第40話 アウローラ編 終話


 瀬戸菊さんからのメールを確認した後、アウローラさんはとある人物に電話をかけた。


「ええ、まあ、書類の不備、といいますか、そうですね、まあそのような件でお父様に少しお話をお伺いできればと思いまして、僕の名を出しましたら、おそらくお父様もお母様のお葬式の時のように感情的になられるかもしれませんから、そうですね、来訪者がある旨のみをお伝えいただけたら、ええ、よろしくお願いいたします。」


 ひどく曖昧な理由でアポイントを取り付け、アウローラさんはスマホをスーツの内ポケットにしまった。


 

 やがて自販機横のベンチから勇んで立ち上がる。会議室へと戻る足取りは若干軽い。


 沸々とこみ上げるワクワク感を抑えきれずに、アウローラさんは日中ずっとニヤけていた。同僚たちが訝しそうに眉間にシワを寄せたが、まったく意に介するほどのことではない。




 しかし、やがて日が西に傾くにつれ、あからさまにワクワク感は薄まりつつあった。

 不安の中で笑みを忘れたアウローラさんは、スマホを取り出す頻度が増してきていた。


 瀬戸菊さんが向かった先で、どのような反応をするのか。


 アウローラさんはいてもたってもいられず、定時になった途端に会社を後にした。



 ここから白石家へ向かうとなると、電車とレンタカーを乗り継いでも片道二時間以上はかかる。それでも向かうべきか悩みながら、あの小さな街行きの電車に飛び乗った。


 流れるオレンジ色の景色をぼんやり眺めながら、アウローラさんは何度も引き返すべきなのではないかと自問する。


「……お、」


 そんな矢先に届いた。

 懐のバイブレーションでメールだと気がつき、急ぎスマホを取り出す。


 努めて平静を装い、メールを開いた。



【お世話になります。瀬戸菊です。

 本日、アウローラ様のご希望されました出張販売に向け、打ち合わせもかねて白石様宅へ試作品のお弁当を持参しました。


 あなたが望んだリターンさえも、私のためだったんだと今日、改めて気がつきました。

 これほどの大きな恩恵に、私はどうすれば報いることができるのですか?

 できれば、せめて、直接会ってお礼を言わせてくださいませんか?】



「………!」


 アウローラさんは愕然とした気持ちを抱えながら息を飲み、慌ててスマホを閉じた。そして次の駅で途中下車する。



 そこは比較的小さな駅で、人の往来もまばら。


 その駅のベンチに腰掛け、スマホを握りしめたまま、アウローラさんは俯いた。



 瀬戸菊さんは、自分が『アウローラ』であることを知らない。

 名乗り出ることへの不安は計り知れない。


 落胆させるかもしれない。

 拒絶されるかもしれない。

 また傷つけてしまうかもしれない。


 しかし、それでも、向き合わなくてはならない。


「………」


 そして島津は、遠い斜陽を眺めながら、ゆっくりと立ち上がった。



              了

 

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