ダレルside4

 あれから数日、キャロル嬢に嫌がらせをしていた令嬢たちの誰もがエリーザの命令でしていたのだと口を揃える現状に俺は頭を抱えていた。


 さらに問題はそれだけではない。ここ数日、何度もエリーザと話がしたくて接触を試みたが学園で姿を探すも。


(エリーザ!)


 遠目で彼女を見つけ近づこうとすれば、エリーザはそそくさと俺に気付かないフリをしてすぐにいなくなってしまうのだ。

 これはもう勘違いではなく彼女に避けられていると認めるしかない状況だった。

 彼女がこんな態度を取るなんて、これはそうとう嫌われてしまっている可能性が高いのではないか?


(……どうすれば、前の様に普通に話せる関係に戻れるんだ)


「エリーザお姉様にはやましい事があるから、わたしたちを避けているに違いありません」

 いつからいたのか突然現れたキャロル嬢が大きなエメラルドの瞳を潤ませながらそう訴えてくる。

「…………」

「皆の証言を聞いてダレル様もお気づきになったでしょう、お姉様の本性に。わたし、怖いんです。このままじゃお姉様に、もっとひどい事をされてしまうんじゃないかって……怖いっ」


 抱きつかれそうになったので彼女を手で制し俺は「もう少し時間をくれ。詳しく状況を調べよう」とだけ告げその場から離れた。

 他の生徒たちの目もある場所で抱きつかれなどしたら、余計な噂がまた広がる。これ以上、エリーザに誤解されたくない。


(それに……)

 確固たる証拠を掴むまではキャロル嬢の方も刺激しない方がいいだろう。

 瞳を潤ませ上目遣いで訴えてくる一見男の庇護欲をそそるようなあの目。

(男に取り入るのがうまい父上の愛人たちにそっくりだ)

 正妻を亡くした父上の寵愛を独り占めしようと躍起になる女を何人も見てきた。どんなに外面を取り繕おうと俺はあのぎらついた欲深さの滲む目には騙されない。


(となると、噂の真の元凶が何者なのかは明らかなのだが)

 証拠がなければ意味がない。

 本当は自分の手だけで解決したかった。だが噂の広まるスピードや学園の雰囲気を察するとかっこを付けている場合ではないな。


「……オスカー近くにいるんだろ」

「はい、ここに。ご用ですか?」

 物陰に控えていたオスカーがうずうずとした顔をして姿を現す。なにを命じられるのかすでに察しているのだろう。


「……エリーザが主犯だという噂がどうにも解せぬ。お前の人脈を使って調べてはくれないか?」

 女癖をどうにかしろと注意することの方が多いが、こういう時に自然とご令嬢たちの輪に入り込めるのがオスカーの強みだ。

「我が主の命とくれば、すぐにでも」

 オスカーは大げさに恭しく頭を下げると、待ってましたとばかりに動き出した。






 それから数日。

 オスカーのおかげで新証言やキャロル嬢の自作自演だという証拠があっというまに集まる。

 俺がどんなに探りをいれても、進展がなかったというのに。そんな若干の不満が伝わったのかオスカーは笑いながら「適材適所ですよ。アナタの仕事は自分で動くことじゃない。配下を動かす事でしょう」と言った。


「さて証拠は揃いましたけど、どうやってエリーザの汚名を晴らすおつもりですか?」

「そうだな……その前に、一つ聞きたいことがある」

 オスカーはきょとんとした顔をする。なにを聞かれるのか予想出来ていないようだ。


「お前たちは……本当になにもないのか?」

「は?」

「お前とエリーザは本当に想い合っているわけではないのかと聞いている」

「まだそんなことを」

 オスカーは一瞬呆れたような顔をしたが、顎に手を当てなにか思案した後。


「もし、そうだとしたらどうします?」

 真っ直ぐに俺を見てそう質問を返してきた。

 いつもの茶化した様子はなく、真面目な面持ちで。

「オレに譲ってくれるんですか? アイツのこと」


 脳裏に先日の二人の姿が浮かぶ。

 泣いたり笑ったり自然体でいられる程、彼女が心を許しているのは俺ではなくてオスカーなのだろう。

 嫉妬でじりじりと胸が焼けるようにヒリつくのを堪えその事実を俺は認めた。だが。


「……誰にも譲る気はない」

 こちらを見るオスカーの目をしっかりと見返してそう答えた。

 たとえエリーザの気持ちが今は俺になくとも、振り向かせる努力もせずに引き下がる程度の想いではない。

「俺は一歩も引かない。だが……誰を選ぶか最後に決めるのはエリーザだ」


「……王命を盾に取るとか、縛り付けてでも離さないとは言わないんですね」

「そんな事はしない。俺といても幸せにしてやれないなら、意味がないだろ」

「殿下らしいっすね。そういうところ、嫌いじゃないですよ。我が主殿」

「なんだ、茶化すな」

 オスカーは楽しそうに笑うとバシバシと俺の背を叩く。

 気安い奴だがこの男のこういう物怖じしないで俺にも接するところは嫌いじゃない。


「まあ、心配しなくてもお互いの想いをぶつけ合ったら全部解決すると思うんで、がんばってください」

「どういう意味だ」

「応援してるって意味っすよ! 昔から二人の恋路を見守ってきた者としてはね」


 突然なんだと聞こうと思った時、それを遮るように男子生徒たちの話し声が聞こえてきた。

「おい、あっちのほうでエリーザ嬢とキャロル嬢がやりあってるらしいぞ」

「やっぱり正妻の座を奪われて黙ってるわけないよな」

「わぁ、ついに直接対決か。見に行こうぜ!」

 下世話な笑い声をあげ彼らが駆けてゆく方向へ目を向ける。


「殿下」

「ああ、行くぞ」

 皆に分からせなければいけない。俺が愛しているのはエリーザただ一人だと。


 彼女は俺の想いを知って驚くだろうか。困らせてしまうだろうか。

 それでも構わない。遠慮ばかりして思いも伝えられぬまま横から攫われてゆくのを見ているだけなどごめんだ。

 そう覚悟を決め俺は駆け出したのだった。




 この後、まさかエリーザの方から想いを告げてくれるなどとは思いもせずに。




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 ダレルsideはこれでENDです。もうひとつ後日談その2を公開してこのお話は完結予定となっております。

 ここまで読んでいただきありがとうございます!

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