Ⅳー4

「分かった。愉しんで来い。相棒!」


振り返らずそう虎徹に声を掛け、ただひたすらにゴブリンを切り伏せる。正直槍で片手がふさがり動きが鈍るが、なんとか持って帰ってやりたい。


一番大きく口を開けた横穴目掛けて突き進んでいると、ホブゴブリン数体が通路を塞ぐように立ちはだかった。そう簡単には逃がしてくれないようだ。


ホブの一体と対峙する。近寄ろうとするゴブリンを槍で牽制しつつ、ホブの動きや姿を伺う。得物は長剣。動きは武を嗜む者のそれではない。しかしながら鎧が厄介だ。フルプレートの全身鎧ではないにしろ、急所はそれなりに守られている。


そこまで器用に他人の武器は扱えない。ならばせめてと左手に持つ槍を短く持ち直し、刀の間合いと揃える。長くとどまっていてはこちらが不利。


ほう。と短く息を吐き、一点突破あるのみとホブに狙いを定め、瞬時に駆ける。


気の利かないゴブリンが正面に飛び込んできた。袈裟斬りに切り捨てる。浅い。骨まで断てていない。駆けていること、片手であるが故に浅かった。


だが、構わずホブに突っ込む。振り下ろされるホブの長剣。


遅い。


左に一気に踏み込み刃をかわす。かわした勢いそのままに右手を返し刀を切り上げる。


wgyaaaaaa


切り飛ばしたホブの右腕が宙を舞い、悲鳴を上げてホブが仰け反る。上がった顎下、喉に槍を突き刺す。


グヒュ


直ぐ様抜いてできた穴から音が漏れた。抜いた勢いを使いその場で回転。遠心力を刀に乗せてホブの首を切り飛ばす。



・・・ボトリ


血飛沫


次だ、と直ぐ様前を向いたと同時にふくらはぎに激痛が走る。見ると先ほど斬ったゴブリンが脚に噛みついていた。


大した気概持ってんじゃねーか。


槍で止めを刺す。顔を戻せば二体のゴブリンとホブが一体詰めてきていた。間合いがない上に、足が止まっている。


覚悟を決める。


即座に左手のゴブリンに槍を突き刺し、槍から手を離す。ホブの剣を刀で弾き、残りのゴブリンに刀を突き刺す。弾いたホブの剣が再度襲う。刀を手放し、振り下ろされる剣をすり抜け、鋭い爪を刃の如く立てホブの腹めがけて貫手を放つ。


gugyyyyyyyyy

ぅっぐぅ


腹を突き破る貫手。ホブの叫びと同時に俺の口からも呻きが漏れた。


振り向けば、背後から迫ったゴブリンのショートソードが俺の脇腹を薙いでいた。貫手が触れているホブの臓物を鷲掴み、引きちぎりながら振り向き様にゴブリンを蹴り飛ばす。


こうなりゃヤケだ。すまんな鷹迅。槍持って帰れねぇわ。あぁくそ。頭が沸騰する。沸騰しすぎて愉しくなってきた。虎徹のことなんも言えんわ。


「くっくっくっくっく。はぁああっはっはっはっはっはッ!」


「おいクソゴブリンどもッ!どうせ死ぬなら鬼の恐ろしさ、その汚ぇ魂に刻んでから逝けッ!」




出し惜しみなしだ。霧を特濃でばらまく。力がごっそり持って行かれるが構わない。俺もやつらも碌に見えないが構わない。見つけたやつを斬り殺す。


霧の中を走り回り、手当たり次第に殺して回る。ゴブリンもホブも、雄も雌も、デカいのもチビも見境なく命を奪う。霧を構成する粒子が血飛沫で赤く染まる。俺の身体も赤く染まる。


どれほど殺したろうか。ほんの僅かな時間だったか、それとも随分と経っただろうか。真っ赤な霧の中を探せど立ってるヤツが見つからない。足元には売るほど骸が転がってるが、立ってるヤツが見つからない。


仕方がないと、真っ赤な霧を消す。粒子に付着していた血が支えを失い降り注ぐ。血の霧雨が俺を更に真っ赤に染める。




『その姿、正に赤鬼。』




周りを見れば、骸が敷き詰められた円形を、恐怖で顔が歪んだゴブリン共が囲んでいた。


「なんだ、いるじゃねぇか。」


一歩踏み出そうとするが、足が上がらない。自分の体を見れば至る所に傷があった。


「ああ。そうだった。何度か斬られた。刺された。」


急激に身体から力が抜けていく。膝が折れ、地に跪く。


「虎徹はどうなったかな?」


視線が届かない。辛うじて見えるのは、かつてホブの首領が立っていた岩盤だった物。砕かれ割られ、すっかり景色が変わっている。首領がこちらを指差し騒いでいるのが見えた。剣を支えに立っている。銀の鎧もひしゃげて見える。だが生きている。虎徹はやれなかったらしい。


俺を囲む輪が狭まってくる。


オーケーオーケー。今回は俺達の負けだ。ただし次は根切りにしてやるから覚悟しておけ。


ゴブリン共が声をあげて群がってくる。


目を瞑りその時を待つ。




はずだった。




突如、強引に俺の身体が宙に引っ張りあげられた。


「う゛ぇッ!?」


予想外の動きに変な声が漏れた。


ドン、と衝撃があり上昇が止った。首を捻り見上げると、そこには俺を抱きかかえたアラクネが天井に張り付いていた。


「お、おいお前、グベッ!」


声を掛けようとしたが、今度はアラクネの蜘蛛の背中にビタッと貼り付けられた。引き上げられる際にグルグル巻きにされている。どうやら粘着性の糸で俺を下から拾い上げたらしい。


下からゴブリン共の怒号が聞こえる。獲物をさらわれたと憤慨しているのだろうか。


アラクネは、自分の背中をいじり何かやっている。すると、鎧のような甲殻の一部が剥がれ、それを二刀の如く両手に持った。


ゴブリンの怒号も我関せずと、近場にあった横穴にすべり込んだ。滑り込むと同時に走り出す。アラクネの上半身が壁になり前がまともに見えない。景色がどんどん流れていく。時折アラクネの両腕が振られると、ゴブリンの物らしい腕や足が飛んでくる。すれ違いざまに首を撥ね飛ばされたゴブリンの体が踊っていた。だが、それもあっという間に暗闇に置き去りにする。


意外と武闘派なんだなと、回らぬ頭でぼんやり感心した。


その後もアラクネは走り続ける。さすがに蜘蛛。地を走り壁を走り天井を走る。多脚の関節がサスペンション代わりなのか、あまり揺れを感じない。乗り心地は上々だ。まっすぐ進んでは急に曲がり、穴を飛び降りては坂を駆け上がる。迷ってるんではなかろうかと思ったが、俺はただのお荷物だ。為すがままに運ばれていく。


しばらくすると壁の色が変わり、見覚えのあるモンスターがいる空間を通り抜けた。こいつらがいるってことはゴブリンの活動領域を抜けたか?


空気が変わってきた。新鮮な空気だ。一気にアラクネが加速した。


ダーンッ


と砲身を滑る黒い弾丸のように、アラクネが洞窟から外に飛び出した。勢い余って宙を舞う。


ああ、空気が旨い。


新鮮な空気を思う存分肺に取り込んだ。夕闇迫る空が目に飛び込む。半日近く潜っていたらしい。アラクネは、近場にあった木に掴まりようやく脚を止めた。


ここはどの辺りだろうか。緑が多い。森の中か?何はともあれ。


「ありがとよ。そう長くは持たないだろうけど、少し寿命が延びたよ。」


アラクネに感謝を告げるも、当の本人はこちらに振り返り首をかしげている。アラクネにしてみれば、これは自分の食い物だくらいに思ってるのかも知れない。それでもいいさ。見ず知らずのゴブリンに食われるよりは、知己のアラクネの方が幾分かマシなように思う。それに鷹迅の槍も持ち出せた。ゴブリンに持って行かれるよりは外にあるほうが断然探しやすい。当初の目標は達成だ。




《知らぬ個体だ。それも二体。特異なこともあるものよ。》


ふいに下方から声が聞こえた。こちらの言葉、アルト語だ。アラクネが身構える。後ろで芋虫状態の俺は今ひとつ状況がわからない。冒険者か?


俺がもぞもぞしていると、アラクネがベリッと俺を引きはがし、前方にぶら下げた。うーんこのお荷物感。


声の主を探す。


・・・驚いた。グリフォンだ。


ここはグリフォンの縄張りの山頂付近か。周りを見渡すも他に人影は無し。まさかさっきの声はグリフォンが喋ったのか?


《話しかけたのはお前か?》


俺もアルト語で問うてみる。


《話しかけたつもりはない。だが確かに声を発したのは事実。》


人語喋ってるよ。このグリフォン。続けて問う。


《なぜ話せる。お前は何者だ。》


《これは異な事を。お前とて話すではないか。糸巻きのモンスターよ。》


《いや、これは色々事情があって。いやそうではなくて。あー、考えがまとまらない。》


血を多く失ったせいかまともに思考が働かない。アラクネの糸のおかげで、幾分か傷を締めることができているが出血は続いている。


《去れ。糸巻きの。もう長くは保たぬであろう。それとも我に食われることを望むか?》


そう言うとグリフォンは、その嘴をグワッっと開いた。


《また来ても良いか?もっと話したい。》


《去れ。・・・気が向けば、話してやらんこともない。》


そう言ってグリフォンは踵を返した。そのまま離れるかと思いきや、チラチラこっちを振り返っている。


そこはかとなく漂うこの感じ。来ればきっと話してくれるだろう。間違いない。


「飽きないダンジョンだよ。ほんとに。フフフッ・・グゥッ」


体を震わせ笑うと体中から激痛が返ってくる。自分が瀕死であったことを思い出す。


「おーいアラクネ。」


体をもぞもぞ動かすと、アラクネが俺の向きを変え面と向かう。


「すまん。厚かましいお願いなんだけど、俺のこともう少し運んじゃくれないか?こっからだと端から端までなんだけどさ。礼はそれなりにするから。頼む。」


頭を下げてみる。やはりアラクネは首をかしげて無表情。なので鬼火を前方に出し、あっちあっちと首を振る。すると解ってくれたのかアラクネが動き出した。


鬼火を道案内にねぐらに向かって進むアラクネ。前方にぶら下げられた糸巻きの俺は提灯の如し。前方と足元を鬼火で照らし道案内。


フ~ンフ フ~ンフ フッフフッフフッフッ♪

蜘蛛女くもめのかごやだ フンフッフ♪


情景が似ていて思わず口ずさむ。


日暮れの山道を提灯ぶら下げて蜘蛛が行く。お客はおしゃれな狐さんっと。歌っていると吹っ飛びそうな意識が何とか保たれる。遠いなぁ、ねぐらまで。




ゆさゆさと揺らされ目が覚める。いつの間にか落ちていたらしい。良かった死んでいなくて。アラクネを見ればいつものように首を傾げている。大丈夫、まだ生きてるよ。ここはどこだと見渡してみれば、見慣れた岩山が目の前にあった。鬼火の方向に真っ直ぐ進んでくれたらしい。


「ありがとう。まさか帰ってこれるとは思わなかった。ほんとにありがとう。」


ペコリと頭を下げると、真似をしたのかアラクネもペコリと頭を下げた。フフッ面白いやつ。


鬼火を再び出し、岩の切れ目へ向かってもらう。恐らく見えているであろう岩山に鬼火を行ったり来たりして見せる。首を傾げるアラクネにあっちあっちと首を振り、なんとかかんとか岩山をすり抜けさせた。ここまでくれば後少し。アラクネを家の近くまで誘導した。


「ありがとう。ここで下ろしてくれ。」


もぞもぞ動いて意思表示。そっと地面に置いてくれた。更に動いて糸を切ってくれと頼んでみる。アラクネの近くまで動き、爪に糸を引っかけて見せた。ようやく伝わり、サクサクと足の爪で糸を切ってくれた。


「うぐっ。」


糸で圧迫されていた傷口が開き、血が再度流れ出す。それを見たアラクネが、俺の腕を取り持ち上げると、俺をクルクル回しながら大きな傷に糸を巻き付けてくれた。大分楽になった。優しい子だ。


気合いを入れて立ち上がり、鷹迅の槍を巨木に立てかけておく。その足で洞にしまっておいた干し肉やナッツ、芋虫などの保存食をアラクネに持って行く。


「今はこれ位しか用意できないんだ。悪いな。これ食っててくれ。鷹迅が返ってきたら肉でも焼いて貰うからさ。」


リアクションの薄いアラクネに食べるジェスチャーで食い物だと伝える。


「あ、あとアレに糸張っちゃ駄目だぞ。」


お社を指差し、糸はバッテンと言っておく。


「糸張るならこっちな。」


巨木の上ならいいよとマルを出す。


アラクネは、俺から食い物を受け取ると、巨木の枝に向けて糸を出し、スーッと音も無く上がっていった。俺は木の根を枕に横になった。空が白んできた。鷹迅が来るまで後、どれくらいかな。頑張って生きてないと。




「・・・い。おい、生きてるのか?琥珀。おい。」


揺すられ目を開ける。


「・・・おお、戻ったか。どうだ?初めてのリスポーンは?」


腰布一枚の鷹迅が俺をのぞき込んでいた。


「不思議なもんだ。確かに意識が消えたのに、目を開ければ五体満足で生きてやがる。死に際は最悪だったがな。」


「くっくっ。普通の生き物じゃ到底味わえないだろ?そのうち慣れるよ。」


「慣れたかねぇな。そんなもん。」


「違いない。フフ。」


「んなことより、槍。持って帰ってくれたのか?無理させたみてぇだな。すまん。」


「俺じゃねえよ。虎徹が持って帰れって言うから仕方なくだ。それとあいつにも礼を言っとけ。あいつがいなかったらここまでたどり着けなかった。」


目線を上に向け、アラクネを示した。


「ん?うおッ!ここまで連れてきたのか。・・・そうか後で礼を言っとく。」


「ああ。肉でも焼いて出してやってくれ。虎徹もそのうち返ってくるからよろしく言っといてくれ。」


「もう保たねぇのか?」


「ああ。もう体の半分以上感覚がない。自分で始末もつけられないんだ。頼むよ。」


「わかった。」


そう言って鷹迅は、持っていた短刀を俺の首筋に当てようと動いた。ところが、上からアラクネがすっと降りてきて、俺の上にまたがり鷹迅を威嚇し始めた。


「おいおい。どんだけ懐かれてんだよ。」


「随分と助けられたから、殺されるのが惜しくなったのかね?フフ。やっぱり面白いヤツ。」


そこでアラクネの足をポンポンと叩きながら声を掛ける。


「いいんだ。ありがとう。すぐ戻ってくるよ。また会おうな。」


俺の顔をのぞき込んだアラクネの目を見ながら諭すように頷く。珍しく首を傾げないアラクネが、ようやく俺の上から退いてくれた。


「ったく。この後こいつと二人きりになる俺の身にもなってみろ。怒り狂って殺されやしねぇだろうな。」


「大丈夫だろ。頭は悪くない。ああ、そうだ。肝心なこと忘れてた。俺の魔核、こいつにやってくれ。散々助けて貰ったせめてもの礼だ。よろしく。」


「わかったよ。返ってきたとき俺が生きてることを祈っててくれ。」


「ククク。わかった。」


すっと鷹迅が短刀を俺の首筋に当てた。


「槍。ありがとよ。恩に着る。」


「ああ、またな。」


鷹迅の手が動き、俺の意識は深く深く落ちていった。

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