黒歴史 ラノベエッセイ 縮まらない距離、放した手
彼女と付き合いだした。うきうきとワクワクで、僕はこれから始まろうとしている恋人生活に胸を膨らませていた。でも、そう易々とうまくはいかなかった。彼女はいわゆるヤンキーや不良と呼ばれる人で、いつもその取り巻きの渦中にいるような子だった。それはまるで壁となるかのように僕に立ちふさがった。僕はそうした人たちとはあまり関わりを持ちたいとは思わなかったから、なおさら学校で話をすることは難しい。不良同士の付き合いもあるのだろう。下校の時間になるとその人たちと一緒に帰っていくことがほとんどだった。
それでも放課後になると、手持ち無沙汰そうにこちらをチラチラ伺っていることだけはわかっていた。そしてしばらくすると諦めたかのように、不良仲間と帰っていく。距離がどんどん遠のいていくのを感じた。
「このままじゃダメだ!」
そう自分に言い聞かせていた。でも声を掛ける勇気は僕にはなかった。自分に自身がもてなかった。
「Aさん(彼女)帰っちゃうよ?いいの?」
そうクラスメイトに言われた。煮え切らない態度が続いていった。
それから一週間ほどが経った放課後。
「ちょっと来て!Aが呼んでるよ!」
まさかもう別れ話か?こんな形で関係が終わってしまうのか?不安を募らせながらも教室を後にし、彼女が待つ下駄箱まで向かった。下駄箱に着くと、彼女とその不良仲間の取り巻きが待っていた。彼女は何か言いたげな顔をしている。束の間の沈黙。そして彼女はおもむろに口を開いた。
「一緒に帰ろう?」
「・・・うん!」
一瞬、頭が真っ白になったが二つ返事で答えた。あのときの告白のときとは立場が逆になっていた。彼女もこの一週間不安だったのだろう。自分が情けなくなった。でもやっと恋人らしいことができる。僕は浮足立っていた。彼女と下駄箱を後にし、歩き出した。彼女とは家が反対方向だけどそんなことは気にしない。家まで送ろう。さあどんな話をしようか。また頭が真っ白になった。しばらくお互い話せないまま校門の出口にたどり着いた。ふと足を止めた。後ろを振り返ると彼女の取り巻きが5,6人ほどいた。
そんなこんなで彼女とその取り巻きを含めたみんなで下校することになった。その取り巻きは全員女子だった。きっと彼女のことが心配で、ついてきたのだろう。さて困ったことになった。僕はその取り巻きの彼女たちとはほとんど話をしたことがない。ただでさえ話すのが僕は苦手なのに。奇妙な下校が始まっていた。すると取り巻きの女子の一人が言った。
「うちらのことはお構いなく!」
じゃあなんでついてきたんだ!戸惑いを隠せなかった。そうして歩きながらも沈黙は続いていく。しばらく歩いているとしびれを切らしたのか取り巻き女子たちが口々に話し始めた。
「A、あんたほんと幸せだよ。」
「こんなこと、滅多にないよ。」
「今日天気いいね。」
「浅沼とはもう手はつないだの?」
彼女に気を遣いながらも時折こんなふうに彼女に話を振っていた。まるでそこに僕がいないかのように。そうして僕の存在は陰へ陰へと追いやられていった。存在を否定されているように感じた。地獄だった。
どのくらい歩いて、どのくらい時間が経っただろうか。彼女とは一度も言葉を交わしていない。取り巻きの女子たちは何かを察したように彼女と僕を残して散り散りに解散した。僕は彼女にやっとの思いで言葉を絞り出した。
「や、やっと解放されたー!」
「ふふ!」
僕たちは二人っきりになり、また歩き出した。ただひたすら言葉を交わすこともなく、静かに歩いていく。何か話さないと!でも何を話したら。とっさに言葉を発した。
「今日天気いいね。」
さっき話してたじゃねかバカヤロー!顔が真っ赤になるのを感じた。
それから学校がある日はほとんど毎日、放課後になると彼女を家まで送るようになった。もちろん二人っきりで。言葉はあまり交わさない。今思えば恋人らしいことなんてほとんど何もしていないに等しいけど、僕にとってはそれだけでも十分に幸せだった。距離が縮まる気配はなかったけど。
そんな日がしばらく続いたある日の放課後。いつものように彼女と下校していた。少しだけ、言葉を交わすようになっていた。静かに二人歩いていた。おもむろにすっと彼女が僕の手に一瞬触れてきた。ドキドキした。それでもまた、何事もなかったかのように歩き続ける。しばらくしてまたすっと彼女の手が一瞬、僕に触れた。気まずいような、くすぐったいような、そんな時間が流れた。次第に鮮明に心臓がドキドキするのを感じた。
「今しかない!」
そう思った。そして勇気を振り絞り彼女の手を僕のほうから、ギュッと握った。彼女は照れ臭そうに顔を背けている。束の間の幸福。
その時だった。
「ヒュー!ヒュー!」
同じ中学の生徒二人が後方からすれ違い際にはやしたててきた。そのうち一人が僕の口元にある右下の黒アザを凝視した。目を丸くしていた。そしてその生徒は自分の顔を指差したかと思うと、口元の右下を指でつんつんしている。とっさに僕は彼女の手を放した。僕は彼女といる資格がない。彼女と一緒にいれば、彼女もまた好奇な視線に晒される。その日以降、彼女を遠ざけ、その手に触れることもなかった。
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