有野君は今日も告る⑤

「ユキちゃんが好きだ。僕と付き合ってくれないか」


 そう言ってもらえるのが、後一週間、いや、後三日早かったなら。いや、それよりも早く私から告白していたなら。その後悔は私の心の中に今でも残っている。


 私、森矢由紀もりやゆき有野啓太ありのけいたは幼馴染だった。小中校と同じ学校に通い、家もご近所。幼いころから家族ぐるみの付き合いがある典型的ともいえる幼馴染だった。昔はケーちゃんとユキちゃんなんて呼び合っていた。


 そして、これまた典型的で恐縮なのだが、いつからか私は有野君のことが好きになっていた。おそらく、有野君も私のことが好きだったのだと思う。私達はお互いの好意を感じ取りながらも、それを言葉にすることはなかった。それで、十分心地よかった。


 このままずっとこの関係が続いて、あわよくば、ちゃんとした恋人になれたら。当時の私はそんな風に考えていた。




 だから、私の親から有野君の病状について告げられた時、私はどうすればいいか分からなかった。




「もともと、身体の弱い子だったでしょ? 正直あんまり長くないってお医者様に言われたそうよ」


「な、んで……?」



 私が言った「なんで?」が、何に対して向けられた疑問なのかははっきりしない。


 なんで有野君が?

 なんでお母さんが知ってるの?

 なんで私に伝えたの?


 ……そんな様々な疑問が全部混ざった疑問符だったと思う。でも、その時のお母さんの返事は何の答えにもなっていなかった。



「ユキ。あなたも色々ショックでしょうけど、啓太君とは今まで通りに接してあげてね」



 お母さんは神妙な顔で言った。そんなこと、本当にできると思っているだろうか。それでも、私は結局そのときは混乱する頭のままで頷いた。




 有野君から告白されたのは、その事実を知ったすぐあとだった。有野君は顔を真っ赤にして、一生懸命絞り出すように言ってくれた。それは、ずっとずっと私の一番欲しかった言葉だった。


 なのに。私は。何も言えなかった。「ありがとう」も「よろしくお願いします」も「ずっと待ってたよ」も。言いたかったことは何も言えなかった。

 


 私の複雑そうな表情を見て、有野君はすべてを察した。そして、見たこともないような悲しい顔になった。




「……もういいよ。ごめん」




 それだけ言うと、有野君は踵を返した。私が呼び止めようとすると、有野君は今にも泣きそうな声で、必死に声が震えないようにこらえながら言った。




「……同情なんかで付き合って欲しくない」




 言われた瞬間。


 私は、何か言い返すべきだった。

 同情なんかじゃないと、ずっとずっと好きだったと、強く言い返さなければならなかった。



 なのに、私は、何も言えなかった。「同情」という言葉が胸に突き刺さった。


 それは、心のどこかで、彼に同情していたことの証拠だった。


 彼を幼馴染ではなく「もうすぐ死んでしまう可哀そうな患者」として見ていたことの何よりの証拠だった。




 その日から、有野君は色々な女の子に告白するようになった。

 手あたり次第に、まるで自分を痛めつけるように。

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