魂取引

砂漠の使徒

魂取引

「君は魂があると思うかい?」

 僕の前にたたずんでいる謎の人物は唐突に尋ねた。そんなことをなぜ聞くのかという疑問が質問への回答よりも先に浮かんだ。

 「答えないということは、君、迷っているね」

 実際には回答に迷っているというよりも彼が突拍子もなくこんな不思議なことを尋ねたことに面食らっていた。しかし、彼は自分の都合のいいように解釈したようだ。僕をそっちのけで話を進めていく。

 「君はこの僕と対面している。その意味がわかるかい?」

 僕が答えない間に彼は勝手に話を進めていく。そもそもなぜ僕は得体の知れない彼と今ここで対面しているのだっけ。

 事の発端はお昼休み。ごく一般的男子中学生の僕、多磨蒼瑠はいつものように昼食を食べながら友達ととりとめのないことをしゃべっていた。そんなとき友人の一人がこんなことを言った。

 「僕たちがよくやってるゲームで魂が出てくるじゃん? あれってホントにあるの?」

 「いやいや、あれはゲームの中の話、フィクションだよ。ホントにあるわけないよ。君もそう思うよね、蒼瑠」

 僕はそれを聞き、すかさず反応した。

 「でも、人魂を見たって話は古くからあるし、見たって人がいるんだからないとは言い切れないでしょ」

 しかし、これがまずかったらしい。何気ない返答が友人の気に障ったようだ。

 「じゃあ、蒼瑠は魂があるっていう証拠を俺に見せれるのかよ。俺は実際に自分の目で見たものしか信じないからな。魂をとっ捕まえてきて俺に見せてみろよ」

 それから友人は口を聞いてくれなくなってしまった。喧嘩の原因は些細なことだ。時がたてば友人も気が変わって仲直りしてくれるだろう。しかし、それまで黙って待つのも耐え難い。僕はいっそのこと魂を捕まえたほうが早いのかななんてことを考え出した。

 こうして、僕は友人と仲直りするために半ば、いや大方無理だろうと思っていたが魂を探すことを決意した。もちろん学校の授業が全部終わってからだけど。

 放課後、帰宅部の僕は友人が部活に精を出している時間を使って魂捜索を始めた。そうはいうものの、まずは情報を集めなければならない。調べなければならないことはたくさんある。例えば、魂とは何か、どこにあるのか。これがわからないと捕まえることはできない。なので、僕は学校の図書室に行ってみることにした。ホントはだれかに尋ねようと思ったのだけれど、魂について詳しく知っていそうな人に心あたりがなかったから仕方ない。

 放課後の図書室はとても静かでだれもいないようだった。司書の先生は用事で今は図書室にいないという看板がカウンターに立てかけてある。どうやら、ここには僕しかいないみたいだ。そんなことを考えながら目的の本を探して中を歩き回る。図書室にはいろいろな本があり、僕はよくそれらを借りに来る。僕が図書室にくるときは大抵借りる本を決めずにくるのだが、数ある本の中から自分の気を引く本を探すときはすごくワクワクする。今回は珍しく借りる本が決まっているが、胸の高鳴りはいつもと同じだ。

 今回は魂という調べたいものがあるので、普段はあまり使わない蔵書検索用のパソコンを使ってみることにした。『魂』というキーワードを打ち込んで検索してみる。僕はこのとき検索結果に出てくる本は怪談ばかりで魂について真面目に書いている本なんてないだろうと思っていた。実際、検索結果は妖怪大辞典や心霊写真集といった本でいっぱいだった。けれど、その中で僕の目を引く本が一冊だけあった。その本の名は「魂大図鑑」。僕はこの本の題名を見たときなんだか不思議と心ひかれる魅力というか不気味さを感じた。いったいどんなことが書かれているんだ。図鑑ということは魂にもいくつか種類があり、それをまとめている本なのだろうか。写真もあるのだろうかなどの疑問が僕の頭に浮かんできた。何はともあれ借りてみよう、そう思いその本が置いてある場所へ行ってみる。小学生のころは図鑑をよく読んだものだが、最近は昔ほど興味がなく全く読んでいなかったので、この図書室に図鑑コーナーがあることは知っていたがそこに近寄ったことすらなかった。なので、新鮮な気持ちで様々な図鑑の背表紙を眺める。その中で他の図鑑に比べて随分古ぼけているものが目に入った。それは棚の端に置かれ、ずいぶん長い間だれにも借りられていないらしくほこりが積もっている。手に取ってみると見た目に反して軽く、不思議な感じがする。僕は近くに机があることも忘れてその場で立ったまま読み始めた。

 図鑑を開くとそこには僕がいままで見たこともない色や形の魂(かどうかはわからないんだけど、魂の図鑑なんだからたぶん魂だと思う)の絵が描かれていた。この図鑑は外国の誰かがソウル(日本語で魂という意味らしい)についてまとめた図鑑を翻訳したものだと書かれている。それらの魂は人間のものだけでなく様々な動物や僕が聞いたことのないもの(魂があるってことはこういう生き物がいるのかな)達の魂も載っていた。そして、図鑑の最後の方にはこんなことが書かれていた。

 「自分の魂について知りたい方は次の呪文を唱えてください。 『鏡よ鏡、私の魂はどう見える?』」

 僕はこの文章を読んだとき、ものすごく試してみたいと思った。確かに友人に魂とは何かを説明する手がかりを得たいという気持ちもあった。しかし、それよりも自分の魂について知りたいという好奇心が強く僕の心を刺激したのだ。僕は依然として椅子に座らず立ったまま一瞬考えこむとすぐにこの呪文を口に出していた。

 するとどうだろうか、目の前に突然一人の男が現れたのだ。この図書室には誰もいないはずだから、どこから出てきたんだと思っていると彼は僕に話しかけてきた。

ここまでが今に至るまでのいきさつだ。

 とりあえず僕は彼に話しかけてみた。

 「君は誰?」

 そうすると彼は待ってましたとばかりに自己紹介を始めた。

 「僕はいわゆる悪魔というやつでね、魂を取り扱っているんだ」

 「僕の魂について教えてくれるの」

 「そうだよ。もっとも君はそれを誰かに自慢したりすることはできないけど」

 どこか引っかかるような悪魔の答えが気になってそのわけを尋ねてみた。

 「どうして?」

 悪魔はそれが当然だという風に平然と答えた。

 「魂を見られるということは死を意味するんだよ。だって悪魔が魂を見るだけで帰るわけない、もらっていくことは君も知っているだろう」

 僕は今の状況がすごくヤバイと思い、心臓がバクバクなり始めた。まだ僕は中学生なのにこんなところで悪魔に殺されて人生が終わってしまうなんて嫌だななんてことも頭に浮かんできた。けれども同時にとてもワクワクしてきた。いつも本の中でしか味わえなかった非現実的なことが目の前で起こっている、こんなに楽しいことはない。しかし、なんとかして解決策を考えなければ死んでしまう。

 「君が何を考えていようと僕のやることは変わらないからね、諦めることだね」

 僕はなにかいい案を思いつく時間を稼ぐために悪魔との会話を続けることにした。

 「まさか死んでしまうなんて思わなかったよ。けれど、いまさら後悔しても仕方ない。死ぬ前に僕の魂はどんなものか教えてよ」

 悪魔はちょっと意外そうな顔で答えた。

 「君は随分と肝が据わっているんだね。いいだろう、冥途の土産に教えてあげるよ」

 「そもそも君はどうやら特殊な人間みたいでね。僕も初めてみたんだけどどうやら魂を二つ持っているんだ。一つはごく一般的な人間の魂で、もう一つはすごく真っ青な魂なんだ。こんなことは初めてだし、そもそも悪魔が人間から魂をとる儀式は一人一魂しか取れないようになってるんだ。だって一人で二つの魂を持ってる人はいないからね」

 「それは、つまり……」

 「察しがいいね。どっちかは貰うけれど、もう片方はとらないよ。運がよければ君は生き残るかも。僕はどっちでもいいから君が決めちゃってよ」

 僕はもうどちらが本当の僕の魂かわかったので、答えた。どちらも両親から貰った大切なもので名残惜しかったけれども。

 「じゃあ、青い方の魂をあげるよ」

 「わかった。契約成立だ」

 悪魔はそういうと現れたときと同じく突然目の前から消えてしまった。

 まさか、「魂大図鑑」が悪魔を呼び出す本だとは思わなかったが、なんとか危機を逃れることができた。僕はこの図鑑を借りて家でじっくり読んでみたいと思った。今度は呪文を唱えないけどね。

 ちょうどその時図書室の司書の先生が帰ってきた。僕はカウンターに行き図書カードと本を出して貸し出し手続きを始めた。

 すると司書の先生がこんなことを言った。

 「この君の図書カード、名前が消えちゃってるよ。作りなおしたら?」

 僕は不思議に思い、しばらく考えて思い出した。しかし、司書の先生は構わず続ける。

 「君の名前を教えてくれる?」

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