有野君は今日も告る⑥
「……久しぶり」
「……どうしたの?」
「有野君。さっきの告白はね……」
私はいきなり、
私が話し終わると、有野君は少しだけ寂しそうに「そっか」と言った。
「その……夢を奪ってごめんね。有野君」
「いや、嘘だろうなって薄々感じてはいたんだ。無駄に傷つかないですんでよかったよ」
有野君は穏やかにそう言った後、ボソッとつぶやいた。
「いるんだな……ほんとにYouTubeの広告みたいなことする奴」
あ、やっぱ思うよね。それ。
私は、そのまま静かになってしまった有野君の横に座った。
ちゃんと、彼の考えを聞くために。
「……ねえ。どうしていろんな女の子に告白なんかしてるの」
「……」
「正直見てられないよ。勝算もないのに告白を繰り返して……何がしたいのさ」
私が問いかけると、有野君はベンチの背もたれに全体重を預けた。身体中の力が抜けてしまっているような、生命力のない座り方だった。
「……生きている間に、一度でいいから彼女が欲しかった」
ぼそり、と有野君は言った。
「それだけ?」
「うん。誰かが今の僕のこと好きになってくれないかなって思ったんだ」
校舎裏は静かで人気も少なく、彼の小さな声もちゃんと聞こえた。有野君はポツポツと自分の思いを教えてくれた。
「……余命もそれほど残ってないことが分かってから、僕の周りの人達は皆僕に気を遣ってくれるようになった。同情の言葉をくれた。時には涙を流してくれた。家族が、親戚が、僕のことを愛していると、生まれてくれてありがとうって毎日のように言ってくれる」
「……」
「でも、言われれば言われるほど、なんて言えばいいのかな。みんな『生きている僕』じゃなくて、『病気で死んでいく僕』ばかり見ているような気がしてさ。それがなんか、悔しかったんだ。僕はまだ、ちゃんと生きているのに」
有野君は寂しそうに言う。
「だから、病気のことを何も知らない誰かに、今の僕を好きになってもらおうと思ったんだ」
「……それで、あんなに告白を?」
有野君はこっくりと頷いた後、結果は知っての通りだけどね。と、自嘲的に笑った。
そっか。やっとわかった。
有野君はずっとずっと戦っていたのだ。「生きている自分」を見て欲しいのに、「死んでいく自分」ばかりを強調される日々に、必死に抗っていたのだ。有野君は、告白という方法で、ずっと今の自分の存在を問いかけていたのだ。
そのやり方はあまりにも不器用で、多分適切ではない方法なのだろう。でも、私は彼が間違っているとは思えなかった。
でも、だったら有野君。あなたは……
「……あなたは勝手だよ」
「え?」
有野君は告白される側のことを知らない。好きな人に告白されることがどれほど嬉しいことなのか。自分の好きな人が他の人に告白していることを知るのが、どれほど苦しい事なのか。
つまりは、私がどれほど有野君を好きでいるのかという事を、彼は知らない。
「有野君は知らないでしょ。私がどれだけ、あなたのことが好きか」
少しずつ、しかし加速度的に、私の口は動き始めた。
「ほんのちょっと女の子と楽しそうに喋ってる所をイライラするんだよ。別の子に告白なんかしてたらぶん殴りたくなるんだよ。ていうか、ずっとかわいい子ばっかりに告白てたよね? スタイルいい子ばっかり狙ってたよね? なーにが『死ぬまであなたを愛します』だよ! あんたの死ぬまでって人より短いじゃん! 卑怯者! 色ボケ! 変態!」
ほとんど無意識に、口が動き続ける。私が急にまくしたて始めたので、有野君は面食らっているようだった。でも、そんなことは関係ない。今、言いたいことを全部言わなければならないと思った。
「ちょ、ちょっと……」
「あなたが病気かどうかなんて関係ない。もうすぐ死ぬなんて関係ない。ずっとずっと好き。ちっちゃいころからずっとあなたを見てきた。ずっとあなたが好きだった。恋人とかになりたいなってずっとずっと!」
言葉が止まらない。考えるより先に喉が震える。言いたいことがどんどんあふれる。好きだからなのか、怒っているからなのか、イラついているからなのか、いろんな感情がぐちゃぐちゃのまま口の中から飛び出す。
「勝手にあきらめないでよ! 『病気で死んでいく自分』? 同情? 関係ないよ、そんなの。私は、あなたを病気なんかで死なせない。絶対死なせるもんか。もし、あなたが死ぬことがあるとしたら……」
「それは私に愛されすぎたからだ!!」
滅茶苦茶なことを言っている自覚はある。でも、全部本心だった。
有野君が死ぬのが病気のせいのはずがない。そんなこと、私は許さない。
有野君は私の重すぎる愛で死ぬのだ。
とんだメンヘラ女につかまったことを後悔すればいい。
私は、一度言葉を切って、肺に入るだけの空気を吸い込んで、言った。
「ねえ、有野君。こんな私でもよければ、付き合ってくれない?」
有野君はしばらくあっけにとられていた。が、ほどなくして照れ臭そうに頭を掻いた。
「……重いよ。ユキちゃん」
「うるさい。お互い様だよ」
私がそう言うと、有野君は「それもそうか」と口に出して笑った。
「ありがとう。僕も君が好きだよ。死ぬまで一緒にいよう」
有野君はちょっと恥ずかしそうにそう言った。
それはどこにでもある、世界にありふれた、普通よりもかなり重めのカップルの誕生の瞬間だった。
そしてそれこそ、私が求めていたもので、多分彼も求めていたものだった。
「ところで、一個確認なんだけどさ」
「何?」
「僕が他の子にしてた告白のセリフ、なんで知ってたの? 随分細かいことまで知ってるみたいだけど……」
げ。まずい。
私が何か言い訳をしようとするのを制すように、有野君の手が私の髪に触れる。髪からふわりと灰色のホコリの塊が落ちてきた。有野君がジトッとした目で私をにらむ。
「……まさか、どっかから見てた?」
「……言ったでしょ。私の愛、重いって」
『有野君は今日も告る』<了>
有野君は今日も告る 1103教室最後尾左端 @indo-1103
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