れたとしたなら普通の反応は二つ……消すか逃げるかだ。しかしヤツは個にして全……思考は一つでも大勢で動く事が出来る。なら二つを同時に選ぶことだって……』
そう思い大聖女は全体を見渡していると……何としてもイリスを数で押しつぶそうとするカザラニアの集団の中、一体だけ違う反応をする者を見つける。
殺到するカザラニア共とは違い、集団の中にいるのに戦闘には一切参加していない。
それどころか、そのカザラニアだけはどのカザラニアが攻撃されて崩れようとも気に掛ける様子も無かった別個体が確実に前に出て守っている様子が見える。
「木を隠すには森の中とは言ったもんだが、生憎隠すのは意志のある人間。結局思念だろうと何だろうと……お前も人間だったという事だな!」
「何か見つけたようですね」
そう言って並ぶのはかつての弟子であり部下であった、大聖女がらしくなく前線に立っていない事に目ざとく気が付いた現ギルド受付嬢ミリアだった。
「ああ、お前さんの息子を見習って俯瞰で見ていたらな」
「その辺に付いてはあの子の師匠であるスレイヤの功績ですが、それを聞いてはオカンとしては同道するしかありませんね……一番奥のアレですか?」
「何だいお前さんも気が付いていたか。こりゃ早い者勝ちか?」
どちらも肩書だけなら温和そうである者には相応しくない、獰猛な笑みを浮かべると己の魔力を全身に巡らせて、構えを取る。
そして大聖女は火属性魔法の身体強化で瞬時に仲間たち全員に守られるイリスの前、財宝の濁流が最も押し寄せる場所に踏み込むと、そのまま濁流に向かい貯めた拳を突き出す。
「
ドザザザザザザザザ!!
大聖女の全力の魔力を込められた正拳の一撃は、そのまま財宝の濁流を一直線に貫き一本のトンネルを作り出す。
一瞬にしてたった一人だけ絶対に戦闘に参加しなかった、大聖女が狙いを付けたただ一体のカザラニアに向けての一本道を。
「「「「「な!?」」」」」
それはカザラニアにとって何百年ぶりになるのか分からない焦りから漏れた言葉。
自身の邪気の中枢がどこにあるかは誰にも分かるハズが無い、邪気と言う常人には見えない存在である自分は絶対に危害を加えられる事は無い。
そんな状況、ぬるま湯につかり切っていたモノが感じるはずが無いと思い込んでいた感情……自分が見つけられたという恐怖からの声。
だがそんなカザラニアの気持ちなど関係なく、大聖女と即席の連携を取ったミリアは次の動きに移っていた。
「さあ、仕上げですよイリスさん!」
「は、はい!!」
ド……
彼女は300メートルの距離でも一瞬で潰せる自慢の脚力で、生み出された一本道を高速で踏み込む。
切り札であるイリスの手を取って。
たとえ攻撃を受けようとすぐに修復する、必ず守ってくれるはずの自分の
何か次の行動を起こす暇も無く、懐まで一瞬で踏み込まれたカザラニアの眼前には既に詠唱を終えたイリスの手が開かれていた。
「まずい!?」
「クロック・フェザー!!」
驚愕の表情に歪むカザラニアだったが、抵抗する事も出来ずイリスの転移魔法によって王都の河川に放置されていた廃船の甲板に転移される。
ザザザザザザザザザザアアアアアアアアアアア…………
そして同時に、今度は転移された側では無く転移されなかった大量のカザラニア共や金銀財宝の濁流が轟音を立てて次々に崩れていく。
それは間違いなく邪気の配線の中枢が全体から切り離された結果に他ならない。
その光景を目にしたカザラニアは甲板の上で慌てふためいていた。
「これはイカン! 早く陸上の邪気と連結を……」
「
「う、うおおおおお!?」
そして再び財宝に潜む邪気と繋がろうと甲板から岸に戻ろうとするが、そんな事を許してくれる程、大聖女……脳筋ババアはお優しくは無かった。
廃船を囲うように激しい炎の壁が立ち上がり、岸に戻ろうとするカザラニアを阻む。
カザラニアが慌てて振り返ったそこには、既に獲物をしとめる気満々の……大聖女ジャンダルムと受付嬢ミリアが立っていた。
「逃がすワケないだろ? 生憎年寄りにこれ以上の単純作業はキツイんでね。そろそろ終わりにさせてもらうよ」
「宴もたけなわ……というやつですね」
「く!? この下民共がああ!!」
追い詰められたカザラニアは破れかぶれに大聖女へと襲い掛かるが……。
ガシャアアア……
雑な攻撃など彼女に当たるハズも無くアッサリとメイスの一撃で粉々にされてしまう。
しかしカザラニアとてその辺は既に予想していたようで、砕かれた自身の金銀財宝の体に埋め込むようにメイスを絡め取ると、そのまま大聖女の顔面に一撃加える。
「うぐ!?」
ただの拳では無く財宝の重量と硬度を持った一撃は強烈で、珍しくクリーンヒットを貰った大聖女は思わず後退……その様にカザラニアはニヤリと笑う。
「は……ははは! 幾ら大量の財宝から切り離されたとは言え、邪気の見えない貴様に我が本体を見極める事は出来ん。本体を潰せねばこうして貴様の攻撃は何の効果も齎さない。結局貴様が敗北する事に変わりはないのだ!」
「…………」
「一つ一つ、我の始まりである指輪を潰してみるか? その当たりを引くまでに貴様の気力が持てば良いがな!」
嘲笑するカザラニアの体は既に人間に擬態する事無く金銀財宝の塊、いわゆる黄金のゴーレムのような状態で、更に至る所に本人が口にしていた指輪も無数にある。
実際状況だけを見れば大聖女ジャンダルムにもミリアにも、カザラニアを倒し切る事は不可能に思える。
だが大聖女ジャンダルムはそんなカザラニアに対して、静かに言う。
長年苦しまされてきたハズの者に対して、恨み言でも罵りでも嘲笑でもない……憐れみを込めて。
「下民か……アンタ邪気その物になっても元は人間だったんだろう? 本体が“それ”だったと言うなら、むしろアタシ等のような境遇を良く知っていたハズの……」
「……?」
「底辺を知っていたからこそか、あるいは忘れたかったのかは分からんけど……アンタは楽しかったのかい? たった一人で財を、人の欲をため込み操り続けるそんな生き方が」
それは奇しくもカザラニア本人が大聖女に問いかけた質問と同等のモノであり、同時に彼女からの答えでもあった。
大聖女の返答は単純、一人で使うかみんなで使うか……どっちが自分にとって楽しかったのか……それだけの違い。
「ここで消えて、アンタの事を覚えているヤツはどのくらいいるもんかね? 悪名でも憎悪の対象であっても……顔も覚えていないようなカザラニア公爵ってヤツを果たしてどれだけの人たちが記憶に残しているもんか」
「ぬかせええ!!」
王国の財貨に潜んだ虚ろな存在であるカザラニア公爵は、そんな自分のアイデンティティを揺るがす言葉に激高、そのまま全身の財宝をガチャガチャ鳴らして殴りかかった。
しかし大聖女は今度はカウンターを狙うことなく横にかわしてミリアと目くばせをする。
「ミリア!!」
「分かってます!!」
そして二人は左右から同時にカザラニアの懐に飛び込んで拳を突き出した。
二人の狙いはカザラニアの全体に分布された指輪のどれか……ではなかった。
これみようがしに露出してカウンターを狙う気満々のそれらには一切目もくれず、二人の視線はカザラニアにとって最も注目してほしくない場所を見ていた。
自分を構成する財宝の中でも最も価値の低いそれを注目される事は無いはずだと考えていた“それ”をねらって。
「まさか……まさかまさか!?」
「気が付いてなかったようですが、貴方はずっと右手を握っていた。ご丁寧に!」
「そして使用人が出来心でちょろまかすとしたら、換金が難しい指輪なのはおかしい。同時に金額の大きい金貨でも銀貨でも足が付きやすい。足が付き難い小金を狙う……その辺の心理はよ~く知ってるのさ、アタシ等はなぁ!!」
「ややや、やめろおおおおおおお!!」
最後の予防線であった人間のカザラニアが犯した窃盗事件の話……まさかその時点から看破されていたとは信じられないカザラニアは悲鳴を上げるしかなかった。
バキン……そして左右から繰り出された拳が最後まで握られていた右手を挟みつぶし、乾いた音が響き渡るとカザラニアの声がピタリと止み……一枚の銅貨が零れ落ちる。
主人の目を盗んで窃盗したのは高額な指輪でも無ければ高額な金貨でもない……最も安い銅貨であり、それこそが王国を陰から何百年も支配してきた金の亡者、カザラニア公爵の本体だった。
カラカラと甲板に転がった銅貨はやがて動きを止めると、そのまま亀裂が入り真っ二つに割れてしまう。
そして……最後に形を保っていたカザラニアも財宝の形になり、崩れていく。
それがギラルを含めたあらゆる人々の人生を富の力で歪めて来たカザラニアという怪物の、あっけない最後であった。
「人間であろうと無かろうと、どんだけため込んでも金はあの世に持ってけない。精々次があれば使い方を考えるんだね……公爵閣下殿」
そう言いつつ大聖女ジャンダルム……『バーニング・デッド』は金貨を一枚だけ拾い、指で弾いた。
神様の予言書『俺の未来がアニメでは雑魚死だったので拒否します』 語部マサユキ @katarigatari
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