彼氏のいない間に。

 母「いいから、早く来て!」


 突然の母からの電話に困惑した。新しい彼氏(Bさん)ができて、今の彼氏に見切りをつけたようだ。今の彼氏(Aさん)の家に入り浸っていて、実家にはほとんど帰ってこなかった。もう一週間近くAさんの家に戻っていないらしく、一度は話し合おうと言われたものの、最終的に、


 Aさん「荷物持って出てけ!」


 と、電話があったらしい。それで、荷物を実家に持って帰るついでにAさんと話し合おうと母は考えていた。


 Aさんの家に行き、合鍵で部屋に入ったところAさんはいなかった。これはチャンスと思い、母は僕に電話してきたようだ。荷物さえ持ってきてしまえば、話し合う必要もない。口論や暴力沙汰になるのではないかと、ビクビクしている僕に母は言った。


 母「そうちゃん(僕)がいる前でそんなことしないでしょ。病気あるんだし。」


 あー、そういうことか。僕は納得した。要するに僕を盾にするわけだ。統合失調症という診断名がついているが、僕の一番つらい症状はパニック障害の心臓の発作だ。僕がそばにいればAさんは怒鳴ることも殴ることもしないだろうという考えに至ったのだろう。


 傍から見れば薄情な卑怯な人に見えるかもしれない。でも一人の「女」として、ましてや両脚に人工股関節を入れていれば、この社会で生きていくことは決して楽なことではない。母が恋愛関係で僕を事あるごとにだしに使うのは、姑息なようでもこの社会で生きていく上でとても大事なことなのだろうと今では思っている。


 電話のあと、軽く身支度をしてAさんの家に向かった。


 母「Bさん、車で来てるから。荷物運んでもらおうと思って。」


 あー、いつものパターンだ。心の中でそう思った。母は恋愛関係という個人間の関係にいろいろな人たちを巻き込んでいく。ただ「巻き込んでいる」という自覚は本人にはない。僕はAさんに出くわすのではないか、発作が起きたらどうしよう。今度の彼氏はどんな人だろう。目まぐるしく頭が回転し、不安と恐怖が募っていった。


 Bさん「君が、総一くん?」


 Aさんの居室はアパートの上の階にあるから、母が荷物を運び出し、僕は下で荷物番をしながらBさんに荷物を手渡す。Bさんもトラブルを起こしたくないみたいで少し遠くにいて、それでも何かあったらすぐ駆け付けられる距離で待機してる。僕が荷物を受け取ったら、Bさんが走ってきてはその荷物を受け取る。ほんの30分足らずで運び出しを終えた。


 Bさん「挨拶もろくにできず申し訳ない。挨拶はまた日を改めてさせてもらいます。」


 正直、今のこの状況がごちゃごちゃしすぎていて、とても冷静になれなかった。家まで送っていくよ、というBさんの申し出を振り払い、僕はその場を離れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る