間話・青春の夢に忠実であれ

グランノルツ ベルロージア辺境伯領

リドベルの街

場末の酒場 片目のフクロウ




かつてハゲタカと呼ばれた冒険者が、好んで座っていた店の奥まったテーブルで、一人の大柄な男が静かにグラスを傾けていた。名をバルヴェニーと言う。冒険者パーティー『グロミスの流儀』のリーダー兼盾役を務める男である。


男は酒を飲みながら昔を懐かしんでいた。


グロミス。光神の使徒と闇神の使徒、それぞれの支配領域にまたがる混沌とした場所。あらゆる人種が行き交う自由都市。あまりに危うい均衡で成り立つその街は周囲の為政者も迂闊には手を出せない。そんな街で彼等は出会った。


エルフの精霊剣士カティ

キャッテルの双剣士フィディック

ヒュマノの魔道士フォア

ヒュマノの回復士ボウモア

そして重戦士バルヴェニー


自由な気風、何者にも縛られない街の名にあやかり、『グロミスの流儀』と名をつけた。夢は冒険者として名を馳せる事。


そのはずだった。


数刻前、分所長バランタインに一人呼び出され指名依頼を提案された。内容はリドベルダンジョン六層の調査。ようやく派遣の目処が立った専門家チームを送り出す前の事前調査である。専門家チームには他国の識者も参加が決まっており、万が一にも国際問題とならぬよう万全を期したい領主からの依頼であった。


報酬は少なくない報酬金。それと事前調査及び、本調査の護衛を無事成功させた場合の五ツ星昇格の確約。


四ツ星と五ツ星には僅か一つとは言え、隔絶された差が存在する。四ツ星程度なら無難に依頼をこなし、達成率を上げて行けば中級者として認められる。だが、五ツ星となると困難な依頼も信頼して任せられる上級者としての責任が求められるのだ。死地への伝達。入手困難な素材の確保。国に関わる要人の警護。等々、ギルドが信に足る冒険者として認定するのが五ツ星冒険者なのである。


故に、五ツ星に成れる機会はそう多くあるものではない。実力はあれども昇格できずに終わった者達も少なくはない。そんな稀な機会を提案されたバルヴェニーであったのだがその依頼を断った。理由は仲間の命。もし、彼がソロ冒険者であったのなら、きっと諸手を上げて依頼を受けたであろう。


仲間達の実力を疑っているわけではない。だが、今回の依頼は不明瞭な事が多すぎる。しかもハゲタカの一件があった六層。後ろ向きな幻想を振り払うことが出来なかった。冒険者は生き残ってこそ。死んでしまえば星が4つも5つも関係ない。そう思い断ったのだが、彼は仲間の元に真っ直ぐ帰れずにいた。気付けばふらりと立ち寄った場末の酒場で酒を飲んでいたのだ。胸につかえた若き日の想いを押し流すように。




酒場の扉がギィと鳴き、爽やかな空気が閑散とした店内に流れ込む。


「あーッ!やっと見つけた!」


酒場の入り口に立ったエルフの女が、バルヴェニーを指差し叫んだ。馴染みのある声にバルヴェニーは顔を上げた。


「ここにいてよ?皆呼んでくるから。」


探し人を見つけるやいなや、エルフは踵を返し駆け出ていった。バルヴェニーは顔を沈め内心愚痴る。


「(分所長、もう話したか。一晩考えてみろとは言われたが。・・・やれやれ、まだ言い訳考えてないんだがな。)」




一度断られた分所長のバランタインであったが、他にめぼしい冒険者もおらず、なんとか『グロミスの流儀』に任せようと画策していた。リドベルのダンジョンに不慣れな上級パーティーを他の土地から呼ぶよりも、『グロミスの流儀』を用いる方が確実だと判断した。以前、ハゲタカの追跡を任せた五つ星の二人組『美女の野獣』は、すでに更に深い階層の調査を依頼済み。


ただ、バランタインの選択肢がそれほど多くなかった事は事実ではあるが、彼等に五つ星となる機会を与えたかったのもまた事実であった。バランタインも元は上級冒険者。バルヴェニーの苦渋の決断は理解できた。だが、悔いの残る決断だけはして欲しくない。そう思い、一日の猶予を彼等に設けたのであった。




バルヴェニーが分所長への恨み節を浮かべていると、ふいに対面の椅子がコトリと引かれた。彼が顔を上げると、パーティーの一員であるボウモアがグラス片手に掛けていた。


「いつの間に。」


「声を掛けあぐねていた。」


ボウモアは、早々にバルヴェニーを見つけていたが、思い悩むバルヴェニーの心中を探ろうと遠目に彼を見ていたのだった。


「そうか。」


「断るのか?」


椅子に半身で腰掛け、バルヴェニーの顔を見ずにボウモアは問うた。


「ああ。」


「それでいいのか?」


しばしの沈黙。


「・・・・・いいんだ。」


絞り出したバルヴェニーの答え。くいと、グラスの中の酒を飲み込みつつ返したボウモアの応えは、バルヴェニーにとって意外なものだった。


「・・・・・つまらん。」


「なんだと?」


バルヴェニーの目を見据え、ボウモアは告げる。


「お前の夢への想いはその程度なのか?」


「俺はッ・・・・・パーティーのリーダーだ。皆の命に責任がある。」


激昂しそうな己を抑えグラスを握りこんで言ったバルヴェニーを、逆撫でするが如くボウモアが言い放つ。


「それがつまらんと言っている。」


ダンッ


揺さぶられた感情を隠すように、バルヴェニーは持っていたグラスと共に腕を机に叩きつけた。


「死んだらそれで終わりだッ!俺は誰一人失いたくないだけだッ!」


顔を上気させる男と静かに受け流す男。


「俺の命は俺のものだ。他のメンバーも同じ。お前が必要以上に背負う必要はない。」


「だが、今回の依頼は危険過ぎる。」


「危険じゃない上級依頼なんてあるのか?」


「いや、それは・・・」


命の危険をかいくぐり、それでも事を成すからこその上級。更にはこれまでの冒険でも命の危険はいくらでもあった。故に二の句が継げなかった。


「断った今でも受けない理由を探していたんだろ?自分が納得するために。」


「・・・・・。」


「ねぇんだよ。そんなもの。今回の依頼はお前の、俺達の夢を叶える為のまたとない機会だ。機会ってやつは二度も三度も扉を叩いてくれるほど世話焼きじゃない。」


「しかし、


「しかしも何もない。いくら飲んだって取れないぞ。その胸のつかえは。夢見る時分に誓った熱い想いなんてのはな、酒で落ちてくれるほど生易しいこびりつきかたしてねぇんだよ。」


珍しく語気を強めるボウモアの言葉に、逆に冷静になれたバルヴェニー。


「・・・随分と知った風な口ぶりだな。大して年、変わらないだろう。」


事実、ボウモアはパティーの中では上から2番目の年長であったが、バルヴェニーとは2つしか差がない。一番の年長はエルフのカティであったが、彼女は天真爛漫な気質もあり年長扱いされずにいた。


「千載一遇の機会を逃した師匠からの受け売りだ。師匠と過ごした10年。酒に酔う度に聞かされた。」


「フッ。それは年季が入った含蓄だな。」


ボウモアは、グラスに残った酒を呷り、眼光鋭くバルヴェニーを視線で射貫く。


「賭けさせろ。俺達の可能性に。俺はやるぞ。あいつらが乗らないなら俺達二人だっていい。五つ星になるんだ、バルヴェニー。」


お互いの視線が交錯する。寡黙な男の目に宿った熱が、くすみかけていたバルヴェニーの瞳へと伝播する。その熱はバルヴェニーの胸につかえた氷塊を確かに溶かす熱だった。


「こらー!何二人で盛り上がってんだー!私もまぜろー!」


突如割り込む爽やかな突風。


「カティ。」


見れば、残りの3人がテーブルに詰め寄っていた。いつの間にか集まり様子を見ていたらしい。


「ボウは普段喋らないくせにおいしい所を全部持ってくんだよなぁ。そのうち焼かれるよ?フォアに。」


フィディックがいつもの通りに軽口を言う。


「フィッド。」


「なんで私よ。でも確かに仲間外れは面白くないわね。」


フォアが胸を反らしながら腕を組む。


「フォア。」


3人が口々に言う。


「やろうよ。リーダー。こんな面白そうなこと。他のパーティーに譲るなんてあり得ないよ!」


「僕も稼ぎが増えるのは大歓迎。」


「上級になれば多方面に融通が効くようになる。そうなれば魔法の知識を得られる機会が格段に跳ね上がるわ。私にとっては充分に命を賭けるに値する。」


「お前達。」


「俺はこのパーティーが気に入っている。できることならグロミスの流儀で五つ星になりたい。お前だけの夢じゃないんだ。バルヴェニー。」


「ボウモア。・・・いいのか?皆。命懸けだぞ。」


「当然!」


カティが即答し、残りの3人も力強く頷いた。バルヴェニーの胸のつかえが全て溶ける。


「わかった。・・・やろう。やり遂げて晴れて五つ星冒険者になろう。」


そして5人が破顔する。いち早くカティが反応し音頭を取り始めた。


「よっし!決まりッ!じゃあ前祝いといきましょー!おやじさーんワイン5人分おねがーい!」


緊張していたテーブルの空気が一気に弛緩し、まるで反転したように華やぐ。やがて酒の用意を終えた酒場の主人がワインの注がれたマグを5つ持ってきた。なぜか蒸留酒らしき酒が入ったボトルを一本添えている。バルヴェニーが問う。


「マスターこれは?」


「聞き耳立ててた訳じゃないんだが、話が聞こえてな。五つ星間近のパーティーに景気づけの差し入れだ。」


「ほんと!?ありがとー!」


素直なカティがほころんだ。


「かなりいい酒じゃないのか?」


酒に詳しいボウモアがボトルの刻印を見て尋ねた。


「まぁな。実は常連だった冒険者がこいつが好きで置いてたんだが・・・。もうなっちまって持て余してたんだ。ここは安酒のみが多くてな。験が悪いと思うなら違うの出すがどうだ?」


主人の話を聞くやいなや、酒なら何でも良いフォアがボウモアからボトルを引ったくる。


「フフフ。お酒に良いも悪いもないわ。その冒険者の弔いがてら私たちが飲んであげる。」


胸の間に大事そうに沈め、離しそうにもない。


「そうか。じゃあやってくれ。酒を愛したヤツでな。きっと喜ぶ。」


そう言うと酒場の主人は手を振りカウンターへと戻っていった。皆マスターに礼を言うと各々マグに手をつけた。そして口火を切るのはいつもパーティーのムードメーカーたるカティの役目。


「それでは!グロミスの流儀、五つ星昇格の前祝いをはじめまーす。ちなみにリーダーは勝手に断ろうとした罰でお説教付きぃ。」


「うっ。まじかよ。」


4人の笑顔と1人のしかめ面。だがそのしかめ面も、沈んだ空気は少しも纏わり付いていない。


「「乾杯ッ!」」


打ち合わされるマグ。


ワインの紅い飛沫が舞う。


絆を深めた5人の目には、映る全ての色が希望の彩りとしか映らなかったのであった。

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転生鬼譚 栄杜 拍 @haku337

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