救世主
その奪われた視界は死――ではなかった。
少年の意識は未だこの世に存続していたのだった。
「あれ……?」
少年がゆっくりと瞼を開くとそこには血を流して倒れた黒い怪物達の中心に一人男がいた。
短い黒髪に鋭い目、怪物より明るい色をした黒トレンチコートに赤紫色のネクタイ、そして筆の形をした剣を片手で握っている。
「今回はいつもと違って随分と仕事が早いんだな」
青年位の顔つきの男は黒い髪を靡かせながら魔女にそう話す。どうやらこの男はこの魔女のことを知っているようだった。
「あら残念、今回も間に合わなかったわね」
女は男を見るやすぐさま宝石をポケットにしまって背を向ける。
男から逃げると言うにはあまりにも落ち着きがありすぎる。女のその振る舞いは家にでも帰るかのような冷静さがあった。
しかし男は逃しはしなかった。
「ッ!」
素早く剣のリーチが届く間合いまで詰め寄り、筆型の剣を横に振り払う。
その速度は瞬き一回より速い。
眩く光ったその剣は魔女の首筋を攫おうと一気に距離を詰めた。
「あらあら、じゃれあいたいのかしら?」
確かに男の剣の一撃は素早かった。
しかし。
魔女の反応速度は瞬きよりも速い斬撃より素早いものだった。細長いステッキのような物を取り出してその斬撃を受け止めた。
武器の大きさ、太さは明らかに男の方が大きいのにも関わらず、木の棒のように細長いステッキは折れることなく剣を受け止めていた。
「ここで逃がすかっ……!」
男はステッキを振り払い体勢を整える。
そして男はすぐさま筆の剣を地面に刺して叫んだ。
「
その叫び声で辺り一体は光に包まれた。
眩しくも優しい光に少年の心はほんの少し安らぎを得る。
そして、霧が晴れると――。
そこは少年が先程までいた場所とは違う世界だった。
「な、なんだ……」
少年が目を開けてみた場所は先程の悲鳴が絶え間なく聞こえる地獄のような街の近くでは無く、動物1匹の鳴き声すら聞こえない静かな夜の森だった。
正面をずっと進んだ先の山に城があることを目視で確認できた。そしてその後すぐにハッとして少年は周りを見渡す。
「さっきのお兄さんは!? 魔女は!?」
その答えはあっさりと見つかった。
少年が後ろを振り向くとそこには2人の男女が向かい合わせで立っていた。
「こんな所でスキルまで使っちゃうなんて、相当焦ってるのね。エーミール?」
「気安く呼ぶな!」
ニヤニヤとしている魔女に『エーミール』と呼ばれた男は声を荒らげて叫び、剣を上に振り上げる。
「失せろ。絶望の魔女」
突如として魔女に向かって茨が襲いかかる。
それは確実に男の攻撃だった。
見ているだけでも痛々しい程の棘を纏った茨が4本。
女に向かって四方から攻撃を仕掛ける。
女はそれをステッキで弾いたりしながら躱す。
男の表情に反して女の顔は笑顔だった。
確実にこの状況を楽しんでいた。
「チィッ……!」
角度、速度を変えて何度も繰り返される攻撃を掠ることもなく全て避けきる魔女に男は苛立ちを感じているようだった。
「あはは!そんなもの? いいえ違うわ! だって貴方は彼の弟なんだから!」
「――――」
男の顔が豹変する。
憎悪でも憤怒でもどの感情ですらない。
どの感情すらも通り越したその表情は『無』であった。
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