アザもちの記憶の断片(仮)

浅沙(あさざ)

ロールモデルの不在

 僕は大学生になるまで、アザもちの人に出会ったことがなかった。ロールモデルという言葉がある。これは自分の人生の模範となるような、行動や考え方のモデルになる人を指し示す言葉だ。僕と同じように外見に疾患や外傷のある人々が僕のちっぽけな社会にはいなかった。だから僕という存在がこの日本社会で、どのように生き抜いていけばいいのか全くわからなかった。


 高校時代、僕のクラスに何人かアルバイトをしているクラスメイトがいた。当時の僕は、顔にアザがあるからアルバイトなんてできるわけがない。そんな風に思っていた。極論を言うと、僕のようなアザもちの人間は社会で働くことはできない。そんな思い込みに囚われていた。


 僕は普通の人とは違う。でもそれはどのように違うのか、言語化できずにいた。言葉をもっていなかった。もっているのは口元の大きなアザ。アザに、僕は支配されていた。思考や行動はアザを中心に形作られていた。人格さえもアザに囚われ、それが僕の全てだった。高校を卒業するまでロールモデルになりそうな、同じ境遇の人と出会う機会がなく、学校でも浮いていた。


 僕以外の人間は全員、敵に思えた。アザに向けられる視線。アザを見た反応。時にはストーキング行為すらされた。家庭環境も悪く、僕の居場所はどこにもなかった。だからよく公園で学校をサボって、制服姿のままベンチに腰掛け読書をしていた。この場所、この時間だけが僕に安心、安寧をもたらしてくれた。

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