第13話 王太子の思惑

 庭園のアーチを抜けると、従者が庭師の男性と談笑しながら待っていた。

 シルヴァンに気づいた庭師は礼をして去っていき、従者のエヴァンは人懐こい笑顔で主人を迎える。


「やけに長かったですね」

「庭園が見事だったから、つい話し込んでしまっただけだよ」

「月瑠は元気でしたか」

「思っていたよりもたくさん蕾が膨らんでいた」

「ふーん。さっきの男性に聞きましたが、あの侍女が管理してるんですってね。月瑠は育てるの難しいのに、なかなかいい腕をしてるなあ」


 感心しているわりには不服そうだ。

 シルヴァンは城の内門の方へ歩きながら、困ったように目尻を下げる。


「さては、また賭けをしていたね」


 従者は口を尖らせた。


「今回はソフィー姉さんの勝ちです。自信満々に咲かせられるって言ってました」

「僕のプレゼントで掛けをしないでくれるかな」

「お優しい殿下なら怒らないでしょー?」


 王太子相手だというのに、そして同い年だというのに、十代に見える童顔の乳兄弟は軽くウインクした。


「だからあんなに月瑠の様子を見てこいってしつこかったのか、ソフィーは。あのドライフラワーも半強制的に押し付けてきたし」


 ソフィーは彼の実姉で、ふたりはよく些細なネタで掛けをしている。呆れて肩を落とした。


「姉さんは殿下と皇女様がうまくいってほしいんですよ。少しでも接点をって張り切って作ってましたよ。そういえばそのドライフラワー、皇女様に差し上げなくてよかったんですか」

「あの侍女に渡しておけば間違いはないよ」


 製作者のソフィーからは皇女に渡してくれと頼まれていたのだが、実際に彼女が会った皇女はサクラなのだから、期待に添えたといえるだろう。

 何も知らない従者は、侍女経由で皇女に渡るのだろうと理解した。


「それくらいがちょうどいいでしょうね。姉さんはがっかりするでしょうけど、ぼくは婚約に反対だったし」

「そうなのかい?」

「殿下だって最初は嫌だったでしょう。避けられない状況になったから承諾しただけで」

「セイレティア様が嫌だというわけではないよ」

「わかってますよ。でも殿下は民の理想の王子でいようとするあまり、ご自分の感情を蔑ろにされる傾向がありますから」

「王太子としては当然だろう」

「それもわかってますー。でも殿下の相手は、国のためとか関係なく選んでほしいんですー」


 不躾だが愛情のある言葉だ。

 シルヴァンは面食らったのち、破顔した。


「ありがとう。僕はいい従者を持ったよ」

「でしょー?」

「きっとそれも掛けにしていたんだろうけれど」

「皇女様との婚約はもうすぐなくなるから、その掛けは僕が勝ちました」


 ドヤ顔で言う従者。

 それを呆れつつも笑って、シルヴァンは彼の背を軽く叩いた。



 内門を出て飛馬車に乗り、窓から自分たちが歩いてきた道を見下ろす。

 見下ろすといっても門から一定範囲内は飛行高度が定められているため、全体は把握できない。それでもその広大さはサタールと比べるまでもなく、感嘆よりも気後れが勝る。


 皇女の庭園があるであろう方角を見やり、先程のサクラとのやりとりを思い返す。

 あんな素朴な女性が、堂々と皇女の身代わりをしていたというから驚きだ。

 バルカタルの侍女ならば平民のはずだが、平民が皇族の礼儀作法を覚えるのは容易ではないはず。かといって、鎌をかけたらすぐに引っかかったので、幼少期から厳しい教育を受けていたわけでもなさそうだ。

 純粋ゆえに飲み込みが早いのだろうか。


 そもそもあれほど皇女と似ているのが不思議でならない。薄いピンクの髪色と眼鏡が印象的でぱっと見では気づかないが、よく見ればやはり似ている。

 しかし皇女はどちらかというと父親似。母親譲りの白銀の髪以外は皇族の血が色濃く出ており、皇帝と並べば誰がどう見ても兄妹とわかる。

 もし皇女が母親似であったなら、ここまで引っかからなかっただろうが。


 知れば知るほど、興味がわく。


「なんだかやけに楽しそうですね、殿下」


 従者が興味深そうに言った。


「バルカタルの皇帝に会ったあとは、いつも疲れていらっしゃるのに」

「そんなことはないよ」


 今日は庭園へ立ち寄る前、会合のためジェラルドと会っていた。

 シルヴァンにとって皇帝は、人となりは別として為政者として尊敬すべき人物なので認められたいという気持ちがあり、会うとつい気を張ってしまう。表には出さないようにしていたが、乳兄弟でもある彼には気づかれていたようだ。


「そうだ、エヴァン。皇帝陛下から調査依頼が入った」


 従者の顔つきが変わった。

 彼の一族は花農園を営む裏で、古くから諜報活動を生業としている。能力はバルカタルの皇帝も舌を巻くほどで、小国サタールの名が千年以上存続しているのも、彼らの貢献が大きいだろう。


 依頼内容を聞いた従者は短い返事で承諾したが、眉間にしわを寄せて頬を膨らませた。


「どうかしたかい。それほど難しい内容ではないはずだけれど」

「なんで楽しそうだったか聞いてないんですけどー」


 性分なのか、この従者は気になることがあるとしつこい。

 咎めるほどではないので、シルヴァンは簡潔に答える。


「庭園の花が可愛らしかっただけだよ」


 明かりが灯り始めた街並みへ視線を移し、サクラがね、と心の中で付け足す。


 以前から反応が面白いとは思っていたが、じっくり観察すると、やはり面白かった。

 シルヴァンの一挙一動に狼狽える様は見ていて飽きない。

 翻弄されるサクラを楽しんでいる自覚はなかったのだが、必死に弁明する姿が可愛らしかった。

 目に涙をためて見上げられ「なんでもする」と乞われたときはぞくりと心が乱された。

 明確に言葉にするならば、嗜虐心をくすぐられた。

 またあの顔を見てみたい。自分があの表情を引き出したい。

 そう、自覚した。


(僕にこんな感情があったとは知らなかった)


 以前カルバル国の女王に、欲しいものはすべて手に入れる男だと言われたことがある。そのときは自国の繁栄のために邁進した結果だと思っていたのでピンと来なかったが、今になって納得した。

 自覚した以上、どんな手段を使っても手に入れたい。


「ねえエヴァン」

「何でしょう」

「もう一つ調べてほしいことがあるんだ」


 シルヴァンは初めて個人的な依頼をした。

 内容が意外すぎたからか、困惑を隠せないでいる従者へ笑みで圧力をかける。


「調べてくれるね」

「……はい」


 従者の返事に頷いたシルヴァンは、すぐにもたらされるであろう朗報を期待して、目を閉じた。

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皇女の影武者 永堀詩歩 @nghrsh

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