第3話

 噂の真相を確かめるにしてもどうしたら良いのかしら。


 本人に直接問い詰める勇気はなくて、私はダレル様の側近であり同じ学園に通うオスカーを探した。彼は私よりもダレル様の近くにいる機会が多いからなにか知っているかもしれない。

 しかし彼の教室に行っても姿はなくて、お昼時だったので食堂にいるかとも思ったがそこでも見つからなかった。




 私はあてもなく賑わう中庭を歩いていた。すると。


「見てキャロルさんよ」

「また殿下の事を探しているのね」

 ヒソヒソ話をしている生徒たちの視線の先を追うと、キャロルさんがキョロキョロとしながら中庭を歩いている姿を見つけた。

 前まではお昼休みになるとよく私の所へ会いにきてくれていたのだけど、そういえば最近は私がダレル様と一緒にいる時にしか来なくなっていた気がする。


 やがて噴水の前にいるダレル様の姿をみつけた彼女は、ぱぁっと花が咲くような表情を見せダレル様の元へ駆け出した。


「ダレルさま~、きゃっ!」


 大声でダレル様の名前を呼ぶものだから大勢がぎょっとした顔で彼女を見ている。悪目立ちもいい所だ。

(ああ、しかもコケた)

 ドジっ子気質のある彼女はダレル様の目の前で豪快に蹴躓いて……彼の胸に思い切り飛び込む。


 ズキンーー


 その光景を見た途端、私は頭痛と眩暈に襲われた。


(この光景どこかで……)


 ここからでは何を話しているのか聞こえないけれど、ダレル様の胸に飛び込んだキャロルさんは顔を上げると恥ずかしそうに頬を赤らめ微笑んでいる。

 それは同性の私から見ても守ってあげたくなるような、可愛らしい笑顔だった。


 ズキンズキンーー


 これ以上見つめ合う二人をみたくない。

 胸騒ぎがして眩暈と共に胸が苦しくなる。




◆◆◆◆◆



「痛いっ」

 キャロルは眉をしかめ自分の右足を庇った。

 躓いたせいで足を挫いてしまったようだ。

「どうした」

「いえ……」

 ダレルに心配をかけたくなくて、なんとか痛みを耐えようとしたキャロルだったが。


「お前はしょうがない奴だな」

 そう言いながらダレルは人目を気にすることもなくキャロルを軽々と抱き上げる。

「きゃっ」

「このまま医務室まで運んでやろう」

「ダレル様」

 他の生徒たちの視線が恥ずかしくて、キャロルはぎゅっとダレルの胸に顔をよせ、そのままお姫様だっこで運ばれたのだった。


 そんな二人の姿を木の影から睨むエリーザの存在に気づくこともなく。



◆◆◆◆◆




(な、に……いまの……)


 一瞬なにか白昼夢のようなものを見た気がしたけれど、すぐに思い出せなくなった。それよりも強い眩暈が気持ち悪くて、私は堪えられなくなりその場に蹲る。




「エリーザ!」


 踞った私の元へ誰かが駆けつけてくれた。


「ダレル様?」

 顔を上げると先程まで噴水前でキャロルさんを抱き止めていたはずのダレル様が、心配そうに顔を覗き込んでくる。


「どうした。気分が悪いのか?」

「いえ……おそらくただの軽い貧血ですわ。でも、もう落ち着きました。大丈夫です」

 心配を掛けたくなくてそう答えた私を見て、ダレル様は複雑そうな顔をなさる。

「……嘘をつくな」

「え?」

「大丈夫と言うなら、なぜ泣きそうな顔をしている」

「っ!」


「お前は昔から一人で抱え込む所がある。無理をする前に、そんな顔をする理由を俺に話せ」

 そんなつもりはなかったのだけれど、私はいつの間にか分かりやすいぐらい辛そうな顔をしていたのかしら。

 けれどこの胸を支配する不安と胸騒ぎの原因は自分でもよく分からないから説明のしようがないわ。


「俺ではお前の相談相手に相応しくないだろうか」

「いえ、そんなことっ「エリーザお姉様ー!」」

 私の言葉を遮ったのは鈴が鳴るように愛らしい声。こちらに駆けてきたキャロルさんが私たちの間に割って入る。

「大丈夫ですかぁ? どこか痛いところでも?」

「心配かけてごめんなさい。大丈夫よ」


 ゆっくり立ち上がると頭痛も眩暈も治まっていた。一体なんだったのかしら。


「もう動けるわ」

「だが、無理はするな」

「えっ、きゃあ!? な、なにを!?」

 突然横抱きされ驚きのあまり声が裏返ってしまった。

「また倒れたら危ない。このまま医務室まで連れていこう」

「やっ、これは恥ずかしすぎます」

 足をバタつかせてみても下ろしてくれない。というかビクともしない。


「もう、ダレル様お姉様がビックリしてます。下ろしてあげてください!」

「しかし……」

 私が再び大丈夫だからと懇願すると、ようやくダレル様は私を下ろしてくれた。

(し、心臓に悪すぎますわ)


「お姉様、ダレル様が驚かせてしまったみたいですみません」

「いえ、大丈夫よ」

 ……ん? なぜキャロルさんが謝ってくるの?

 さもわたしの彼がすみませんみたいな言い方に聞こえるのは気のせいかしら。私の心の問題かしら……


「なら、せめて医務室まで掴まるといい」

 ダレル様はそう言うとエスコートするように腕を差し出してくださった。

「ありがとうございます、ダレルさっ「痛いっ」」

(え?)

 突然上げられた声に驚いてキャロルさんの方を向くと、彼女は眉をひそめ右足を庇って立っていた。


「ど、どうしたのキャロルさん」

「だ、大丈夫です。気にしないでください」

 彼女は健気にそう言い自分も医務室まで付き添うと申し出てくれたのだけれど……ぴょこぴょこと足を引きずる彼女の方が、どうみても医務室に連れていく必要がありそうだった。


「…………ダレル様、キャロルさんが辛そうだわ。医務室まで彼女に腕を貸して差し上げて」

「しかし……」

「そんなっ、お姉様の方が辛いのに。わたし、大丈夫です。このぐらいっ……」

 そう言いながらも足を庇い痛そうにしてよろける彼女は見ていられない。


「ねっ、ダレル様。私は一人で歩けますから」

「……そうか」

 ダレル様はなにか言いたげな顔をしていたが、私が再度お願いすると頷き彼女に腕を差し出した。

「ダレル様……えへへ、ありがとうございます」

 彼女は嬉しそうにそれに応じ、彼の腕に寄り添い歩き出す。

 二人寄り添う姿を見て少し羨ましくなってしまったけれど、足を挫いているキャロルさんをほうっておけないもの。仕方ないわ。


 結局、私はそんなお二人を後ろから眺めるように医務室まで向かうことになったのだった。



 あら? そういえばキャロルさん、先ほど私の元へ普通に駆けて来なかったかしら?

 気のせい……よね?

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