転生サービス

黒木ココ

転生サービス

「この度はネクストエデン社のプレミアムプランのご利用いただきありがとうございます。つきましてはリンカーネイションサービスのご説明ですがお手元のパンフレット3ページをお願いします」


 私は自分の孫ほど歳の離れた若い営業マンに促され手元の資料を手に取る。

 そこには来世の幸福の保証を謳った美辞麗句がこれでもかと並べ立てられている。


 西暦2112年、現代の科学力の発展は目覚ましく、ついには生まれ変わりすら可能にしたと件の企業は富裕層向けのサービスを打ち出した。それは瞬く間に富裕層の間に広まり一躍時の企業となり時価総額世界一の大企業へと成長したそうである。


 いつの時代とて富と名誉を手にした者が最終的に望むのは永遠の命である。この栄華を永遠の物としたい。人類が文明を手にした時と同時に抱いた欲望だ。かくいう私も若い頃は永遠の命などくだらないと思っていた。

 社会的に成功を収め富と名誉を手にした壮年の頃もそんなものは必要ないと思っていた。


 しかし老いを重ね、事業のほうも子供達に任せ悠々自適の隠居生活を送るようになってからは徐々に考えが変わってきた。

 私が死ねば私のこの積み上げてきた人生はそこで終わってしまう。そして私が成したことが後世でどんな扱いになるかは永遠にわからない。確かに私がこの世界に生きたという証は残るだろう。でもそれを私が知る機会は永遠に失われてしまうのが悔しいと思うようになったのだ。

 そして昨年妻に先立たれたことで私はその思いをさらに強くし、老後のために貯えた財産の大半を投じこの企業が謳う“転生”サービスを利用することにした。


 方法としてはざっくりと説明すると精神のデジタル化である。私の脳内に生体チップを埋め込むのだ。そしてそのチップは私の人格・記憶・経験を私の現世での生涯を終えるその時まで収集し保存する。

 私の死後そのチップから私の精神データは衛星軌道上に建設されたサーバーにアップロードされる。そしてしかるべき時期に――ここから先は非人道的という批判もあるのだが、NE社と契約を結んでいる妊婦の胎児の脳にチップを埋め込み精神データがダウンロードされ、私は文字通り生まれ変わりを果たすのである。


 単に記憶を移すだけなら依頼者のクローン体に精神の移植を施せばいい。だがNE社のセールスポイントは“赤の他人”に生まれ変わることである。同じ肉体では意味はないと彼らは謳うのだ。


 見知らぬ土地で見知らぬ赤子に生まれ変わり前世の才覚を発揮し約束された来世の幸福を見出す。たったそれだけのために世界中の富裕層から依頼が殺到するようになったのである。



 ◆



 脳内にチップを入れて数年後、私はついに現世での最期を迎える時がやってきた。周りには子供達や孫達が集まって私の最期を見守っている。齢101歳、最期の時までボケることなく老衰で死ねることは間違いなく幸せであるだろう。でもこれは終わりではない。新たなる生の始まりを目前に控えているのだ。次に私が目が覚ます時は新たなる人生が待っている。新たなる父母に生誕を祝福されるのだ。


 ああ、眠たくなってきた。

 これが“死”というものなのか。

 訪れてみればそんな恐るものではなかった。

 

 私は101年という長い生涯を終えた。




 次に意識が目覚めた時は暗く温かい水の中だった。

 ふわふわとした温もりに包まれた心地よい感覚。

 身体を動かそうと思ってもうまく動かない。

 きっとここは母の胎内なのだろう。前の生ではすっかり忘れてしまった感覚をはっきりと感じている。


 暗闇の中に光が見えた。

 私が産まれる。

 私は心を弾ませながら新たなる生を待ち望む。



「ああっ……なんてことだ……! 産声を上げない……!! この子は悪魔憑きだ……!」

「ああっ神様!! どうしてこの子が……!」


 父と母が何か叫んでいる。

 言葉がわからないが何か慌てていることはわかる。

 私はきょとんとした表情で母の顔を見上げていた。

 ややあって一人の司祭風の衣装に身を包んだ男が現れると私の小さな頭に手をかざす。


「司祭様……!」

「大丈夫ですよお母さん、今ならまだ間に合いますから」


 男は私に手をかざすと不思議な抑揚の言葉を紡ぐ。歌のような呪文なような響き。


《不正なアクセスを検知しました》

《不正なアクセスを検知しました》

《不正なアクセスを検知しました》


《ウイルスの侵入を検知しました》

《ウイルスの侵入を検知しました》


《精神マップ損傷率25%、なおも損傷拡大中、精神データの退避ができません。精神データに致命的な破損が発生しました。サポートはネクストエデン社にお問い合わせお願いします》




 大陸暦112年、この日産まれた一人の赤子が悪魔憑きとして誕生した。しかし早期に処置が行われた結果悪魔は祓われ大事には至らなかった。

 古来よりしばしば発生する“悪魔憑き”の赤子、その原因は今もなお不明である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

転生サービス 黒木ココ @kokou_legacy

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ