消火器。

 「ピンポーン!ピンポ!ピンポ!ピンポ!ピンポーン!」


 「ガチャガチャ!ドンドン!」


 母の彼氏(以下、Aさん)に違いない。そう思った僕は居留守を決め込んだ。Aさんは今にも乗り込んで来そうな勢いで玄関のドアを叩いたり、インターホンを鳴らしたりしていた。肝心の母はというとそのKさんのことで誰かに相談しに行っていた。ただただ怖かった。


 母「もしAさん来ても絶対家に入れないで!なんかあったら電話して!」


 親にとって自分の子供はいくつになっても子供だとよく言われている。実際、僕の母もたまに口にしていた。そういう緊急事態が迫っているなら、家にいて欲しいと思うのだけど、日常的にこうした状態が続いていると人は慣れてしまう。当然、危機感も鈍っていく。母はいつものことのように呑気だった。


 リビングで様子見することおよそ10分、体感時間としては物凄く長く感じた。玄関から物音がしなくなった。諦めて帰ったのだろう。そう思った僕は自分の部屋に戻った。すると、


 Aさん「なんだ!いるじゃねえか!」


 うっかり自分の部屋のエアコンをつけっぱなしにしていたのが運の尽きだった。


 「ドンドン!ドンドン!」


 窓が割れてしまうような勢いで叩いてきた。僕は必死にパニック障害の発作が出ないように床にうずくまっていた。


 「カチン!カチン!」


 Aさん「開けろ!」


 庭にある小石か何かを投げているのだろう。しばらくして、庭から音も声も聞こえなくなった。安堵したのも束の間、


 「ガガガガガガガガガガガガッ!!!!ガガッ!」


 不快で大きな音が鳴り響いた。一瞬、工事の音かと思ったけど、それでもこの音は異常だった。Aさんが何かしているに違いない。そう思っても、玄関や窓を開ける勇気は僕にはなかった。10分くらい経ったのだろうか。音が止んだ。体調を崩して、1時間近く、僕は床にうずくまっていた。恐る恐ると玄関に向かって驚愕した。玄関が雪のように、ピンク色の粉が積もっていた。何が何だかわからずパニックになった。急いで母に写メを送り、電話した。


 母「え?嘘でしょ?すぐ行く。」


 それから40分くらいして、母が帰宅した。


 母「これ、消火器だよ。」


 母は、すかさず警察に電話した。交番の警察官がやってきて母に事情聴取をしていた。結局、音や声だけではAさんがやったとは確定できないということだった。外に備え付けてあった消火器も、アパートの備品ということで被害届を出すのは管理人になると言われた。


 警察官が帰ると、見計らったかのようにAさんが帰ってきた。Aさんとは当時、同棲していた。


 母「誰がやったんだろうね?これさっさと片づけて!総一(僕のこと)も手伝って!」


 なぜかAさんと一緒に消火器の粉末の後処理をすることになった。母はただただ黙って僕たちが掃除するのを見ていた。惨めだ。心の中で憎悪の感情だけが募っていった。

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