タバコとアメ玉

春野訪花

タバコとアメ玉

「ねえ、不味くないの、それ」

 背後からの声に目だけを向ける。私に抱きついてくる彼女は、棒がついた飴玉を口の中で転がしていた。口から伸びる棒は真っ白で、それはとてもとても甘いのだろうなと思った。

 私は咥えていた「棒」を指で挟んで取った。そして口から白い白い煙を吐き出す。口の中に充満するそれは酷く苦い。

「不味いね」

 煙のように軽い声が出た。

 吐き出された煙はすぐさま消えていく。指に挟んだそれから、絶え間なく煙が立ち上がっていた。

「だよね」

 美味しくなさそう、と彼女は顔をしかめる。よほど嫌いなのだろうか。私は再び不味いそれを咥えて吸う。不味くてもこれがなくては落ち着かなくなってしまった。特に、そう、甘そうな彼女といる時は。

 沈黙。

 黙々と動く煙で、かろうじて時間が進んでいることがわかる。それくらいに私も彼女も動かなかった。自分の心臓が動いていることなんて忘れてしまう。

 やがて、彼女が私の背後から手を差し出してきた。

「ねえ、一口ちょうだい」

 コロコロと彼女の飴玉が転がる音がした。好奇心旺盛な子どものような口調でねだってきた彼女の手が、戯れるように私の目の前でプラプラ揺れる。

「嫌いなんじゃないの?」

「嫌いだったら吸ってる人のそばにいないよ」

 彼女が私の背中に体を寄せてくる。柔らかい体を感じて、ケーキのスポンジを彷彿とした。やはり甘そうだと思う。

「体に悪いよ」

 言いながら、私は再び口をつけた。悪い悪いそれが、体を充満し、何かを満たしていく。満たされたそれは、悪い悪いそれをもっと欲する。そうして染まっていく。

「一口だけなら大丈夫だって」

 彼女の手が、私の手に伸びてくる。

 その手を避けた私は振り返って、火が付いていない方を彼女の顔のそばへと近づけた。彼女はまん丸な瞳をパチクリと瞬かせ、そして飴玉を口から出した。真っ赤な飴玉はツヤツヤと輝いている。

 彼女は差し出されたそれを咥え、吸った。先端が真っ赤に染まり、ジリジリと白い部分が縮んだ。

「…………ニガイ」

 彼女は顔をしかめて、口をモゴモゴと動かした。苦いそれを追い払うような仕草に、私は笑う。

「だから言ったでしょ」

 私は残ったそれを一口吸って、自分の指が燃えてしまう前に灰皿でもみ消した。

「でもさ、良薬口に苦しって言葉あるじゃん。てことはタバコもそうなのかもよ?」

 膝を抱えた彼女は、ニッと無邪気に笑った。

 彼女と私の間を、もみ消しきれなかった炎から出される煙が漂う。

 私はフッと笑って、タバコを完全にもみ消した。

「……最近息苦しくなってきたけどね」

 もみ消されてひしゃげたタバコから煙はもう上がらなかった。


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タバコとアメ玉 春野訪花 @harunohouka

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