魔女に振り回された3日間

白雲八鈴

魔女に振り回された3日間

 目眩を覚える日差しの中、音という音が重なり合い、耳鳴りがする。銃弾の雨が降りそそぎ、瓦礫に身を潜めるが、瓦礫と銃弾の破片があたりに飛びかう。この機銃攻撃がもう半刻ほど続いているだろうか。

 この国の軍部は手荒いと聞いていたが、予想以上だ。こちらが建物に身を潜めているとわかると、戦車を持ち出し、建物を半壊にした。その後は、銃弾の嵐だ。建物を爆破しなかったのは、死体がある程度の形をしたまま必要なのだろう。


 半壊した建物を盾とし、銃を構え引き金を引く。一人、二人、三人と地に伏していく。

 リボルバーの銃弾を再装填し、次の標的に銃口を合わせたとき、思わず呻き声が口から漏れてしまった。まさか、クロコデール族を配置してくるとは・・・。

 残りは十人ほどだが、こちらの分が悪い。銃で反撃をしても、銃弾を通さない皮膚を持つクロコデール族では、それも無意味だ。

 クロコデール族は緑色を帯びた褐色の鱗状の皮膚と、鼻先が長くのこぎりのような鋭い歯を持ち、体は200トールと巨漢だが、俊敏な動きをする。指揮官としての能力は低いが、戦闘時の体力と行動力はずば抜けている。水中でもその力は衰えぬ水陸両用のため、各国の軍部に重宝されている。現にこの大陸最大のグラース帝国はクロコデール族を各軍部に配置することで、強大な力を維持している。あまりかかわりたくない種族のひとつだ。

 銃弾の雨はいっそう激しさをました。目視だけでも、九・二リル軽機関銃が三機に、八一リル迎撃砲が二機、五・五二リル突撃銃が数機確認できる。

 時刻は日が中天から傾きかけたころあいだ。日が沈むまで持ち越したいところだが、あと一刻ももたないだろう。身を潜めている瓦礫が先に崩れそうだ。


 鼻を劈く火薬と硝煙と死のにおいがたちこめ、一刻も早くここを立ち去らなければと逃げ道を探すが退路は断たれたようだ。俺の足元から声がするような気がするがよくわからん。

 ちっ。相手は容赦なしのようだ。

 今日は厄日だ。そうに違いない。私物の銃は仏になり、間借りしている銃は硬く、相性が悪い。他国の軍に姿を晒すわけにはいかず、こちらの正体がばれることはできない。

 そもそもの原因は俺の足元にうずくまっている女だ。

 なにが簡単な依頼だ。そもそも金額が破格すぎた。だから、俺はこの依頼を受けたくなかったんだ。


「こら! 聞いてないでしょ。」


 頭に衝撃が走る。横に目をやると手にはレンガであったであろう破片を持っている女が立っていた。こいつ、そのあたりの瓦礫でなぐりやがった。


「瓦礫でなぐることないだろ! 俺は忙しいんだよ。」


「この国の軍を相手にして、目をつけられるわけにはいかないでしょ! さっさと逃げるよ。」


「逃げ道なんて、もうねーよ。」


「あるじゃない。」


 満面の笑みをたたえ笑っている顔を見て、嫌な予感がした。


「周りは銃の嵐、空は飛べない。なら、下でしょ!」


 と、言った瞬間、足元に2メルほどの闇が口を開けた。




 事の起こりは、三日前に遡る。 


 しらじんできた空が雲の間から垣間見え、鳥の鳴き声と雨の音が耳に響く。この時間になると人の喧騒も静まりかえり、心地よい時間をすごすことができる。昨晩からしこたま酒を飲んだ身体を冷やすため、窓を開けた。明け方の湿気る雨のにおいが鼻を突く。ただなにも考えず、少し酒が抜けきらぬアタマにタバコの紫煙をみたす。このときを過ごすのがここちよい。

 ここは、ディアレーシュ。

 三ヵ国の国境が重なり合う山間に、約10テール四方に開けたところに存在する。町のそばには2テール程の湖があり、景観の良さからも温泉保養地や歓楽街を売りにしている町だ。山間の僻地にもかかわらず、各国の首都ぐらいでしかお目にかかれないロストテクノロジーが存在する。それを観に来る観光客はあとをたたない。

 しかしそれは、日が昇っているときの姿にすぎない。日が沈むと、クソ共のたまり場と変貌する。この町には数十の商工会ギルドが存在する。表向きは、観光客を食い物としているが、非合法な生業を飯の種としている者たちの集まりだ。俺はこの商工会ギルドの一つに身を置いている。

 このディアレーシュは、他国の干渉ができない無法地帯となっている。おのずと住み着く者たちは、自分の一族から追われているもの、通常の町では存在を忌み嫌われるものたちがほとんどになってくる。その者たちが商工会ギルドに身を置くことにより食い扶ちを稼いでいるわけだ。


 昼間は外の出入りする人で、夜はこの町の住人で騒がしくなるが、朝は静かなひと時を過ごすことができる。

 その静けさを錆びた階段を駆けあがるけたたましい音が打ち破った。閉まりの悪い扉が勢い欲よく開いき、お馴染みの顔がみえた。


「おっはよう、クライン。起きてる?」


「寝てねーよ。」


「うゎ。朝帰り?」


「セッキのうわばみに付き合わされていたんだ。」


「なーんだ。つまんなーい。」


 俺の朝の一服に水を差したのは、同じ商工会ギルドに所属するローズだ。外見的には種族を示す獣相はなく、十六・七の歳に見えるが、本当の年齢は知らない。部屋の戸口の前に陣取った姿に、雲の隙間から朝日が射し、いつもは黒く見える髪は青く透け、瞳は金色に光っている。肩より少し下で揃えられた髪を指でくるくるともてあそんでいる姿は幼さを覚えるが・・・。


「こんな朝早く、なんの用だ。」


「朝早く来たのは、クラインの寝起きに毒蛇をプレゼントしてあげようと思って。」


 そう言って、左手にはこのあたりで一番猛毒のある体長100トール程の赤い斑色の蛇を捕まえて、天使の笑顔をした魔女が立っていた。


「いらん。」


「せっかく捕まえて来たのに。」


 危なかった。油断ならない相手だ。

 外見にだまされてはいけない。ローズの顔は美人といわれる部類に入るだろうが、性格は最悪だ。きっと頭の中は、どう相手で楽しく遊ぶかでいっぱいなんだろう。


「それで用件は何だ?毒蛇が用件ではないだろう。」


「用件は、お金になりそうな依頼があったから、一緒に組まない?」


「内容によるな。それに俺の専門は考古学・発掘。お前の専門は賞金首ハント・嫌がらせ。俺と組む必要はないと思うが。」


「嫌がらせは趣味!関係ない。」


こいつの性格本当に悪いな。


「クラインは特にこれといって特技ないけど、体は頑丈だから、弾除けぐらいにはなるでしょ。」


 俺が気にしてることをサラッと言ってくれる。


「それで依頼内容はなんだ?」


「依頼書はギルドにおいてきたから、『ノワール・ネージュ』に来て!」


「お前もしかして、金額だけ見て来たのか?」


「ちゃんと内容も見てきたよ。」


 温容漂う顔で笑っているローズを見て嫌な予感がした。


「だって、昨日の夜に貼り出されたばかりなんだよ。さっさと押さえとかないと、獲られちゃう。」


 思わずため息が出てしまった。


「わかった。昼過ぎに顔を出すようにするから、まず、寝かせてくれ。」


「それじゃ、よろしく。」


 そう言って、背を向けて魔女が部屋を出ていった。戸を開けっ放しにして。とにかく寝よう。考えるのは、後にしよう。




 目を覚ますと灼熱の地獄だった。朝は小雨が降っていたのに、雨はやみ、日は高く上り痛いほどの光を地に注いでいる。部屋は蒸し風呂状態になっていた。時計を見るとちょうど昼時だった。この暑さには適わず、水道の蛇口をひねり、コップに水を注ぐ。

 この大陸で上下水道が完備されているのは珍しいことだ。東の大陸では完備されているところは多いが、この大陸ではあまり進んでいない。しかし、このディアレーシュは町ができたときに水道設備が整えられたそうだ。町ができて二千年経つらしいが、その時代、この大陸で水道設備が存在する文献はない。いったい誰が設計したのか気になるところだ。


 コップの水を口に流し込み渇きを潤す。ああ、そういえば出かけなければいけなかった。魔女の誘いを断るかどうかは、内容を見てからでもいいだろう。

 顔を洗ってすっきりし、目の前にある鏡に目がいく。水に濡れた白に近い小麦色の髪が顔にへばりついている。手でグシャグシャと髪をかきまわし、いつもどおりの猫っ毛のはねた髪形になる。獣相のない顔に、まだ眠そうな緑色の瞳が付いている。

 獣相のないもの。カイン獣人ティーアと呼ばれる、死人と同じ扱いをうけるもの。一般的に他種族との交配は禁忌とされ、他種族の子を持つと一族から抹消されることになる。理由として一つには、種の温存があげられ、二つには、二種族の力を持つ者が生まれ、種の脅威となること、三つには、その子供は異常に寿命が短いことがあげられる。種族により寿命に差はあるが、大体三百年前後生きる。しかし、多獣人フィールディーアと呼ばれる二種族の獣相をもち、それと同じ能力をもつ者の寿命は百年にも満たない。そして、極たまに獣相をもたないカイン獣人ディーアが生まれる。その者の寿命はもっと短く五十年ほどだ。だが、死獣人が嫌われる理由はその能力にある。死獣人一人で一個中隊に勝るとも劣らない力を持つからだ。


 しかし、それは俺には当てはまらない話だ。特にこれといって能力もなく、銃の扱いも人並みで、剣術は育て親に教えてもらった分、ましに扱うことができる。

 さて、そろそろ出かけないと、ローズの嫌がらせが襲ってきそうだ。

 財布とたばこをズボンのポケットにつっこみ、日よけの外套をはおり、腰紐でしばる。片刃の刀を腰紐に挿し、オートマチック・ピストルを懐にいれる。

 部屋の戸を開けると、痛いほどの光が降り注いでいる。フードを深く被り外に出た。


 六階建てのアパートの一番上が俺の部屋だ。眺めはいいのだが、太陽に近い分、熱がこもりやすいような気がする。錆びた階段を降り、石畳の路地に降り立つ。


「おや、珍しい。こんな時間にお出かけかい?クライン。」


 声をかけてきたのは、このアパートの大家だ。一階は食堂になっていて、天気のいい日は外にもテーブルが並ぶ。そこで昼食をとっていた。俺の育て親の知り合いで、幼いころから良くしてもらっている初老の女性である。多獣人で額に一角があり、爪は赤く鋭く伸び、瞳は横に長く空の色をうつしている。昔は、爪のように赤かったという白髪まじりの髪を一つにまとめて、やさしい顔をこちらに向けている。


「ホーシャさん、おはようございます。」


「ふふふ。おはよう。いつもは日が蔭るまで部屋から出てこないのにね。」


「黒髪の魔女に呼び出されたんですよ」


「あら、それは大変ね。気をつけていってらっしゃい。」


 ローズの悪趣味はこの人の耳にも入っているようだ。大家さんに軽く挨拶をすまし、商工会ギルドの場所へ向かった。


『ノワール・ネージュ』と書かれた看板に黒猫の絵が描かれている。宿場通りの一画にある酒場兼、宿屋だ。ここが俺の所属している商工会ギルドの表の姿である。扉に手をかけ、少し重みがある扉を押し開けた。中に入ると数人の人影がこちらに目を向けたが、すぐに各自の時間に戻った。中はあまり光窓がとってないので、薄暗い。建物自体が石で造られているため外よりは、涼しく感じる。右奥にあるカウンターに行き、腰を降ろしフードを外した。


「おはよう。クライン。何か食べるか?」


 そう言ってきたのは、俺の育ての親であり、ここのマスターだ。髪と目は深い藍色をし、顔には同じ色の刺青が左頬から顎にかけてある。見た目は二十五・六だが、今年で十八になる俺が知る限り、まったくもって歳をとっていない。外見に獣相はなく死獣人だが、大家のホーシャさんが年上と接するに話していたので、どれぐらいの歳なのか、死獣人なのかはわからない。不思議な人だ。


 そういえば、起きてから水しか口にいれてなかったな。


「昨日、しこたま飲んだから、何か胃にやさしいものがいい。」


 そう言うと、わかったと言って奥の厨房に入って行った。

 この時間は、外からの客がこないので、マスターが一人店番をしている。店番といっても仲間の話相手であったり、依頼の受注であったり、注文が入れば自分で厨房に立つこともある。そして、出てきたのは、野菜たっぷりのスープだった。おいしそうな匂いが漂い、スプーンでかき回してみたが、肉の影は見当たらない。

 思わず「肉は?」と心の声が漏れてしまった。


「栄養たっぷりだからおいしいぞ。最近、食事をちゃんと取ってないだろ。」


 確かにそのとおりだ。スープを口に運び、咀嚼する。甘みが口の中に広がり、喉を通る。久しぶりにマスターのスープを食べた気がする。


「めずらしいな、昼食を食べに来るなんて。」


 水を注いだコップを置きながらマスターが言った。


「朝早くにローズが部屋に押しかけて、ここに来るよう、言われたんだ。」


「じゃ、あの依頼にクラインを誘ったのか。」


 なんとも困ったような顔をしている。


「まだ、依頼の内容もきいていないし、一緒にやるとも言ってない。」


「じゃ、依頼書を取ってくるか。」


 といってマスターは奥に入っていった。


 スープを食べ終わろうかとしたところに、背を向けている扉が開く音がした。中に居た数人が警戒する空気が伝わる。扉を開けた人物はまっすぐ軽快な足音でカウンターの方に向かってくるが、周りの者は警戒をとこうとしない。刀の柄に手をかけ、足音が真後ろに来た瞬間、刀を抜き刄を相手の喉元に突きつけた。が、姿が見えず。下からの殺気、後ろのカウンターに飛び乗ったと同時に、丸みのある木のイスから鋭くとがった槍のような木の根が天井に向かって突き出した。


「おっしーい。」


 という声の方向に顔を向けると、カウンターの横でクスクス笑っているローズがいた。


「ローズ。頼むからここに顔を出す度に、嫌がらせするのはやめてくれ。みんな警戒しまくりだぞ。」


「やだ、こんなのを嫌がらせだなんて、だだのいたずらなのに…。ひどい。」


 といいながら、金色の瞳に涙をにじませた。ローズがこの『ノワール』に来たばかりのころは、よくこの女優涙にだまされた。そして、マスターに叱られたものだ。


「クライン。また、ローズを泣かせてるのか。」そうそうこんな感じで…。


 振り向こうとしたとき、後頭部に殴られた衝撃、バランスを崩して乗っていたカウンターから落ちた。


「マスター。クラインが意地悪なこと言ったの。」


「ちょっとまて、最初に攻撃してきたのは、ローズのほうだろ。」


「攻撃だなんて、あいさつじゃない?」


「じゃ、このイスから生えた木の根は何だ!」


 そう言って、いすを見たが木の根など影も形もなく、元の形に戻っている。これがエルバ族の血が混じっているローズの力だ。普通のエルバ族は生命力のない草木に新たに力を与えることはできない。できるとしても一部の王族か、高位の官吏ぐらいだろう。そして、何事もなかったかのように元の状態に戻す。それを悠悠と行えるのはカイン獣人ディーアだからなのだろう。


「喧嘩はそれぐらいで、クライン謝りな。」


「はぁ?なんで俺が謝らなきゃいけないんだ。」


「いいから。」


 俺はなぜマスターの言葉に逆らえないんだ?育て親だからだろうか。


「わるかった。」


 ローズを見ると、してやったりと顔に笑みが出ている。


「喧嘩が収まったところで。ローズ、クライン、これが依頼書だから、いつものようにサインいれて出すように。」


 といって一枚の紙をカウンターの上にに置かれた。







 朝霧の立ち込めるディアレーシュの駅は閑散としていた。始発を待つ人影は俺とどこに観光旅行へ行くのかと思うような大荷物と、その持ち主だけである。

 その大荷物の持ち主は白いワンピースドレスに大きなつばの帽子をかぶって、グラース食べ歩き紀行などという観光ガイドを片手に「あれと、これと」とつぶやきながら列車の中に入っていった。


「A-5は。あっ。クライン。ここの客室ね。」


 そう言って、上流階級の令嬢の格好をしたローズが客室のドアを開けた。

 客室はゆったりめの二人掛けのソファーがテーブルを挟んで向かい合わせに2つ、小さな洗面台とクローゼットがあり、寝台もそなえつけらてれいた。全体的に300年前に流行したギブザ調をベースに繊細な装飾と、金をふんだんに使用した重厚な雰囲気がかもし出されていた。


「ローズ、ここは1等級の車両だぞ。グラースに観光でも行くつもりか?」


「せっかく、グラース帝国の帝都まで行くんだから、おいしいもの食べないとね。」


 といいながら、早速くつろいで、観光ガイドのページをめくっている。


「それにグラース帝国の入国は厳しいから、観光客として入国するのが一番手間がかからないのよ。僻地ばかり行ってるクラインは知らないでしょうけどね。」


 たしかにグラース帝国は異端者に厳しい国だ。宗教国として戒律も厳しく、犯罪者への罰則は目にもあまることがある。俺たちのようなはみ出し者は、とくに生きにくい国だ。


「知らないと思って、クラインの服も用意しているから、大丈夫。」


 ふふふ、と笑う顔に悪寒を覚えた。


 ディアレーシュからグラース帝国帝都ラッパミルまで列車にゆられること丸1日、翌日朝に到着する予定だ。その間に2つの国境をまたぐことになり、それぞれ入国審査がある。


「ローズ、この格好はなんだ?」


「よーく似合ってるよ。ふふふ。」


 ふふふの悪寒はあたった…。ローズが上流階級の令嬢なら、おれは執事バトラーだ。


「今回の入国の設定は、東の大陸、ドメラキア国メーネセシス伯爵令嬢ミーナ=リア=メーネセシスよ。クラインはミーナのバトラーね。」


「実際の人物か?」


「そうよ。現にこちらの大陸にお忍びの旅行に来てるわ。これが詳細の資料ね。」


 渡された資料は、メーネセシス伯爵家の家系・使用人・家人の仕事・趣味まで多岐に渡って記載されていた。その中の一枚に一族の写真があった。


「ドメラキアっていうことは龍族ドラギーシャか。」


 龍族は本来、1テールと巨大な姿をもち、全身が強靭な鱗を身にまとっているトカゲに翼が生えたような種族だが、普段は他の種族と同じような大きさに姿を変えている。その姿は死獣人と同じ獣相のない姿だ。写真の中には威厳漂う伯爵を中心とし、両隣に5人の奥方、後方に3人の息子と2人の娘が写っていた。


「ローズ、ミーナ嬢は右端の娘か?」


「正解。よくわかったね」


 右端の娘の見た目は15,6歳だろうか、青緑の髪を肩でそろえ、隣の姉であろう娘に肩を抱かれ、笑顔をこちらに向けているが目はすべてを否定するような強い眼差しをしている。


「ローズにそっくりだ。特に目がきついところが。」


「嫌だ。こんなに怖くないわよ。ま、資料を読んでわかったと思うけど、我が儘娘ね。末っ子で母親を50歳のときに亡くしているから、まわりが甘やかしているって…。今年、152歳よ。それを子供あつかいするって、さすが10000年生きる龍族よね。」


 それだけでこのような目をするのだろうか?


「これだけの資料がそろっているなら大丈夫だろうが、本人とばったりってことはないだろうな。」


「それは無いわ。昨日の情報じゃ。今は装飾の産業国パトレア国にいるそうよ。そこから帝都ラッパミルに入ろうとすると逆方向からになるわ。」


「ならいいが、一番重要なミーナの執事の資料がないが?」


「それね、彼は最近雇われたらしく情報がないのよね。龍族であることはたしかなんだけど。」


「この資料、信頼性あるのか?」


「酷い、私がわざわざヒカに頼んで取り寄せたのに。」


「ヒカを脅しての間違いだろ。蝙蝠族の情報なら信頼性はあるか。」


 ヒカはディアレーシュの情報屋だ。蝙蝠族は世界中にちらばる同属と情報を共有することができる。


「なんだか珍しく慎重ね。」


「当たり前だ。俺の一番かかわりたくない国に行くんだからな。」


「多獣人や死獣人の偏見はすごいものね。」


 ギルドの連中は好き好んでグラース帝国での依頼を引き受けようとする者はいない。他国なら多獣人や死獣人は軽蔑視されるぐらいだが、グラース帝国では存在自体が犯罪となり、国の管理下により存在が認められるという。他国からの進入が露見すればよくて鉱山の強制労働、最悪の場合は死刑だ。


「難しい顔してるけど次審査が回ってくるわよー。」

 

 ローズが優雅にお茶をすすりながらにやっと笑っていった。どうやら、この状況を楽しんでいるようだ。


 コツコツコツコツとドアのたたく音が聞こえた。しかたがない、腹を据えなければならない。


「はい。」とドアを開ける。


 そこには二人の烏族が立っており


「入国審査にまいりました。入国手続書の拝見させていただきます。」と二人が同時に言った。


「こちらが入国手続書です。」


「では、拝見。ミーナ=リア=メーネセシス様があちらの方ですね。あなたがギヅ=サフェメア様ですね。グラース帝国はどのようなご用件で行かれるのでしょうか?」


「主に観光ですね。お嬢様がシラハ大聖堂を見てみたいと希望されているのですが。」


「シラハ大聖堂でございますか。残念ながら今は一般公開されておりません。」


「やはり無理でございますか、残念です。」


「ギヅ、よいのですよ。今回はお国の事情がございますもの。大聖堂はまた、今度にしましょう。この度はお悔やみ申しますわ。キイラズ祭に合わせて予定をしておりましたのに王妃さまのご拝顔がかなわなくなりましたことは残念ですわ。」


「ご丁寧にありがとうございます。では失礼いたします。よい旅を。」


 パタリとドアが閉まった。


「ねえ、なんで大聖堂なのよ。」


 早くもお嬢様の仮面が剥がれ落ちてしまったようだ。


「一番有名な観光地だからな、個人的にあの格調高い大聖堂が見たかっただけだ。」


「はぁ?何それ。ただ単に見たかっただけ?」


「あと、シラハ大聖堂には王宮への抜け道がある。」


 突如として頭に衝撃を受け、目の前に星が散った。目の前にローズの顔があることをみると頭突きをくらったようだ。ロースは胸倉をつかみつつ


「なんで、そんな情報を知っている。」すごい形相だ。


「知っているというか、ラミアーズ戦記・キッキョル碑石に記してある。実際に直接的には記していないが、ラミア騎士団長が捕虜としてグミレラ王宮の地下とらわれていた一文に、“長い暗闇の迷路を抜けるとグロネーズ様の荘厳なる姿が目の前に降臨された”とあって、キッキョル碑石には、“ときの黄金時代、国の栄華のすべてを神にそそぎこみグロネーズ教の礎を築いた。しかし、暗黒の時代がすべてを飲み込み、残るは黄金の鐘のみ“とある。黄金の鐘は大聖堂の鐘のことだろうし、グロネーズ神の姿は黄金時代の遺跡だろう。と読める。」


「それは感?」なぜ、かわいそうな人を見る目で見てくるんだ。


「私の知らない情報をなんで知っているのかと思ったら、ダダの妄想?なんだかムカついて頭突きしちゃったけどごめんなさいね。」


 ムカついて頭突き、ありえんだろう。いや、ローズならありえるのか。


「なんだか動いたらお腹が空いたわ。夕食をもらってきてくれない?」


「食堂車に行けばいいだろう。」


「クライン、いえ、ギズ。私は、ミーナ=リア=メーネセシス嬢なのよ。ここで、食べたいの。私の我が儘を聞くのが執事の役目でしょ?」


「それは、国に入るための役でしかないだろう。なんで、俺がおまえの我が儘を聞かなければならないんだ?」


「ばっかねー。どこで誰が見ているかわからないでしょ。壁に耳あり、障子に目ありよ。ふふふ。」


 何が壁に耳あり、ショージに目ありだ。そもそもショージってなんだ?聞き返したら『なーに、障子も知らないの』ってまた馬鹿にされるから聞かないでおく。



 事が起こったのは夜が明けぬ早朝のことだ。列車が戦争の小競り合いの余波をくらい爆破されたのだ。列車の先頭車両が破壊されたために走行不能となり、冒頭の銃撃戦真っただ中の戦場に俺とローズは放り出されてしまったのだ。

 ローズの無理やりな方法でなんとか命からがら逃げることができたが、元々こんな依頼無理があったんだよ。2人で出来るはずないだろ!王妃が急死した混乱の中でグラース帝国に囚われているトーディラ国の第三王女を救出するなんて!


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