閑話 重ならない生き様

ガシャアア……

ドガアアア……

バシャアアアアア……

「「「「「「ハ……ハハハ……ハハハハハハハハ!!」」」」」」

「ああああああ面倒くせぇ!!」

「キリがねぇよこんなの!!」


 ギラルとカチーナが精霊神の像へとたどり着いた頃、悪徳公爵カザラニアの“群れ”に襲われる避難民たちを守る戦いは続いていた。

 冒険者たちと王国軍たちが連合して避難民を守る形で陣を敷いているのだが、向かい来るカザラニアという名の貴族の顔をした集団に攻撃を加える度にその体はアッサリと砕け、辺りに散らばり、金銀財宝の元の形に戻る。

 しかし散らばった財宝は速攻で再び寄り集まって元のカザラニアの形に戻って行く。

 そして万人が不快感を覚えるニヤ付いた笑みを浮かべて再び襲い掛かって来るのだ。

 それは集団で群がる害虫と同様の悍ましさを感じさせる光景であった。


「クッソ! 目の前に目が眩むほどの財宝があるっていうのに、それ自体が襲い掛かって来るとか、こんなにありがたくない状況も無いもんだ」


 ギラルの同期で新米パパでもあるロッソは得意の魔法剣を振るい、大剣を振りかぶったカザラニアの一体を両断しつつ声を上げる。


「船に近づけるな! 避難民たちが乗り込むまで戦線を維持するんだ! 結界を使える魔導士たちは結界維持に集中してくれ!!」

「了解! なるべく手短に頼むぞ」


 その言葉に応えて結界を使えるジャイロを始めとした魔導士たちは避難民たちの防衛に回り結界を展開して行く。

 しかし害虫の如く群がるカザラニアの群れを何とか押しとどめようとしても斬られ、砕かれ散乱した財宝の欠片も多くなり、意識せず陣の内側に溜まっていた欠片が寄り集まってカザラニアの一体が前線を突破してしまう。

 そしてまだ結界が展開していない隙間に向かって突撃してきた。


「ヒャハハハハ! 平民が公爵たるワシに立てつくなどおこがましい! ワシ自ら死を与えてくれよう!!」

「キャアアアアア!!」


 怯えて悲鳴を上げたのは避難民の少女。

 トリッキーな方法で突破されてしまった事に気が付いたロッソは慌てて駆け付けようとするが、それよりも前に間に入り立ちふさがるギルド受付嬢がいた。

 足音も立てずにカザラニアの懐に踏み込んだ受付嬢、『剛腕』の異名を持つギラルのオカンこと回復師ミリアはそのまま拳を軽くボディーに当てる。


「ふ!」

ドン!! 「………!?」


 そして身体強化で倍加させた踏み込みの力を拳に連動させて一体のカザラニアを吹っ飛ばした。

 ミリア必殺の『寸勁』で吹っ飛んだカザラニアは再び前線の向こう側まで飛んでいき、地面に激突して粉々に砕け散った。


「皆さん、斬る砕くの攻撃は逆効果です! 戦線維持の為には押し出す方向で耐え、守るしかありません。攻撃は破壊ではなく吹き飛ばす打撃を中心に!!」

「く……確かにその通りのようだな」

「めんどクセ~な~! 俺のメインウエポンは剣だってのに!! 斬撃が逆効果ってスライムかよクソ!!」


 ミリアの見解に剣を主体にした者たちから愚痴が聞こえて来るが、誰もがその言葉を間違っているとは思わない。

 実際に戦っている者たちからすればそれしかないのは一目瞭然、中には斬り込んだ剣を途中で絡めとられて反撃を喰らっている者までいるのだから。

 斬っても砕いても、元は金貨や宝石などの集合体、それら一つ一つに邪気が粘菌のように繋がっているようなモノでどんなに攻撃を加えても繋がっている邪気は伸び縮みはしても断裂する事は無い。

 散っても分裂しても再生する、それは本当にスライムのような厄介さであった。


「……これじゃあジリ貧だぁね」


 その中でも一番奮闘しているのはやはり負傷を抱えて尚戦場に戻って来た大聖女ジャンダルムである。

 まとわりつくカザラニア共を纏めて吹っ飛ばし、押し込まれかける味方の援護に回り片手だというのに自在にメイスを振り回す。

 しかし彼女が何度横薙ぎに数名のフルプレートを纏ったカザラニアを吹っ飛ばし、壁に激突させて粉々に散らしても、散らかった財宝は再び憎らしい顔の貴族へと戻っていく。

 いい加減その繰り返しに脳筋代表の大聖女も舌打ちしてしまう。


「チッ、ムカつく顔面を殴り放題と思っていたが、こうもワンパターンだと飽きて来たね」

「「「「「ハハハ、そう言うなジャンダルム。こうして顔を合わせるのは初めてであるが、ワシ等は長い付き合いではないか!!」」」」」

「……あん?」

「「「「「ワシはずっと、ず~っと見て来たのだぞ? それこそ貴様が何の力も持たない浮浪児であったころからなぁ」」」」」


 同じ顔をしたカザラニア共は悍ましく憎らしい笑みを更に深くして、大聖女ジャンダルムをあざ笑うように囲みだす。


「「「「「命を繋ぐ為にパン一個を盗んだ結果、その日の内に殺された友人。高額なお布施を払う事が出来ずに病死するしか無かった没落貴族の令嬢。借金のカタに売られるしかなかった同い年の修道女たち。己に力も無く、金が無いために助けられずに後悔と絶望を繰り返す日々……」」」」」

「…………」

「「「「「そして苦渋を噛みしめ凡人には到達できぬ力を得て大聖女などという大層な肩書を持って尚、更に救えぬ者たちがいる事を知ってしまう苦悩多き人生。貴様の生き様は……長い長いワシの記憶の中でも特別に愚かで滑稽な喜劇であったなぁ」」」」」


 カザラニアが小バカにするように、神経を逆撫でするように語る内容に大聖女ジャンダルムには確かに覚えがあった。

 まだ何の力も持たない子供の頃に救えなかった者たちを今度こそ救おうと聖女として、そして大聖女として生きて来た人生。

 その全てをカザラニアは見ていて、そしてあざ笑っているのだ。


「「「「「ワシには理解出来んな~。貴様のは凡人には得る事の出来ない力があるというのに、大聖女などと言う元の出が浮浪児などと考えられんくらいの地位を得ているというのに、貴様はワザワザ他人の為にその力を振るおうとしておる。そんな余計な事を考えねば貴様は絶望など知らずにおれたであろうに」」」」」

「…………」

「「「「「何故己の為だけに力を振るわん? 何故己の為だけに金を使わん? それが出来ぬからこそ貴様は下らぬ絶望に囚われ、こうして愚民どもを守るなど貧乏くじを引く事に……」」」」」


 しかし、調子よく話すカザラニアたちであったが、それ以上の言葉は発する事が出来なかった。

 横薙ぎに振るわれたメイスによって


「言いたい事はそれだけかい、僕ちゃん?」

「…………なんだと?」

「ペラペラペラペラとよく口が回る。アタシは確かに救えなかった連中の事を後悔している、何度も何度も絶望を味わいもした。だけど調子に乗って喋ってたけどアンタは分かってないようだね……アタシは最初からずっと、自分の為にしか力も金も使ってねーんだよ」


 粉々に吹っ飛ばされるカザラニア共を見据えて、大聖女ジャンダルムは鼻を鳴らして威風堂々メイスを突きつける。


「アタシが救いたいから、死ぬところを見たくないから、悪人が笑うのが気に入らないから、ムカつく輩を殴ってスッキリしたいから……アタシの人生なんぞその程度のもんさ」

「…………愚かな」


 再び再生を始めて人間の形に戻っていくカザラニア共、連中は変わらずニヤ付いた表情のまま大聖女へと視線を向ける。


「逆に聞きたいがな、カザラニア殿? お前さんは何でそんなにアタシの生き方が気に喰わないんだ? 滑稽だ愚かだと口にしてアタシの生き方が自分よりも下にあると認めさせたいかのように……」

「……何を言い出すかと思えば、そのような当然の事実を比べるなど」

「ちなみに言っといてやるが、アタシは自分の選んだ人生に後悔などない」


ヒュ……それは息を飲んだ音。

 邪気と財宝の集合体である呼吸をしないハズのカザラニアが決してするはずの無い行動であったが、それでも息を飲んでしまったのだった。


「確かに力及ばず救えなかった、資金が無くて助けられなかったなどの後悔は挙げたらキリが無いがな……お前さんの言うように愚かに滑稽に、その者たちを助けるために共に歩む事を選んできた事には何ら後悔はない。生きたいように生きた結果……こんなババアになっても絶望的な場所でも共に戦ってくれる友人ばかたちがこんなにいるんだからさ」

「…………」

「カザラニア……アンタがどんだけの時間を過ごして来たのかは知らんがね。富を独り占めして力を自分の為だけに使い、この期に及んでたった一人でこの場にいる事に……後悔は無いのかい?」

「「「「「「「……………」」」」」」」


 脳筋ババアと言われる大聖女が珍しく聖職者らしい表情でそう問いただした瞬間、あれほど不快な笑みを浮かべていたカザラニア共の顔から一斉に表情が抜け落ち……そして周囲のカザラニア共は一斉に大聖女に向かって各々手にした武器を振るいだした。

 剣を、槍を、ハンマーを、弓を……それぞれが違う武器を手にしているが、共通するのは同士討ちを気にする事なく見就していても全力で攻撃をしてくる事。

 四方八方からメチャクチャに全力で襲い掛かる攻撃は隙だらけではあるものの、本来の乱戦では絶対あり得ない“味方には味方の攻撃が当たらない”という常識外れの反則技は出所が分かりにくい。

 何せ徒党を組んで襲い掛かって来る敵の頭や腹を通過して剣やら槍やらが襲い掛かっってくるのだから、普通の人間であればなすすべもない波状攻撃である。

 しかし大聖女ジャンダルムは普通の人間では無かった。



ガガガガガガガガ…………そんな常識外れの反則技を、あろう事か負傷で片手が使えない状況だというのに、その場から一歩も動く事なく全てメイスで弾き返して行く。

 片手で取り廻す巨大なメイスは腕や肩を巧みに使って回転させたりと、まるで曲芸でもしているかのような華麗さで。

 一通りの攻撃を受けきると大聖女は何時もの脳筋ババアな不敵な笑みを浮かべて見せた。


「おーおーなんだいなんだい、裏でコソコソ金勘定するだけの根暗野郎だと思えば、こんな気持ちの乗った攻撃も出来るんじゃないか。まるで自分はカザラニア本人じゃないって自己紹介だったのに、自分の生き様に後悔でもあったのかい? アタシみたいなババアの人生を嫌い否定したいほどにさあ!!」

「「「「「戯言を…………所詮人間の本質は欲望、金だけが全てなのである!!」」」」」






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