地獄
「ルシア!そんなに急いだって僕達には何も出来ない!」
息を切らす程早く走るルシアに少年は思わずそう叫ぶ。
「それでも!」
ルシアは我慢ならないといった具合で走る足を止めることはしなかった。少年はルシアがなぜそこまで急ぐのかが理解できなかった。
「もう少し……!」
ルシアは最後の力を振り絞り、城に辿り着いた時絶句した。それはあまりに酷く城が燃えていた為、などそんな易しい理由では無かった。
少年はやっとのことでルシアに追いつき、そして思わず目の前の惨劇に弱々しく絶望の声を零す。
「地獄だ……」
燃え崩れ落ちる城。
中から聞こえる泣き、喚き、そして惨たらしい声。
それだけでは無かった。
2人の目の前には2人には知らないナニカが居た。
人ではなく、動物かどうかも分からない。
羽の生えた、白く小さい人型の怪物。
それは実際怪物と表現するにはあまりにも美し過ぎて、天使と表現するにはあまりにも醜過ぎるものだった。
その白い怪物は城の中から人を引き摺り出して、貪るように人を喰らっていた。少年にとって白い身体が人間の返り血で赤く染る様は地獄と表現する他なかった。
少年の隣にいたルシアはそれを見て耐えられず空嘔吐を繰り返していた。
「ダメだ、ここにいたら殺される……!」
少年は涙を浮かべて吐く動作をしているルシアを腕に抱いて走り出そうとした時だった。
何かにぶつかる。だがしかし。
知っている感触だった。
膨れ上がった柔肌の感触、それは早朝のものと同じだった。
「あら、ごめんなさいね」
少年の瞳孔は大きく開いた。
朝にぶつかったあの女が目の前居た。
こんな場所に偶然?
それは違う。
そんなことは一瞬で分かった。
女の嘲笑うような表情、声。
まるでこの状況を楽しんでいるかのようだった。
少年は重く、ぐらついた身体をすぐに立て直し走ろうとした時、再び声がかかる。
「そんなに急いで……どうしたの?」
女は甘く、柔らかい声で少年に尋ねる。
今朝の少年と同じように。
「ッ!」
少年は背中に悪寒を感じ、走り出す。
「……別にどうせ壊れる世界だけれど、彼が来る前に目撃者は消しておきましょうか」
早く、街に戻らなければ。
早く、街の皆に知らせて避難させなければ。
少年は自分の限界をとうに超えていたが、足をとめずに走り続けた。
「ハァッ……ハァッ……! ルシア……ッ!しっかりしろ……!」
そう叫ぶ少年の足は少しずつ少しずつ遅くなっていき、とうとう街目前の大木で倒れ込んだ。
「ゲホッ……ケホッ………」
ルシアは未だ苦しそうに空嘔吐を繰り返していた。
そうなってしまうほど酷い景色だったのだ。
しかしそれより酷い地獄がその先にあった。
「嘘だろ……? 嘘だよな……?」
先の景色は少年にとっては確かに地獄そのものと言っても過言では無かった。
だがそれを撤回してしまいたくなる程の惨状が目の前に広がっていた。
「街が……僕の、僕達の街が!!」
街の人口と同じ数、もしくはそれ以上の数の羽の生えた白く小さい怪物が街を襲っていたのだった。
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