番外編 ハロウィンパーティーをしましょう!後編

 で、ハロウィン当日。

 檜山さんからオレに手渡されたのは──


「えっと……オレが着る服って、これでいいんですか?」


 メイド服だった。


「違っ……! 本当は漢服にしたかったんだけど、注文する時点で何を間違えたか……!」

「その、なんか意外でした。オレ着ぐるみがいい所かなって思ってたんで」

「いや着なくていい! 着なくていいから!」

「いえ、着ます! せっかく檜山さんが買ってくれたんだし、裾とか長いからあんまり恥ずかしくないと思うし!」

「あああああっ! だからいいっつってんだろ話を聞いてくれ!」


 そうは言っても、そもそもコスプレについて言い出したのはオレなのだし。責任もって着ることにした。サイズもぴったりだったしね、良かった良かった。

 でも、獄中からリモートハロウィンをしてくれた帆沼さんは、オレの姿を見るなりちょっと言葉を失っていた。


『……えー……檜山サン、こういうの好きだったんですか……?』

「違う! うっかり間違えて……!」

『けどよく似合ってると思いますよ。オレが檜山サンだったら慎太郎をお嫁さんに欲しいくらい』

「えへへ、またまたぁ」

『本気なんだけどな。何なら今からでも獄中結婚について調べ──』

「リモート解除」

『すいませんやめてください』


 注文ミスを引きずっている檜山さんは、割と沸点が低くなっていた。や、帆沼さんに対してはいつものことかもしれないけど。

 とにかく、こうしてオレたち三人のリモートハロウィンパーティーは幕を開けたのであった。とはいえ、具体的に何をするでもなく、ただお菓子を食べて近況をお喋りするだけなのだが。


『それにしても、檜山サンの仮装は惚れ惚れしますねぇ』


 コップに入れた水を一口飲んで、帆沼さんが言う。


『かっこいいですよ、吸血鬼』

「僕としてはだいぶ恥ずかしいんだけどな……」


 檜山さんは「はぁ」とため息をつく。


「こちとらもう三十なんだよ? 流石に浮かれすぎじゃないか?」

『そんなことありませんよ、自信持ってください。俺、今の檜山さんに言われたら、平気で二リットルぐらい血を差し出せますよ』

「いらないいらない」

『そうですか? 刑務所入ってるから、だいぶ健康的な血になってると思うんですけど』

「なんで健康的なら飲んでもらえると思ってるんだ……図々しいな……」


 檜山さんと帆沼さんが話している横で、オレはもぐもぐとカボチャクッキーを食べていた。……お腹が空いているだけではない。隣にいる檜山さんがかっこよすぎて、食べてなきゃ心臓がもたないのである。

 だって、めちゃくちゃかっこいい。中世ヨーロッパの貴族を思わせるシックなタキシードに、長いマント。無理を言って牙をつけてもらった口からは、喋るたびに鋭い犬歯がチラチラとしている。

 カラコンは「勘弁して」と言われたので眼鏡はそのままだけど、近視の吸血鬼もそれはそれでイケてるんじゃないかと思う。すごくかっこいい。写真撮りたい。もうほんと好き。


『でも、なんていうか……』


 しかし、ここで帆沼さんが口を挟んだ。


『なんですかね。どうしても『ヴァンパイア、日本の休日を満喫する』って感じが拭えないんすよね。畳の上で胡座(あぐら)ってアンタ』

「舞台のミスマッチについては言わないで欲しい。自覚はしてるから」

『まあ慎太郎が幸せならいいんじゃないすかね』

「ほえっ!? そ、そそそそんなことは、ありますけど!」

『あるんだ。だって、マジでさっきから檜山サンしか見てないもんな』


 バレてた。照れながらもう一回檜山さんを見ると、彼もオレを見ていたようで慌てて目を逸らされた。


『っていうか、お二人ともちゃんと付き合ってるんですよね?』


 半ば呆れたように、帆沼さんが言う。


『でもどーせまだ一線も越えてないんでしょ? じれったいなぁ』

「いっ……!? 一線って、そんな、何の!?」

『何のも何も、慎太郎も分かってるくせにー』

「横槍は無粋だよ、帆沼君。僕らには僕らのペースがあるん……」

「じゃあ今日越えます!」

「慎太郎君!!」

『お、その意気だ』

「頑張ります! あ、でも今オレスカートだ。着替えてきた方がいいですかね?」

『むしろそのままでいいんじゃない? 檜山サンの好みみたいだし』

「ちょっと!!!!」

『そんで誘惑すんの。こうやってさ、スカートの裾を少したくし上げる感じで。見ててやるからここでやってみてよ』

「えーっと、こうですか?」


 帆沼さんに言われた通り、座り直して裾を摘む。──この時のオレは、下に短めのズボンをはいていて少しお酒も入っていていた。だから、いつもより気が大きくなっていたのだと思う。

 それでも、まさかこのタイミングで現れるなんて思わないじゃないか。


「やっほー、兄さん! トリックオアトリート! 檜山に手ぇ出されてねぇだろうな!」

「こんばんは、檜山さん、慎太郎さん! つかさの野郎、どうしても現世堂に行くって聞かなくて……! お菓子いただいたらすぐ帰ります! お菓子ください!」


「あ」

「あ」

『あ』


「え?」


 ──状況を説明すると、ちょうどオレはスカートをたくし上げようとしていて、檜山さんはそれを阻止せんとしていた。

 でも多分、つかさの目にはそう映らなかったんだと思う。


「こっ……!」


 つかさが、フックのついた手を振り上げる。


「この破廉恥淫奔血吸い男がーーーーーーっ!!!!」

「つかさ君! 誤解だ!!」


 鬼の形相の弟が檜山さんに襲いかかった。大変である。大変であるが、つかさはアレ何の仮装だろう。疑問に思っていると、いそいそとオレの隣に来た大和君が教えてくれた。


「アメリカの都市伝説フックマンです。車中でイチャつくカップルを無差別に殺すと言われています」

「へえぇ、おっかない都市伝説があったもんだ……」

「ちなみに僕は死神です」

「わー、似合ってるねぇ」


 いつもの通り、高校生ながら凄まじい色気を振りまく大和君である。こうなるともう仮装とか関係無いな。

 向こうでは、激しい攻防を繰り広げる恋人と弟。手元には、危険を察知したのか既にリモートが切れたタブレット。そして隣には、ワクワクとお菓子を待ち構える美形の甘党高校生である。

 これもまた、いつもの通りのカオスだ。八割方オレが引き起こしたものな気がするけど。


「……とりあえず、大和君にはお菓子あげるね」

「わあ! ありがとうございます!」


 ひとまず、現実逃避にぴったりな美形の子にお菓子をご馳走することにした。このクッキーを食べきったら、ちゃんと体を張って弟を止めに行こうと思う。

 何はともあれ、かっこいい檜山さんの姿も見られたのだ。オレにとってはハッピーハロウィンである。


「うらああああ檜山! 成敗!」

「待って待って待ってつかさ君! 聞いてくれ僕の話を!」


 よし、行ってきます!!

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現世堂の奇書鑑定 長埜 恵(ながのけい) @ohagida

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