04 その男、シャマラン

「……やあ」


 男から発せられたその声は、妙に低かった。

 すぐにその理由がわかった。


 男の上着の右わき腹部分から、血がにじみ出しているのが見えたからだ。


「どうした? 大丈夫か?」

「……私は半年まえから、この事態になることをすでに知っていました。誰かに伝えなければ。……そう思っていたが、どうすることも出来ず――」

「知っていた?」


 男は俺の言葉を無視むしして語り続ける。


「こうなるのも、いま思えば宿命しゅくめいだった。この半年間、選択肢など存在しなかった」


 男はそこまで言うと、西側へと歩きはじめる。


「どこにいくんだ?」

北大ほくだい植物園しょくぶつえんです。やつらは水場みずばに近づきたがらない。出汁だしが薄まるのがいやなんでしょう」

 男は「それに、ここよりはましだ」と吐き捨るように言った。

「やつらを知っているのか?」

「そこのドトールのトイレには入らないで。一匹閉じ込めてありますから」

 そこまで言うと、男は右のわき腹をおさえながら、西口に向かって歩きはじめた。俺たちは引き留めようとしたが、男から発する気配けはいがそれを躊躇ためらわせた。

「名前は?」


 男は立ち止まり、背中を向けたまま答えた。


「私はシャマラン。しがないインド系アメリカ人です」


 俺たちは、シャマランを行かせるしかなかった。

 彼の背中がやみへと消えてくるのを見届けてから、ラリーが言う。


「ドトールのトイレにいるのって、ヤカモトサンが言っていた――」

「……SCHILLERシラー TACKタック

「おそらくそうだろう。シャマランは、やつらが水を嫌がると言っていたが」

「もしそれが真実なら、自衛隊に伝えられたら事態じたい打開だかいできませんか?」

「駐屯地へ急がねばだ」




 俺たちは南方面――ススキノへと向かうため、ススキノ駅直通ちょくつうとなる地下街ポールタウンへと入った。ミスターヤカモトのバッテリー残量が、二〇パーセントを切ったため、俺のスマートフォンで進路しんろを照らした。

 あたりは、ホコリがかって空気がよどんでいた。


「このスモークは」

「塵にされた人間のものだろう」


 ミスターヤカモトの言葉に、俺とラリーは震え上がった。

 このあたりにもSCHILLERシラー TACKタックたちが潜んでいることを意味するからだ。


 ラリーはビデオカメラを構え俺を見た。


「ティム、光を消せ」

「光が無ければ見えないだろ?」

「やつらのかっこうの目印めじるしになるだろう」

「じゃあどうすればいい?」

「こいつを使うのさ」


 ラリーは液晶えきしょうパネルをひらいて俺たちに見せた。


「ナイトビジョンか!」

「ああ。赤外線せきがいせんモードにすれば照らさなくてすむ。俺がさきに行く。なるべく足音をたてるな」


 俺とミスターヤカモトは耳をそばだてながら、ラリーのうしろへと続いた。


 突然、背後から物のぶつかる音が響いた。

 ギョッとして俺たちは振り向く。


 暗闇くらやみでよく見えはしなかったが、それはあきらかに人ならざる物体だった。無数の物体がガラス張りのドアに体当たりをしているのがわかった。


「しらたきだ!」

SCHILLERシラー TACKタック!!」


 俺たちは走り出す。

 あのガラス張りのドアが割れるのは時間の問題だった。その間になるべく距離をかせぐしか俺たちに残された道は無い。

 三〇メートルほど走ったところで、ガラスのくだる音が背後で聞こえた。そして、ぬたぬたとした有機的な音が何重にもなった恐ろしい歩行音が迫ってきた。


「はやく! いそがにゃ!」


 全速力で駆ける俺たちの足音と、ぬたぬたびちゃびちゃと迫りくるSCHILLERシラー TACKタックたちの足音。


 大通駅とススキノ駅の中間地点にある、狸小路たぬきこうじへの出口が前方に見えた。

 左右両サイドから差し込む光が目印だった。しかし、SCHILLERシラー TACKタックたちの足音は、間近まぢかに迫る。


「ちくしょう! このままじゃ追いつかれちまうぜ」

「やつらの餌食になど!」


 ミスターヤカモトが、前方の店を指さす。


「あの店に逃げるぞ!」

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