スゥイーティー果実砂糖菓子

naka-motoo

君甘味に溺れ給うこと勿れ

 すぅいーと・アイテム・アドバイザー。


 語感でありそうな職業だとは思ってはいたけどまさか自分が本当にその当事者になるとは思ってもいなかった。


 ザッハ・トルテ


 和三盆


 ザラメたっぷりのカステラ


 ベリーのつっぷんとしたヨーグルト・ムース


 すぅいーと・アイテム・アドバイザーっていうのは、漫画や小説を書いている創作家の方たちへ作中に登場させるための甘味を提案する職業なんだけど。


『買って』くださるのは主にアマチュアの・・・・・ワナビさんたちだから価格設定は極めてリーズナブルでないといけない。


「現物で支払いじゃダメですか」


 アパートの家賃が払えないぐらいの状況なのでそう言ってわたしのサムネ画を描いて下さった漫画家さんもおられたし。


「塩辛に合う甘味ってありませんか」

「はい?」


 前衛小説なのだろうか。

 難儀なオーダーをする自称鬱作家さんもおられた。


 当然ながら大半の仕事をツイッターのDMで受けるのだけど、稀に直接面談したいっていうお客さんもおられる。


「・・・・・・・アマミさんですか・・・・?」

「ちゅるりーらさん?」


 漫画家さんなんだけど。


 どうみても中学生、しかもついこの間まで小学校に通ってたんじゃないかっていう幼い顔をした男の子だった。


「漫画読みました」

「あ、ありがとうございます・・・・・・・どうですか?」

「いいですね。狂ってて」


 ほんとに狂ってる漫画だったんだ。


 バンドでも漫画でも小説でもそうだけど、狂ってるのが天才だって勘違いしてどこかからの借り物の哲学程度の思考を引用して狂ってるぶってるひとたちがいるけど、わかるんだよね。


 ホンモノかどうか。


「僕・・・・・狂ってますか・・・・・?」

「あ、ちゅるりーらさんが狂ってるって訳じゃないですよ。作品が凄まじく狂気に満ちてる、ってことであって」

「ありがとう・・・・・・ございます?」

「疑問形じゃなくていいですよ。断言しますよ。あなたの漫画、素晴らしいです。あなたの漫画、わたし好きですよ、ちゅるりーらさん」


 わたしは都内でも最高級の部類に入るフルーツ・パーラーで彼と待ち合わせして、わたしが指定したのだからと、わたしが支払う前提で木苺のシャンティをオーダーしてふたりの小さな丸テーブルに運ばれて来た時点で仕事の話に入った。


「ちゅるりーらさん。オーダーは?」

「甘い、女の子です」

「え」

「甘い、甘い、女の子を・・・・・・キャラ設定してください」


 規格外予想外の注文だった。

 つまり彼は今プロットを練っているラブコメの中学生男子の主人公の設定はできたけれども、ヒロインとなる同級の女の子の設定がどうしても形にならないというのだ。


「ええと・・・・・・・甘味がわたしの専門なんですけど」

「アマミさん。お願いです。僕はこの漫画に賭けてるんです」


 いいんだろうか、っていう気持ちと、なんだか今までにわたしがいわばキャラ設定のようにイメージや・・・・・時には実際にレシピを作って作家さんにお渡ししてよりリアルな創作のアイテムとして利用してもらったこともあるわたしの可愛いスイーツたちの集大成のような気もしていた。


「ちゅるりーらさん」

「はい」

「名前とかも性格とかも・・・・・もちろん容姿のイメージも甘々でいいですよね?」

「はい。お願いします」


 彼のオーダーを受けたその晩から、三度の食事をすべて甘味にした。


「うーん・・・・・ちゅるりーらさんのプロットだと舞台は両親が長期海外出張に出かけてしまってふたりで暮らすメゾネットなんだよなあ・・・・」


 初日は不覚にもフライパンで油多めに炒めるようにして作る簡易版大学芋にしてしまったけど・・・・・イメージはやっぱり洋菓子か・・・・・


 二日目、朝。


「フレンチトースト・・・・・でもなあ、なんか、重量感ある女の子になりそうだしなあ・・・・」


 三日目、昼。


「巨峰のパフェ・・・・・・・この喫茶店、パフェの種類がありったけでわたしのお気に入りだけど・・・・・・・パフェだとなんだかごった煮の彼女みたいな感じだなあ・・・・」


 四日目、夜。


「リーフパイ・・・・・・・・お洒落なことこのうえないけど、なんかスマートすぎるかなあ・・・・・・・物語に幅がでなさそうだなあ」


 いっそほんとうに『甘い』ってことだけに特化したお菓子の方がいいかなあ・・・・


 五日目、朝。


「マロン・グラッセ・・・・・・・・・ザ・砂糖菓子、って感じだけど・・・・・・・名前をマロンちゃんとか、ちょっと安易すぎるしなあ・・・・」


 六日目、夜。


「ついに禁断の・・・・・・・一個一万円するマンゴーに手を出してしまった・・・・・・これじゃあコスト割れだよぉぉぉぉぉ・・・・・・」


 マンゴーの甘さがもったいなくて歯磨きをせずに眠ったら、夢の中まで舌が甘味を感じているようだった。


『アマミちゃぁん。あなた、恋をしたことあるのぉ?』

「あれ?あなたは?」

『角砂糖の化身だよぉ』

「あ。じゃあ、コーヒーに」

『うわとと!待ったぁ!入れない入れない!溶けちゃうからぁ!』

「あ。ごめんなさい」

『ねぇねぇ、アマミちゃぁん。あなた、甘味ってどんな存在だと思う?』

「この世の憩いですね」

『即答だねぇ!で?あなたは恋をしたことがあるのぉ?』

「い・・・・・いちおう、23歳ですから・・・・」

『23歳だからぁ?』

「・・・・・す、すみません、生まれてから一度も彼氏がいたことないです・・・・」

『わぁ・・・・・かわいそうにぃ・・・・かわいいココロしてるのにねぇ』

「くふ」

『顔だってかなりかわいいよぉ』

「くふくふ。お世辞言わないで・・・・・」

『世辞じゃないぃ・・・・・・アマミちゃぁん。砂糖菓子の甘さは、恋の代替』

「ええ?」

『疑似恋なのよぉ』

「ニセモノの甘さ、ってことですか」

『そう深刻にならないでぇ・・・・あ、つまりそうそう!肉体も甘いってことよぉ』

「しゅ、酒池肉林・・・・・?」

『違う違うぅ!んー・・・・・・ココロも甘い、っていうことかしらねぇ』

「ココロ、ですか・・・・・・」

『だから、思い切って差し出せばぁ?』

「え?」

『あなたをぉ!』


 なんていやらしい夢だ・・・・・・・・・


 七日目。


 受注の納品期日だ。


 今度の面会場所はおぜんざい屋さんを指定した。


「甘いですね・・・・・・」

「それはぜんざいですから。小豆の他は、砂糖の権化みたいなものですからね。はい、塩昆布」


 わたしはちゅるりーらさんに塩昆布の入った小鉢を差し出して、いい加減わたしもぜんざいの甘味で頭痛がするほどだったので、塩昆布を齧って熱いお茶を頂いた。


「それで・・・・・どんな女の子が・・・・・」

「はい。これです」


 わたしはいつも使っているタブレットPCを彼の前に、トン、と置いてプレゼンした。


 ①性格:甘いようで、実はしょっぱさが6:4で勝っている

 ②出自:表向きは経済的に上級の両親がいるけれども、実は恩恵に預かって生きていない。

 ③語尾がやや下がり気味。

 ④身長は中学生の割には高い

 ⑤顔は・・・・・・・・・極めて普通

 ⑥名前は・・・・・・・・・・・・・


「えと・・・・・・・・『アマミ』・・・・・?」

「はい」

「・・・・・・・・・え!?・・・・これ、アマミさん!?」

「ダメですかね・・・・・・・・」

「い、いえ・・・・・その・・・・これがアマミさんご本人のリアル『設定』ならば・・・・ものすごくのめり込める漫画になるって確信できますけど・・・・・いいんですか?」

「なにがですか」

「だって、その・・・・・・僕みたいなキモイ中学生の男に、漫画に描かれるのって・・・・・」

「わたしは特に」

「あの・・・・・・もしかしたらデートのシーンとかも、アマミさんを想像して描くかもしれませんよ・・・・・・?」

「別にわたしは」

「も、もしかしたら・・・・・・・キスシーンとかも!」

「か、構いません!わたわたわたしは大人の女ですから、それぐらい別に何の問題もないですし、ちっとも気になりません」


 やだ。


 顔だけでなくって、うなじから背中にかけて・・・・それから胸の辺りも、お腹の少し下の辺りも・・・・・太腿にまで火照ってるのが分かるよぉ・・・・・


「ア、アマミさん・・・・・・・」

「は、はい・・・・・」

「こ、これからも会っていただいて大丈夫ですか?その・・・・・時折デッサンの狂いとか、微修正したいですから・・・・・・・」


 言ってる意味が少し辻褄が合わないけど、とにかくわたしは返事した。


「ええ・・・・・・ええ・・・・・・一緒に甘味に溺れましょう」

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