蝋燭と薔薇
「なんなんだ……!?」
少年が目の前で展開される出来事を理解するよりも早く次の出来事が展開されていた。
魔女を名乗る女と素性も知れない人間。
分かるのは女が敵で男は女の敵であると言うことだけ。
先刻の剣の一振とは質が桁違いの撫でるように静かな剣の一振が魔女を襲う。
魔女は間一髪で体を倒しそれを避けるが、それと同時に男の右脚が勢いよく腹部に近づいているのを目視する。
「チッ……!」
脚と腹の接触の寸前に魔女の腹部は禍々しく輝き、空間に歪みを生成して、男の脚の接触を防ぎ魔女は後ろに下がって距離をとる。
「……ここら辺が引き際ね」
魔女は服に着いた土埃を手で払う。
男は引こうとする魔女に向かって茨を放つ。
「俺の創り上げた世界でそう易々と逃げられると思うか?」
そう話す男に対し、魔女は棘の生えた茨を素手でちぎって振り向く。
手からは血が滲み出ていたが、それを感じさせない態度と表情だった。
「一度でも私の不意を突けたあなたにご褒美をあげる」
魔女は不気味な笑みを浮かべて、身体を浮遊させながら片腕を宙に上げた。
そして静かだった夜の森は強風によってたちまち騒がしくなる。しかも風の発生源は魔女からだった。
強烈な風と共に浮かぶ魔女の頭上の空は血のように赤く染まり、突如として赤い空から黒い雨が優しく降り出す。
「ッ!?」
少年は身体中がロウソクを当てられているかのような熱さに襲われパニック状態になる。
「酸性雨かッ!」
いち早く黒い雨の性質に気づき、焦るように厚い帽子を生成したた男に魔女は甲高く笑った。
「あはははははははは!!何度見ても良い景色だわ!興奮しちゃう!」
あからさまに急変した世界を目の当たりにして危険を察した男は少年に向かって何かを描く。
「これは……」
男が描き、具現させたのは見るからに頑丈そうな金属で構成された亀の甲羅を模した少年の全身を包む巨大な盾であった。
「それで暫くは大丈夫だろう、俺も身体が溶けて無くなる前に終わらせないとな………」
そう言って男は魔女の方を見る。
魔女は勝ち誇ったように高々と笑っていた。
「我が
絶えぬ真紅の蝋燭――。
その言葉と共に魔女の頭上に黒い雨水は一点に収束し始めた。
黒く大きい水の玉。
それが次にどのような行動を取ってくるのか男には感覚的に理解出来た。
「世界の構築を最小限にカット、全ての魔力を使い防御体勢……」
男は自分の目の前に巨大な紅白色をした薔薇型の防御結界を展開する。
そして魔女の頭上の水の玉は一点に集中して濃縮され、レーザー光線のように持続的に射出される。
「その可愛らしい花弁、砕いてあげる!」
「『童話創り・
酸性雨の光線と薔薇の花弁がぶつかり合う。
花弁に魔力を込め続けている男の腕には今にも砕け散って無くなりそうな程の負荷が掛かっていた。
「うおおおおおおおおおおッ――!」
魔女の一撃が終わった瞬間。
赤と白の薔薇の花弁と赤く染まった創り物の世界は硝子のような音を立てて砕け散った。
「うふふ、私の必殺技を受け止めてくれるなんて……とっても素敵ね」
元通りになった絶望的な世界で地面に伏せたまま動かない男の頭を魔女は優しく撫でた。
「殺してはいけないなんて慢心が過ぎるヒト……まぁいいわ、アレだけ回収して帰りましょ」
女は惜しそうに人差し指を口にくわえて男の頭から手を離した。
そうして撤収していく魔女を少年はただ木の影から睨みつけることしか出来なかった。
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