黒歴史 ラノベエッセイ 劣等感と告白(仮)
僕が中学一年生のころ、ちょうどORANGE RANGEというバンドの『花』や『以心伝心』という曲が流行っていたころのお話。流行というもの意識しだして、髪型や服装など自分や周囲の容姿に敏感になる、そんなお年頃だ。いわゆるヤンキーや不良と呼ばれるような人たちがタバコに手を出し始めるのもこのころだろうか。クラスの中にある程度序列ができて、隣の机や同じ班の異性(または同性)が誰になるのか、席替えの度にウキウキわくわくしていた当時の自分を思い出す。
僕は男性で異性愛者だ。思春期真っ只中の僕は授業のことより女子にどう思われているか、評価されているかで頭がいっぱいだったように思う。でも僕にはなんの取り柄もなかった。成績もオール3かそこに2がちょろちょろある程度で突出したものが皆無。体育が得意なわけでもない。クラスの人気者に比べたら日陰に隠れてしまうような、目立たない面白みのない人間だった。
目立つものと言えば、僕の口元の右下にある直径25ミリほどの丸っこい黒アザだろうか。大きな黒アザがある、ただそれだけで周囲に対して疎外感を感じていた。
「自分は他の人とは決定的に違う。」
そんな思いを日々募らせていた。
こんなパッとしない僕にも春がやってきた。それに気がついたのは授業の休憩時間に自分の机で読書をしているときだ。何やら一人の女子クラスメイトを他のクラスメイトたちが囲んでひそひそと話し込んでいる。時折、視線のようなものを感じた。僕は内心、自分の悪口でも言っているのではないかとビクビクしていた。そっと視線をそちらに向けた。
「きゃっ!」
謎めいた悲鳴とも受け取れる声が聞こえた。戸惑った。僕が視線を向けたからか?きっと気のせいだろう。そっと手元の本に視線を戻す。だが、ひそひそ話は止まらなかった。話の内容が気になって読書に集中できない。またそっと視線をそちらに向けた。
「・・・・。」
その周りだけが皆、なぜか沈黙していた。中心の女子クラスメイトをじっと見た。なぜか後ろを向いていて、両手で顔を覆っている。僕は心臓がドキドキするのを感じた。
その出来事から数日が経った放課後。僕はカバンに教科書などをしまっていた。すると一人の男子クラスメイトが声を掛けてきた。
「なあ、そういっちゃん。Aさんのことどう思う?」
Aさんとはあの出来事があったとき中心にいた女子クラスメイトだ。僕はどう返答しようか迷った。好意を抱いてくれている節はある。でも、節がある程度で確信はもてない。ここで「可愛いよね。」とか「ちょっと気になってる。」なんて言って、彼女に嫌われたらどうしよう。ましてクラス内で噂になっていじめられたら。不安だった。僕にそんなことを言う勇気は到底なかった。それに口元に黒アザのある僕に好意を抱いてくれる女子がいるとは当時の僕にはあまり想像がつかなかった。
「ふ、普通かな。」
当時の自分にバカヤローと言いたい!
それからというもの、しきりにクラスメイトたちにAさんのことをどう思うか問いただされた。あるときは「Aさん可愛いよね。」とか言い出すクラスメイトもいた。僕の態度は依然として煮え切らない。Aさんにアタックするようクラスメイトたちが仕向けているのは鈍感な僕にさえ、ひしひしと伝わってきた。それでも僕には告白する勇気がなかった。まだ確信がもてない。それほどまでに僕は自分に自信がなかった。運動ができる人もいるし、勉強ができる人もいる。図書室の歴史漫画を全て読破して歴史に詳しい人もいるし、トークでいつもクラスを笑わす人もいる。リーダーシップもない。僕に特徴があるとすればこの口元の黒アザだけだ。
今思えば、いつも何かに怯えていたように思う。例えば、道行く人が僕の口元にある右下の黒アザを凝視する視線。そしてそれを見た反応。いつも右側を警戒していた。すれ違う人に怯える一方で、敵視もしていた。小学校から中学校に進学してからも学校で、またクラス内でいじめられないか。さすがに敵視はしないとはいえ、怯えていた。この黒アザで、人格が規定されてしまうのではないか。それにすら無意識に怯えていたのではないか。怯えを通り越して、一人恐怖していた。
そんなこんなでまた数日が経過した。しびれを切らした仲のいい男子クラスメイトが、放課後になって一緒に帰ろうと話しかけてきた。彼とはちょうど家が反対方向だ。
「家、反対方向なんだけど。」
「いいから!いいから!」
彼の勢いに流されるまま、学校を後にする。どのくらい話しながら歩いただろうか。ふと、まっすぐ遠目に同じ中学校の女子生徒が一人歩いていた。すると、突然その女子生徒が振り向いた。Aさんだった。彼女は徐々に歩幅をこちらに合わせてくる。こちらも歩幅を自然と合わせた。互いにゆっくり歩きながらも、彼との話は続いていく。彼女は時折こちらを振り返り、ちらっと僕に視線を合わせてきた。心臓がドキドキするのを感じた。
そして気がつくと彼女の家の近くまで来ていた。僕ら二人はふと足を止めた。そうしておもむろに公共施設の空いたベンチに腰掛けた。彼女は歩幅を緩めながらも、一人静かに歩いていく。だんだん彼女の存在が遠くなっていくように感じた。徐々に彼女の姿が小さくなっていく。すると、彼が一言発した。
「行けよ!」
僕は、一瞬ためらいながらも彼から目を背け彼女のもとに全速力で走った。
しばらく走っていくと彼女の姿があった。彼女は歩いては止まってを繰り返している。僕は立ち止まってしまった。50メートルほどの距離があった。近いようで遠い存在。そんなふうに感じてしまった。彼女も振り返り、立ち止まってこちらを見つめている。おもむろに勢いよく僕はしゃがみ込み、頭をかいた。彼女も同じように勢いよくしゃがみ込み、また立ち上がる。彼女は屈託のない笑顔を見せていた。一向に距離は縮まらない。10分は経ったように思う。彼女が近づいてくる気配はない。僕は勇気を振り絞り、ゆっくりと彼女の元に歩いて行った。互いに見つめあいながら向き合う。僕は彼女に言った。
「一緒に帰ろう?」
彼女とゆっくり歩きだした。彼女の家まで200メートルほどだろうか。お互いに無言で歩き続けた。あっという間に彼女の家の前に着いてしまった。でも彼女は家に入ろうとしない。沈黙が続いた。そして、心の決心がつき一言。
「よかったら僕と付き合ってください!」
「・・・はい。」
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