走馬灯

「あはは! あははははは!」


絶望の魔女は世界に響く程の声で高々と笑う。

絶望の名を冠する彼女にとって少年の絶望した表情とと目の前の事実によって繰り返される嘔吐は堪らなく快感だった。


「いい!いいわ! とってもいい! 私はこの光景を見る為だけに生きてるの! 私達を解放してくれたあの方に感謝するしかないわ!」


「おえっ! おえっ! はぁっ、はあっ………」


少年は嘔吐を繰り返しながら女に激怒していた。

絶望と悲しみと怒りが入り交じった感情が今にも爆発して少年を壊してしまいそうだった。


「でもこの娘……まさか……」


「おまえぇ……」


少年は腕で口元を拭い、ゆっくりと立ち上がった。


――この女を殺す。

この時、少年の頭にはすでに怨の感情しか無かった。


「あら、威勢のいいことね。でも駄目よ」


「あぁぁぁ!」


少年は感情の赴くままに走り出し、女を殴ろうとする。


許さない。

自分が死んでもこの女だけは殺す。


殺す殺すコロス――――――。



拳を振りかざし、女の美しい顔面を目掛けて殴り掛かったが、女の片手でいとも容易く止められてしまった。


「レディに手を出すなんて、坊やはまだまだなってないわね」


少年は腕を捻られ、そのまま女に投げつけられ、距離にしておよそ2m。


少年の体は宙を飛ぶ。


身体が地面に叩きつけられ内臓が飛び出しそうになる。口の中は血の味でいっぱいになり、ようやく女の舌の味を忘れることができた。


「時間が無いわ、殺しましょうか」


女はそう言うと、ポケットから宝石を取り出した。

その宝石は黒いながらも美しく輝いていた。


「セット・絶望の宝石」


その合図で宝石は黒く光り輝く。

黒く美しい光は絶望の縁にいた少年をも釘付けにさせた。


だが。

光が終着した後に残っていたのはまたしても絶望だけだった。


先程白で見た怪物とは対象に、黒く汚らしい人型の怪物を5匹ほど出現させていたのだった。


「私のペットと遊んであげてちょうだい、坊や」


その黒いそれは白い怪物より遥かに凶暴そうな目つきで、腹が空いて仕方がないとでも言っているかのように口元に涎を滲ませていた。


少年は度重なる地獄にもう諦めさえ感じていた。

諦める以外の選択肢を奪われてしまったのだ。


「はは、いいよ。食えばいいじゃないか!」


もう立ち上がる余力すら残っていない少年は地面に伏せたまま犬吠えをして笑った。


黒い怪物も激しく鳴き、少年を目掛けて走り始めた。


「キシャァァァァ―――!」


少年に走馬灯が走る。

ルシアと沢山駆け回った街のこと。

ルシアと沢山叱られた義姉のこと。

ルシアと約束した夜のこと。


―――僕、ルシアとの約束守れてないや。


それを思い出した瞬間――――。

目の前が真っ暗になった。

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