絶望との遭逢

少年はルシアを膝に寝かせてその景色を見続けることしかできなかった。


少年自身も自分が呆れるほどに愚かでひどく臆病者だと言うことは分かっていた。


だが何も出来なかった。

ルシアを置いて行くことも。

街まで走りあの恐ろしいモノと闘おうとすることも。

自分の家も店も親も仲間も守る事は出来なかった。


自分の無能さも弱さも醜さも嘆く余裕すらなかった。

ただ汚らしく口を開けて消えゆく愛と命を見ている事しか出来なかった。


「あら、こんな景色をデートスポットにするなんて……とってもいい趣味してるのね」


あの女の声だった。

トラウマになるほど恐ろしくありながら、聖女の声を聴いているかのような安心感を持った女の声だった。


安心しそうになってしまうからこそ恐ろしい。


「あ……」


声すら失っていた少年を見て女は少し楽しそうな笑いを口から零す。


「うふふ、いいわ。そんな声も出せるのね」


「……さい」


ボソッと何かを呟く。


「なぁに?」


「……殺してください」


「殺したらあなたは楽になるの?」


「……はい」


その返事を聞いた女は口角をあからさまに高く上げた。


「じゃあ……イヤよ」


「え……?」


「だから、い・や」


「なんで……なんでだよぉ!」


みっともなく泣きじゃくりながらもルシアを庇うように抱いていた少年を見た女は何かを思いついたかのように立ち上がった。


「私はね、人を支配する感情の魔女の一人、『絶望の魔女』なの」


女は美しい顔に不気味に笑みを浮かべながらそう話した。今の少年には女の発する意味不明な単語を理解することは出来なかった。


「は……?」


「私は人の絶望で魔力を上昇させられる。 だからね……こうするの」


女は少年に近づいてルシアに手を伸ばす。

その瞬間、少年の頭は光速で回転し、全ての意図を掴んだ。


「やめろ!!」


少年は強く叫び、咄嗟にルシアを自分の後ろに隠す。


「あら、男の子ね」


「ルシアだけには手を出さないでくれ!」


鼻を啜りながら涙を浮かべ、頭を地面に擦り付けて懇願する少年を見た。


女は思わず。


昂った。

興奮した。

歓喜した。


「うふふ……あははははは!」


女は少年の顔を片手で女の力とは……否、人間の力とは思えないほど力強く掴み無理やり唇を奪い、激しく舌を絡め、音を立ててゆっくりと口付けを交わしす。


「っ!?」


魔女は交わらせていた唇を離して少年を大木に投げつける。


ぐえっと言う弱々しい声と共に少年は地面に項垂うなだれる。口の中には気持ちの悪い感触が残ったままだった。


「よく見ておきなさい坊や。これが愛する人との別れなんだから」


ルシアの首を掴んで持ち上げる女を見上げて少年は叫んだ。


「やめろ!やめろやめろやめろやめろやめろ!」


声が出ているかどうかもわからなかったがそれでも叫んだ。


「たのむ! ルシアは! その子だけは!!」


女はしばらく少年と目を合わせた。


「そんなに嫌なの?」


「いやだ!やめてくれ!」


「この子の代わりにあなたは死ねる?」


「あぁ!死ねる! 殺すなら僕を殺してくれ!」


その言葉を聞いた女は満足そうに微笑んだ。


「じゃあ……ダメね」









次の瞬間。

少年の視界は真っ赤になった。


「あぁあぁあぁぁああああああ!!!!!!!」

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