閑話 変化を恐れる者と楽しむ者

 人は自分の欲望の為に生きている。

 カザラニアという男の小さな欲望から始まった存在にとって、それは揺るぎない結果でしかなかった。

 アルテミアという名の古代亜人種が“カザラニア”という存在に邪気を与え、手下として利用していた事も踏まえて、人間のみならず思考し意志を持つ生き物は全てそう言うモノなのだという事が長い時間の中で確信できた結論だった。

 しかしその揺るぎないはずの結論を否定もしないのに、無自覚に否定する存在がいた。

 それも二人も……。

 人間でもない、カザラニアの欲望の残滓から始まったその存在はその事が無性に気に喰わない。


「人は欲望によってのみ生きる。ワシは長い長い時の中で何千何万と金で堕落し、金で裏切り、金で操られ、金で全てを失わせて来た。金で己が人生を狂わされ縛られ絶望を味わってきた……それは貴様も、そしてあの小僧も変わりは無いはず」

「…………」

「だというのに、何ゆえに己が欲望を人に依存する!? 己の幸せを、喜びを他者に見出すなど、そんな事は単なる浪費、自分には何も齎さないただの自己満足では無いか!」

「は……なるほどな」


 激しい攻撃の最中口走ったカザラニアの言葉に大聖女は妙に腑に落ちた。

 カザラニアという存在が、自分自身の欲望だけが世界の全てとしか思っていない、思えないという事を。


「カザラニア……アンタもあの小僧、ギラルに影響されちまったって事か。アタシの末期だけじゃなく人でもない存在の未来すら影響を与えちまうなんて、大したもんだよ」

「何を戯言を……」

「アタシに限った話じゃないけどさ、この場に居合わせた馬鹿どもは全て少なからずアイツの行動に影響を受けちまったもんばかりだからな。本人にはそんな意識が全くない辺りが始末が悪い」

「…………………」

「だが、アタシはそんな風に変わる事を大した事だとは思っちゃいない。精々困った連中を助けて気分よく一緒に飯でも食おう、強いヤツがいたらこの後で手合わせでもしようか? くらいなもんかね。正義感強めの使命感に燃えて参加した騎士や冒険者たちにゃ悪いけど……その程度さ。だが、お前さんは怖くなったワケだ……存在は曖昧、人々の欲望の陰、王都に広がる悪徳貴族の噂の具現であるカザラニアってヤツにとってその変化は致命的に自身の存在を危ぶむから」


 そんな確信を持った大聖女の言葉に、カザラニア共の視線は一斉に彼女を睨みつけた。

 それは揃いの人形が一斉にこっちを見たかのように、人間味の無い不気味な動き。

 

「……些細な、本当に些細な変化ではある。しかし……ヤツの行動は危険。ヤツの行動に感化されて、自分の為ではない金の使い方をする者が現れ出している」

「ファークス侯爵だけではない、貴族も騎士も商人も……そして王家に連なる幼い王子や王女に至っても…………着実に自分以外に目を向ける意識が生まれ始めている」

「自己の欲望を振り返るなどしなくても良い。欲望を優先する大人を参考に成長して行けば良い。自分だけが良い想いをする為だけに金を使い続ければそれで良い」

「自己満足の為だけに……その為だけの為に財貨を手にする欲望こそが、世の真実であり我がカザラニアという存在たらしめる理であり……」


 一斉に無表情に喋り出すカザラニア共に、大聖女ジャンダルムはニヤリと笑う。


「だから、言ってるだろ。アタシもギラルも、この場に居合わせた馬鹿どもも、自分の為に、自分が気分よくなる為の欲望に従って動いているに過ぎん。欲望の権化のクセに、欲望の種類にケチを付けるとはワガママな事だよ。そんなに自分の存在が変えられるのが怖いのかい、僕ちゃん?」

「「「「「「…………」」」」」」


ザザザザザザザザ…………

 その瞬間、全てのカザラニア共が大聖女へと殺到し始め、その行動自体が彼女の言動を肯定しているモノであった。

 財宝に住み着く欲望と言う名の邪気として存在する者であるカザラニアにとって、欲望の形が変化する事は彼の存在の否定、消滅にも繋がる事になる。

 同じ負の感情、邪気であっても自分の欲望の為という解釈が違う思想が広がる事自体、彼にとっては許せる事では無いのだ。

 集団で押し寄せるカザラニア共に対して、大聖女は何時もの如くそのままメイスを振るい吹っ飛ばそうとする。

 しかし次の瞬間、メイスの直撃を受けるかと思った連中の体はそのまま上下に分断、何十体といるカザラニア共はそんなトリッキーなやり方でかわして見せたのだった。


「む!?」

「幾ら野蛮な戦いを好まぬ公爵たる我とて……」

「何度も喰らえば一撃喰らい」

「かわす事は出来るというモノ」

「喩え大聖女の一撃であろうとなぁ!!」


 そして全てのカザラニアが厭味ったらしいニヤケ顔をしたかと思うと、次の瞬間には全てのカザラニアが元の財宝に戻り、まるで濁流の如く大聖女を飲み込んで行く。


「むお!?」

「大聖女様!?」「バアさん!?」「ババア!?」


ザアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア……

 大聖女の耳に聞こえた味方が心配する声も、金貨を始めとする財宝の壁に阻まれて一瞬で聞こえなくなる。


「ゴブ!?」


 そして体術も使えないほど密着されてしまった時、大聖女の腹に強烈な衝撃が発生、彼女の口から苦悶の息が漏れる。


「くくくく、ここまで密着されれば、さしもの『撲殺の餓狼』であっても反撃も出来まい」

「手も足も出ず、一方的に潰される」

「所詮貴様の最後は自慢の武力ですら金の力に敗北するという事だ」

「グガ!? ゴ!? ぐう!?」


 そして次々と顔面、背後、脇腹、足と全身余すことなく一方的な打撃が大聖女に襲い掛かる。

 奇しくもそれは先日彼女が同期のアルテミアと対峙した時、邪気によってやられた先方と同一のモノで……彼女は思わず舌打ちをする。


「チッ、金の力に負けたってこじ付けたいなら、これはちょいと違うんじゃないのかね!」

 

 大量の財宝に纏わりつかれて動きがとられない中、大聖女はそれでも身体強化魔法で強引に脱出を試みようと奮闘。

 しかしそんな彼女の奮闘は次の瞬間には無駄に終わる。

 弟子に助けられるという結果によって。


「クロック・フェザー!!」

「ぐうううう…………おや?」


 現状イリスのみが使用できる時空魔法にして転移の魔法『クロック・フェザー』によって財宝の濁流に飲まれまとわりつかれていた大聖女は、その濁流から辛くも脱出を果たし、使用者イリスの隣へと転移、脱出する事が出来たのだった。


「助かったよイリス、さすがにあそこまで密着されると動きようが無かったからね」

「……なんとなく貴女ならば放っておいても自力で脱出したような気もしますが、今は時間が惜しいので」

「ふ、言いおるのう。小娘が……」


 ギラルの話では世界の終わりに最後の聖女を名乗る羽目になったハズのイリスと肩を並べて戦っている現状に大聖女は少し感慨深くなる。

 しかし目の前の財宝の濁流、カザラニアと言う存在に対して有効な攻撃方法が未だに分からない事にさすがの脳筋ババアも辟易し始めていた。


「チッ、いい加減成長も変化も無い輩の相手も飽きて来たねぇ。何とか邪気の元になる何かを見つけんとジリ貧だよ」

「せめて一個一個の金貨とかを繋いでいる邪気を断ち切る事が出来れば……」

「力押しでも魔力でも見えんし触れられん邪気にそんな都合のいい事は…………ん?」


 その時、大聖女は自らの足元に散らばった金貨や宝石などの財宝が足に触れた事で小さな疑問を抱いた。


『何故この足元に広がる財宝はアタシ等を襲ってこない? ヤツの話では財宝の一つ一つに宿る邪気を連結しているのだから、この足元の金銀財宝だってヤツの一部なのでは無いのか?』


 彼女の足元に広がる財宝、それはイリスが『クロック・フェザー』で財宝の濁流から大聖女を助け出した時に一緒に巻きこみで転移された一部。

 それがまるでカザラニアとは関係のないただの財宝のように散らばっているのだ。

 ジャリ、と足で動かしてみても何の反応も無い。


「……砕くも散らすも溶かすでも、繋がった邪気の意図は蜘蛛糸や粘菌の如くどこまでも伸びるのみ…………まさか!?」


 大聖女が何かに気が付いたところで、財宝の濁流と化したカザラニアは再び彼女を飲み込もうと濁流から瞬時に複数人のカザラニアの姿に変化、そのまま武器を手に襲い掛かって来る。

 しかし彼女は自らで対応する事なく、イリスへと指示を飛ばした。


「イリス、一匹、それも数センチの移動でも構わん。ヤツを転移させて見てくれ!」

「え? どういう事ですか?」

「説明は後! 良いから頼む!!」


 言われたイリス自身はワケが分からないのだが、既に眼前にまで迫ったカザラニアの攻撃を前に躊躇している暇も無く……イリスは半場ヤケクソ気味に呪文詠唱をする。


「ああ、もう! よく分かりませんが、遠き友へ時間を超えて届きたもう……時の羽よ!

クロック・フェザー!!」


 そして一体のカザラニアが転移魔法クロックフェザーにより本当にほんの少しだけ転移した次の瞬間、カザラニアの形をしていたハズの財宝は崩れてただの財宝へとなり果てた。


「え……ええ!?」

「「「「「な、なに!? 一体何が!?」」」」」


 術者であるイリスやカザラニアの集団が一斉に驚く中、大聖女ジャンダルムだけは自分の考えが正しかった事を確信する。


「やはりか! やはり他のどんな攻撃でも断ち切れず邪気の配線が伸びるのみであったが、空間を入れ替えてしまうイリスの転移だけは邪気の配線を断ち切る事ができる!!」



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