05 ――ぶっかけて

 ミスターヤカモトの指さしたガラス張りにPRONTOプロントと書かれたレストランに俺たちは駆け込んだ。ガラス張りのドアを閉めたが、こんなものじゃSCHILLERシラー TACKタックたちはすぐに突き破ってしまうだろう。


 ミスターヤカモトは、カウンターを飛び越え厨房ちゅうぼうへと入っていく。


「ヤカモトサン! どこへ?」

「ティム、手伝え!」


 ラリーはドアの前にバリケードを作ろうと、テーブルを押し出していく。


「……ああ、わかった!」


 俺もまたそこらにあるテーブルを窓ガラスに押しつけはじめた。

 その直後、半透明のゼリーのような糸が毛糸のように巻かれた奇妙な生き物が、窓ガラスにへばりついてきた。


SCHILLERシラー TACKタック!!」

「……NOOOOOOOOO!」


 SCHILLERシラー TACKタックは俺たちをへだてるガラスを破ろうと、体当たりを繰り出してきた。押し寄せるSCHILLERシラー TACKタック。よく見ると、人だったものの一部が半透明の物体に絡まっていた。


 ガラスを割ろうと繰り返されるその衝撃音が俺たちを恐怖に陥れる。

 ガラス窓にヒビが走った。

 きゅるるるる、という機械音のようなSCHILLERシラー TACKタックの鳴き声が、耳に届きはじめた。

 俺たちは正気を保つので精一杯せいいっぱいだった。


「おお……神よ……」


 すでに抵抗をあきらめ、撮影をはじめたラリー。

 俺もまたやつらを見つめ続けるしかなかった。


 ――ぶっかけて


 突然、妻の……セリーヌの声が聞こえてきた。

 なんだ? ……この言葉はなにを意味しているんだ?

 俺は、脳内に響く幻聴げんちょうにうろたえる。

 いやティム……よく考えるんだ。


 人は、極限きょくげん状態に陥ったそのとき、生存本能をフルにはたらかせて無意識のうちに解決策を求めようとするという話を思い出した。もしその話が本当なら、妻の声をつうじて、俺が俺に助かる方法を語りかけているのでは?


 ――そうだ。信じろ。「ぶっかけて」を。


「ティム! ラリー!」


 ミスターヤカモトの呼ぶ声に振り返る。彼はカウンターに、SAPPOROサッポロ CLASSICクラシックと書かれた大ジョッキを大量に並べていた。


「こいつだ! こいつを使え!」


 俺とラリーは一瞬、ミスターヤカモトの正気を疑った。

 なんで大量の生ビールをカウンターに並べているんだ? しかも大ジョッキで! 死の直前に、酔っ払ってその苦痛をやわらげようというのか?


「こいつをしらたきにぶっかけろ! やつらは出汁が薄まるのを嫌う!」


 俺たちはハッとして、カウンターへと駆け寄り、両手に大ジョッキをつかんだ。

 ガシャーンと窓ガラスが割れて、SCHILLERシラー TACKタックたちが店内にすべり込んでいく。


 きゅるるるる。

 きゅるるるる。


 不気味な音を発しながら、まるで踊っているかのように身をくねらし、こちらへ近づいてくるSCHILLERシラー TACKタック


 俺とラリーは身構え、生ビールをぶっかけるタイミングをはかった。


 と、まえにおどり出たSCHILLERシラー TACKタックが、テーブルに置いてあった飲みかけの水の入ったグラスを倒し、水を被る。

 SCHILLERシラー TACKタックの水のかかった箇所から、もくもくと煙があがりはじめた。


 きゅるるるる!! という悲鳴ひめいとともに「ダ・シ・ガ! ダ・シ・ガ!」という、なげきのような鳴き声が響く。


「ティム! ラリー! いまだ!」


 俺とラリーは、大ジョッキのビールをSCHILLER《シラー》 TACKタックたちにぶっかけた。やつらは、煙をあげ、悲鳴をあげながら、うろたえ後退する。俺たちは、カウンターに並べられたサッポロクラシックをひたすらにSCHILLERシラー TACKタックたちにぶっかけつづけた。大量にいたはずのSCHILLERシラー TACKタックは視界をさえぎるほどの煙を発し「……ダ・シ・ガ!」という鳴き声とともにその姿をかしていった。


「……やはり、おでんには生ビールだな」


 ミスターヤカモトは、その光景を見て、ひとりつぶやいた。


 ポールタウンの最終地点、ススキノ駅へとたどり着いた。

 俺たちは地上へと出る階段をのぼりはじめる。


「ここからまだかなり距離がある。覚悟かくごしてほしい」

 背中越しに言うミスターヤカモトの言葉に、俺たちはうなずき、地上へと出た。


 そこで、俺たちは驚愕きょうがくする。

 巨大な円型えんけいの飛行物体が札幌上空をおおっていたのだ。

 その上部には、俺たちを襲ったCHIC WAVのほかに、さまざまな種類の物体が顔を見せていた。飛行物の周囲にも小さい茶色の円盤や、ベージュの三角形の物体、楕円形のたまごのような球体が飛び回っている。


「なんということだ。あれは……おでんなべだ」

「……ODINオーディン NABEYナベィ? 北欧神話の神、なのか?」


 俺とラリーは唖然あぜんとする。


「水が弱点と言ったって、これだけ巨大なものに……どうすればいいんだ」

 俺は、口走ってしまう。

「おい、ティム。あれをみろ」


 ラリーが指さした先を見ると、巨大の円盤に向かって無数のひつじが、ちゅうへと吸い上げられていた。


「……キャトルミューティレーション。やつら、おでん鍋にラム肉を突っ込む気だ」

 ミスターヤカモトがつぶやく。


 俺たちのほかに、生き残りはいるのだろうか。

 人類は、このままほろんでしまうのか。


 すべてをあきらめてしまいたい気持ちに襲われた俺たちは、ただODINオーディン NABEYナベィを見上げつづけるしか出来なかった。



 ――俺たちを背にしたはるか南の空に、北国の遅い梅雨雲つゆぐもが覆いだしていることに気づくには、あと数刻すうこくのときが必要だった。


END

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チクワブ・エイリアン・アタック! 七ツ海星空 @butterneko2017

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