第2話
~~ 遡ること数ヶ月前 ~~
「あら~キャロルさん、そんなところに寝転がっては皆さんの邪魔ですわ」
「庶民の出の方は、地面に寝転がるのがお好きなのかしら」
人気の少ない学園の裏庭から、くすくすと嫌味な笑い声が聞こえてきた。
のんびりとお昼休みの散歩を楽しんでいた私は、なにかしらと数人の女子生徒がいるそこへ顔を覗かせる。
女子たちが意地悪な視線を送っている先には、一人の少女が膝を擦りむき蹲っていた。
ふわふわした桃色の髪にエメラルド色の瞳。小柄で愛らしい容姿の美少女だった。
その少女を見たのは初めてだったけれど、聞こえてきたキャロルという名にピンときた。
この学園に通うのは15~18歳までの貴族や王族の子女が殆どだが、今年の一年生には庶民育ちであり一年ほど前に男爵家の養子となった経歴の女子生徒が入学してきたと、私の周りでも噂になっていたから。
産まれたときから貴族であるということに選民意識を持つ一部の生徒たちが彼女を見下し排除しようとしているのだろう。学園の規則では、そういった差別的行いは禁じられているのに。
令嬢の一人が水の入ったバケツを彼女へむかって投げつけようとしたところで、見かねた私は声をあげた。
「おやめなさい、あなたたち」
「っ!」
「エ、エリーザ様!」
イキイキとキャロルさんをいじめていた彼女たちの顔が青ざめる。
どうやら彼女たちは私の顔を知っていてくれたようだ。話が早くて助かる。
「なにをしているの?」
「こ、これは、違うんです!」
「わたくしたちはっ」
「キャロルさんが、わたくしたちの目の前で勝手に転んだだけですわ! いきましょう、皆さん」
このグループのリーダーらしいご令嬢がそう声をあげると、他の生徒も頷きそそくさと立ち去っていった。
「貴女、大丈夫?」
言いながら私は膝を擦りむいている彼女にハンカチを差し出した。
「ありがとう、ございます……」
それがキャロルさんとの出会いだった。
◆◆◆◆◆
いじめられていたキャロルさんを助けてから一ヶ月後
「エリーザお姉様」
「あら、キャロルさん。ごきげんよう」
彼女はあの出来事をきっかけに私をお姉様と呼び慕ってくれるようになった。
キャロルさんをいじめていた生徒たちも、私と親しくしている彼女に手を出さなくなったようだ……と思っていたのだけれど。
「あら、その手の甲どうしたの?」
キャロルさんが右手の甲に包帯を巻いていた。
また誰かになにかされ怪我をしたのかと心配になったのだが。
「実は……今朝、木から落ちちゃって」
「えぇっ!?」
「朝、中庭で巣から落ちている小鳥さんを見つけたんです」
それで巣に戻すため彼女はせっせと木に登ったらしい。それは随分とお転婆な……
そしてあろうことか足を滑らせ落下したらしい。
ズキンッーー
その話を聞いた途端、なぜか私は軽い頭痛と眩暈を覚えた。
(なにかしら、このデジャブ感??)
初めて聞いたはずなのに聞いたことのある出来事のような感覚と胸騒ぎに戸惑う。
そんな私に気付くことなく彼女は夢中で話を続けた。
「でも、通りかかった男性が受け止めてくれて」
「まあ、よかったわね。その方は、貴女の命の恩人ね」
「そうかもしれません。でも、お名前も聞けなくて……また、会えたらいいんですけど」
なぜかしら。やっぱりこの話、どこかで聞いたことが……
「エリーザ、ここにいたのか」
また軽い眩暈を感じていると名前を呼ばれた。振り向くと婚約者のダレル様の姿があった。
漆黒の髪に紺碧の瞳を持つ遠目から見ても目を惹く長身の精悍な美丈夫で、家同士が決めた政略的な結婚の相手ではあったけれど、私は昔からずっと彼をお慕いしている。
「ダレルさっ「あー! あなたは今朝の!!」」
私の声はそれに被さったキャロルさんの叫び声に消された。
「ん? ああ、お前は今朝、木から降ってきた」
「もう、恥ずかしいです。そのことは忘れてください!」
二人は見つめ合いキャロルさんは頬を赤らめながらも嬉しそうに微笑んだ。
それが彼と彼女の出会いと再会のきっかけだった。
◆◆◆◆◆
それからさらに一ヶ月ほどが過ぎた。
ダレル様といる時にキャロルさんと会って三人で話したり、キャロルさんと話している時にダレル様が来て三人で過ごしたり、そんな感じで三人の時間が増えた気がしていたのだけれど、そんなある日。
「エリーザ様、わたくしたちもう我慢なりません」
「そうですわ! キャロルさんったら庶民の出のくせにダレル殿下にベタベタと馴れ馴れしい」
私のご学友たちがお冠でそう訴えてきた。
ゴーサインがでたらすぐにでもキャロルさんに噛み付きそうな勢いだ。
「皆さん落ち着いて。どうしたの急に」
私は彼女たちがそこまで怒っている理由が分からなかった。
確かに最近ダレル様と過ごす時は必ずといって良いほどキャロルさんも一緒なので、二人きりで過ごす時間がなくて寂しいとは思っていたけれど。
それは私個人の問題だし、彼女たちが怒るようなことじゃない。
「どうしたも、こうしたもありませんわ! あのキャロルとかいう男爵令嬢、ダレル殿下の周りを毎日チョロチョロと」
「二人きりで人気のない花園から出てくるのを目撃した方が何人もいますのよ!」
「わたくしは彼女が殿下に恐れ多くも手作りのクッキーを渡している所を目撃しましたわ!」
「え……?」
それは初耳でした。三人でいる時間が増えたと、私はそう思っていたのだけれど、それとは別にダレル様とキャロルさんの間には二人だけの時間があったということ?
「まあ、エリーザ様お顔の色が真っ青ですわ」
「お可哀想に、知らなかったのですね。あの二人の関係を」
二人の関係って何?
ダレル様は私の婚約者で、キャロルさんは私の友人。それだけでは、なくって?
「今からキャロルさんを問い詰めに行きましょう! いったいどういうおつもりなのか」
彼女たちが動き出そうとしたところで、私は慌ててそれを止めた。
「待って……ありがとう皆さん、私を気遣ってくれて。けれど、大丈夫よ」
本当は全然大丈夫じゃなかった。動揺で心臓がドキドキしている。
けれどそれを彼女たちに悟られてはいけない。暴走してキャロルさんになにかしてしまう子が出るのは悲しいから。
「彼女を問い詰めるのは、お止めになって。大切な友人である皆さんに、そんなことしてほしくないの」
「エリーザ様、お優しいのですね」
「本当に。わたくしなら、婚約者が他の女性と二人きりで会ってるなんて堪えられませんわ」
私だって同じ気持ちよ。ダレル様が他の女性と二人きりで過ごしているなんて悲しい。
彼女たちを従えるつもりはないけれど噂の真相は確かめなければと、私は決意したのでした。
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