有野君は今日も告る④


亜美あみちゃん、おつかれ~」

「どうだった~?」


 それからほどなくして教室には二人の女子高生が入ってきた。語尾に波線記号が無ければ話せないようなタイプの、世間一般の人々が想像するJKのモデルケースのような二人であった。おそらく日本のタピオカの消費の八割は彼女たちが担っていると思われる。


 二人が現れると、急に川上かわかみさんの表情が砕けた。


「も~。二人ともひどいよ~。マジで虫唾走った~」

「え~。でも、一番最初に告られた人がオッケーするって罰ゲーム思いついたの亜美ちゃんじゃ~ん」

「そうそう。そんで三か月付き合うって決めたのも亜美ちゃんでしょ~」

「そうだけどさ~。マジでキモかったよあいつ~」


 何やら楽しそうにキャッキャとやっている。その楽しげな会話から、大体の事情は把握できた。有野ありの君の告白が成功したのは奇跡でもなんでもなく、「最初に告白された人がOKする」という単なる遊びだったようだ。そして、その罰ゲームとして川上さんは有野君と三か月付き合うことになる、とのこと。



 ……いやいや。YouTubeの広告かあんたら。



 ここ数年で星の数ほど見たぞ。「罰ゲームで告って三か月付き合う」ってやつ。作画と商品が違うだけでその他セリフ回しまでおんなじヤツ。大体五秒でスキップするけど、めっちゃ暇なとき最後まで見ちゃうヤツ。


 いいのかあんたら。その流れだと三か月後脱毛だか洗顔だかダイエットだかで生まれ変わった有野君にガチ恋する流れになるけどいいのか?


 後からやってきた二人は、どこかで有野君と川上さんのやり取りを録画していたらしい。先ほどのシーンを繰り返し見て、爆笑している。



「あーマジできっしょいわコイツ。本気にしてんじゃん」

「ねー。もうこれで許してよ。流石に三か月付き合うのキツすぎだよ~」

「ん~。ま、いっか。十分面白かったし~」


 やはり広告と現実は違うようだ。いつまでたってもスキップできないし、ハッピーエンドにもなりそうにない。


「ていうかさ、明日なれなれしく話しかけてきたアイツをさ、めっちゃ冷たく突き放したら面白そうじゃない? それまた動画に撮ろうよ!」

「え、それちょっと面白そう~。亜美ちゃん天才じゃん?」

「見たいみたい! 明日楽しみ~」


 三人ともとても楽しそうだ。明日、どんな罵声を有野君に浴びせるか意見を出し合って笑っている。


 ……聞いていて、あまり気分のいいモノじゃない。


「てかさ、有野って頭おかしくない? A組のゆかちんにも、C組の新田ちゃんにも、D組のはるちゃんにも告ったって噂だよ?」

「え、マジ? もう誰でもいいから付き合いたいって感じ? マジキショい……」

「女の敵だよ。女の敵。ちょっと痛い目見せてあげた方がいいよ」

「お、亜美ちゃん正義のミカタじゃん!」



 彼女たちの言っていること自体は間違ってないと思う。有野君は確かに相手を選ばなすぎだ。節操なしにもほどがある。もっと手順を踏んで、丁寧に相手を選ぶべきだと私も思う。私の理性は、彼女たちの言葉に大いに賛成だ。


 でもその一方で、怒りのようなものがふつふつと沸き立つのを感じる。


 何も知らないくせに。

 有野君のこと、何も知らないくせに。



「でもさ、こんなに短い間にいろんなやつに告れるってビョーキじゃない?」

「ビョーキビョーキ。病院行った方がいいっしょ」

「マジで関わり合いになりたくないわ~。よかった~告られなくて」



 その通りだ。有野君は短期間にいろんな女の子に告白した。どう考えても頭がおかしい。常軌を逸してると私も思う。なのに、私の怒りのボルテージはどんどん上昇した。


「何も知らないくせに」と、とうとう小声で口に出してしまった。





「あんなやつ、マジで早く死ねばいいのに~」





 バゴンッッッ!!!!





 川上さんのその言葉が聞こえた瞬間。私の脳は一瞬で沸騰し、掃除用具入れを思いっきり蹴破っていた。ものすごい音がして用具入れが開いた。


 急にひらけた私の視界に飛び込んできたのは、急な音に驚いて腰を抜かしている三人の女子高生だった。私は、口を半開きにして呆けている三人に、ずんずんと近づいた。


森矢もりやさん……あんたなんでそんなところから」



 川上さんがかろうじてそう言ったが、私は質問を無視した。



「勝手に聞いてたことは謝る。でも、それだけは言っちゃダメ。早く死ねばいいとか、冗談でも言ったらダメ。お願いだから、それだけは言わないで」



 急な登場と、私の異様な剣幕に押されたのか、三人とも訳が分からないという顔のままで、小さく首を縦に振った。


 それだけ確認すると、私は踵を返して教室を出た。そして有野君の行方を探しながら、廊下を駆けた。

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