少女マンガの悪役令嬢に転生したようですが、なにもした覚えがないまま婚約破棄シーンに突入していました。
桜月ことは
第1話
「ごめんなさいエリーザお姉様。実は……わたしダレル様のことを好きになってしまったの!」
ウルウルとエメラルド色の瞳を潤ませ、男爵令嬢キャロルが小動物のような愛らしい仕種で上目遣いをしながらそう告げてきた。
彼女の言うダレル様というのは、私、公爵令嬢エリーザの婚約者でありここガセルドル王国第一王子のことである。
「貴女、なにをおっしゃるの……」
人の集まるお昼休みに学園の中庭で私たちは注目の的となり、くらりと目眩がしてよろけてしまう。
その瞬間、私の頭の中に大量の映像と記憶が流れ込んできた。
あら? なにかしら、この状況どこかで観たことが?
◆◆◆◆◆
「ごめんなさいエリーザお姉様。実は……わたしダレル様のことを好きになってしまったの!」
ウルウルとエメラルド色の瞳を潤ませながら、男爵令嬢キャロルが小動物のような愛らしい仕種で上目遣いをしてそう告げる。
「貴女、なんて身の程知らずな!」
エリーザは鬼の形相になりキャロルの頬を思い切りビンタした。
「キャッ」
打たれたキャロルは赤くなった頬を押さえながら、より一層瞳を潤ませ謝り続ける。
「ごめんなさい、ごめんなさいお姉様」
気が付けば何事かと生徒たちの野次馬が集まり、騒ぎを聞きつけたダレルが人混みを掻き分け駆けつけてきた。
「何をしている!」
彼はヒーローのように現れ、迷いなくキャロルを背に庇いエリーザと対峙する。
「ダレル様、お姉様は悪くないの。お姉様を責めないで」
ポロポロと涙をこぼし、キャロルは縋るようにダレルの腕を掴む。
それはそれは健気で庇護欲をそそる仕種だった。
「キャロルが一体何をしたと言うんだ」
「全部わたしが悪いんです。わたしがダレル様を愛してしまったから!」
「っ!」
「あなたが好き! 王子様としてじゃない、わたしだけが知ってるありのままのダレル様を好きになったの! だから、この気持ちだけは誰にも負けない!」
キャロルは高々とそう宣言した。ぎゅっとダレルの手を握りながら、エリーザに向かって。
「貴女、身の程をわきまえなさい!」
「黙れエリーザ」
「っ!」
怒りで気色ばむエリーザにびくんっとキャロルが肩を竦めると、ダレルは冷たくエリーザを一瞥する。
「わたしはただあなたへの気持ちを伝えたかっただけです。お姉様からあなたを奪う気なんてないの。だから、わたし……今日をもってこの学園を去ります」
「キャロル!」
その瞬間、人目も気にせずダレルはキャロルを抱き締めた。
「良いか、覚えておけ。俺はお前を手放す気はない」
「でも、でも、ダレル様にはお姉様が」
「俺が愛しているのは、お前だキャロル。お前だけだ、王太子ではないただの俺などをいいと言う女は」
「ダレル様」
二人は見つめあい、やがてダレルはエリーザを見やった。
「エリーザ・ウェントワース。お前との婚約を破棄する。もう二度とキャロルに手を出すことは許さない!」
「どうして、ですの。私がなにをしたとっ」
「俺が知らないとでも思っているのか。お前がキャロルにした陰湿な嫌がらせの数々を!」
「どこにそんな証拠が!」
「空き教室にキャロルを呼び出し、泥水をかけ閉じ込めた主犯はお前だな! お前の取り巻きが白状したぞ」
「くっ」
「他にも余罪は山程あるはずだ。キャロルに俺へ近付かないよう脅迫したり、な」
「その女が悪いんじゃない! 殿下のお心を奪い私に恥をかかせるなんて! 許さない、許さないわ、キャロル!!」
キャロルはダレルの腕の中に収まりながら、同情するような眼差しをエリーザに向けていた。
「ごめんなさい、お姉様。わたしたちが愛し合ってしまったばかりに」
◆◆◆◆◆
「っ……」
ハッと気が付くと私は学園の中庭に立っていて、目の前には瞳をウルウルさせているキャロル男爵令嬢。
今まさにダレル様が好きと告げられた瞬間だった。
今の映像はなんですの? 予知夢?
いえ、違うわ。今のは私が前世で見た少女マンガ『ガセルドル王国のシンデレラ』に出てくるワンシーン。
その瞬間、私は全てを思い出し察した。
今から先ほど見た茶番シーンが展開される。私は前世で読んでいた少女マンガの中に転生した悪役令嬢。
その末路はヒロインをいびったことがバレ婚約者に捨てられ、さらなる虐めをヒロインに仕掛けて国外追放され規律の厳しい修道院送りのテンプレエンド。
物語としてはそれが丸く収まるハッピーエンドなんだろうけど……
でも私、この少女マンガを読んだときエリーザが可哀想と思ったことを覚えてる。
可愛がっていた後輩ヒロインに婚約者を取られ大勢の前で婚約破棄なんてされたら、普通傷つくでしょう。虐めはよくないけど、エリーザをそんなことまでさせてしまう精神状態に追い込んだのは二人なのに。エリーザだけを100%悪者扱いなんて。
「ああ、なんで今頃思い出しちゃうの……」
私は小さく呟いた。
だって、思い出したのが遅すぎる。
もっと幼少期に思い出していれば、ダレル様と出逢わないようがんばったのに。
せめて彼のことを本気で好きになる前に思い出したかった……
(私だって、大好きだった……)
政略結婚ではあったけど、ダレル様と夫婦になる日を待ち遠しく思っていた。努力家でちょっぴり不器用なあの人を妻として支えたかった。
だから厳しい王妃教育だってどれだけ大変でも苦じゃなかった。けれど。
でも、それは叶わないんだわ……
「ごめんなさい、お姉様」
目の前にはウルウルした瞳の男爵令嬢。
私は今からこの愛らしいシンデレラに婚約者を奪われる。
もう、舞台は幕を開けてしまったのだ。
(ど、どうすれば? 物語通りビンタをするべき?)
でも修道院送りなんて受け入れられない。
待ち受けるのは公開断罪と婚約破棄。運命に抗うにしても、気付くのが遅すぎた私は途方に暮れ……しかし、とあることに気がついた。
(ん? でも私、まだヒロインさんに一つも嫌がらせしてないわ)
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